二日目:戻ったとて、折る
【朝】
いつの間にかパイプ椅子に座り、何かをするわけでもなくただ俯いていた。
つい先ほど春香の自殺を目の当たりにして放心状態になっていた。もう、何も考えたくない。春香のことを思い出せば自然と涙が溢れる。
あれだけ約束していたのに、どうして春香は自殺してしまったのか?やはり、この島は呪われているのか?
調査のために監視員の仕事に募集したが、今となれば募集なんてするんじゃなかったと後悔している。
心にがっぽり穴が空くくらい失うものが大きかった。
それでも、時間は過ぎていく。目の前の監禁部屋にはまた新しい島民が生活している。
確か男はこう言っていた「自殺しないように監視する」と。一日目にして守れなかった約束。この施設を出た時に代償として殺されるのではないかと不安に襲われる。
これも、俺の精神を蝕む原因となった。
これ以上失った悲しみを生まないためには会話をしないことが得策だが、俺はこの島について調べ上げるまでは諦めてはいけない。
春香に言われた「好きなものに熱心になるって凄いこと」その言葉だけが今の俺の支えとなっている。
春香の言葉を無駄にしないためにも俺はこの島の謎を解明してやる。
ーー絶対に。
そう思ったら行動を起こすしかない。
椅子から立ち上がり、監禁部屋の鉄扉へと近づく。
中を覗き込むとやはりそこには人がいた。
今度は女ではなく、見た目が中年くらいの男だった。
俺に気づくと、軽く手を挙げる。
「よっ、監視員さん」
「......ああ」
素っ気ない態度に、男は不満そうに訊く。
「おいおい、どうした。何でそんなに暗いんだ?」
「......あなたには関係ない」
「まったく、訳も分からないままここに監禁されて俺の方が
その気持ちも分からないことはない。確かにこの島民も、強制的に連れてこられて居心地は悪いに決まっている。
でも、今の俺は大切なものを失い、いつものような気分ではいられないのだ。
「......そのことはほっといてくれ」
「そ、そうかよ。......でも、元気にいかねえとお前の精神は持たねえぞ」
そんなことは分かってる。春香の死により俺の精神は保てないほどに狂いそうだったが、春香を思い出せばそれも少しは和らいでいた。
この男は態度悪く返答する俺を気にせずにべらべらと独り言のように喋っている。
俺のことを励まそうとしているのか。それともただお喋りなだけなのだろうか。
「監視員、いや、兄ちゃんよ。辛いことがあったら俺に何でも言うてくれよ?こんなおっさんやけど、兄ちゃんより人生の経験は積んでんだ。相談があるなら俺がドーンと乗ってやる!」
男は、がはは、と一つ大笑い。
何だかその姿を見ていると、どこか頼れる存在にも見えてきた。
ただ、このまま会話を続けても良いのか?もしもこの男がまた自殺してしまったらと思うと、どうも会話をする気になれない。
島の解決のためには会話が必要なのに......。
「兄ちゃん、本当に大丈夫なのか?兄ちゃんの言葉を聴かないと俺も相談に乗ってやれねえからよ」
「......死んだんだ」
「えっ」
意を決して春香の死を伝える。男は驚くと、そのまま少し黙り込んだ。その姿は、むやみに話しかけたことを自重しているようにも思えた。
やがて男は少し低めの声で「そうだったのか」と声を漏らす。
「なんか、悪かった。兄ちゃんの気持ちを考えずに馬鹿みたいに話してしまってよ。
で、誰が亡くなったんだ」
「......前の部屋にいた女の人です」
「前の部屋って......!まさか」
「ええ、......自殺してしまいました」
またもや男は「そうだったのか」と声を漏らす。そして、俺をなだめるように優しい口調でこう話す。
「その亡くなってしまった彼女は最後になんて言ったんだ」
「......俺が寝ている間に、首を吊ったみたいです。でも、俺が昨日渡した紙には『ごめんね、ありがとう』って......」
「......そうか。それは辛かったな。自分が彼女の最期を止められない気持ちは俺にも物凄く伝わる」
「どうして、ですか」
「俺も昔、妻を亡くしてな。......あいつも家ん中でひっそり自殺してたんだ。俺が寝ている間に物音ひとつ立てずに」
鉄格子を軽く握り、男は俯いていた。
この男の妻も、自殺していた。昔というのがどれくらい前なのかは知らないが、この島が自殺に呪われていたのは最近のことではないらしい。昔から島は呪われていたというのだろうか。
ん、ちょっと待て。今の会話で一つ気になる発言があった。
「......寝ている間に?」
「そうだ。って、お前と同じだな。本当に俺が寝ている間にあいつは自殺したんだ」
「原因は、分かっているんですか」
男は首を横に振る。
「いいや、まったくだ。どうして自殺しちまったのか」
「失礼なことを訊いてしまいますが、その方はその後どうなったんですか」
「さあ、あんときの俺は相当参ってたからな。まったく覚えていないんだ」
「そうでしたか、ありがとうございます」
「おう。そんな気にすることなく聞きたい事があったら何でも言ってくれよな」
打って変わってまた大笑いする。
この人なら、安心できそうだ。
安堵したところで、突然腹の虫が鳴る。春香が死んだショックで全てが抜け落ちていた。
「腹、減ってんのか」
「まあ、そうですが、どうも何も食べる気が起きなくて」
「でもよ、食べねえともっと辛くなるぞ?空腹で更に精神をやられちまうから食っとけ」
そう言われると食べない手段は選べない。この部屋にも前の部屋と同じように後ろに箱が置かれている。恐らくあの中に食糧が入っているんだろう。
開けてみると、やはりそうだった。
中身も変わらずコッペパンとペットボトルが。
前室で持ってきたパンには手をつけず、箱から取り出した新しいパンの袋を開ける。開けた瞬間に甘い香りが鼻をかすめ、一気に空腹が訪れる。
思い切りかぶりついて、何度も噛まないうちに飲み込む。喉に詰まりそうになった時は水で無理やり流し込む。
自分でも気づかないうちに、泣いていた。
引きずってはいけないのに、春香と一緒に食べていたことを思い出して泣いてしまう。
垂れてくる鼻水を啜ってはパンにかぶりつく。そしてまた水を飲むの繰り返しで、コッペパンを二本とも完食した。
「どうだ?少しは満足できたか、兄ちゃん」
「......はい。お陰様で」
「それは良かった。すぐにはできないと思うが、これからは前向きに生きていこう、な?」
溢れる涙を拭って、俺は「はい」と力強く返事した。
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