○現実とリンクする?
アタシたちは別行動でオゴデイくんを探すことにした。一緒に動かないのは、ニコルさんの提案だ。
「シャリンは足が速い。ルラちゃんは浮遊魔法を使える。でも、ボクは行動力がそれほどじゃないからね。足を引っ張らないように別行動にしよう」
アタシは呪文を唱えた。ノーマルモードでも発動可能なスキル。久々にBPM145を見たら、すっごくのんびりなリズムだ。
“とべとべホウキ!”
黒いミニスカワンピの魔女っ子がホウキにまたがる。突き抜ける青空に舞い上がって、草原を見下ろす。我ながら、違和感ありまくりな情景だ。何はともあれ、ゲルが並ぶ軍営を観察する。
「いない気がする。どこ行っちゃったんだろ? まさか馬に乗って出ていってたりしないよね? 今日のイン時間のうちに見付けられるかな?」
アタシは豪快に一人言をつぶやく。ルラは単独行動中だから、ニコルさんたちとの音声会話はできない。一人言は、アタシのPCのスピーカから聞こえてくるだけ。
「へっくしゅん!」
寒い。もちろん、現実のほう。あたしは膝を抱えて丸くなった。指先が冷えて、うまく動かない。今バトルに入ったらマズいな。BPM145のホウキだってPFCじゃなかったくらいだから。
ルラが軍営の上空を旋回する。そばを流れる大きな川の水面が、日光にキラキラしている。
「お? あれ?」
川のほとりに、チラッと、草とは違う色が見えた気がした。アタシは向きを変える。
「いた! オゴデイくん、いたーっ!」
川縁に、ぽつんと膝を抱えてる。なんか親近感。あたし、おんなじ格好してるんだよ。
ホウキに乗ったアタシは、オゴデイくん目がけて急降下した。気配を察したらしく、オゴデイくんが顔を上げる。「ええっ!?」って感じの表情。アタシは、オゴデイくんのすぐ目の前でホウキから降りた。
「る、ルラさん」
「ありゃ、近すぎた」
座り込んだオゴデイくんの鼻先でアタシのミニスカが揺れた。リアルだったら恥ずかしすぎるやつだ。ルラの脚なら細いし、無駄毛どころか毛穴すらナッシングだから問題ないけど。
オゴデイくんが立ち上がりながら、パッと後ろに飛びすさった。背丈は、アタシよりちょっと高いくらいだ。
「ルラさん、どうしてここへ?」
「追い掛けてきたの。オゴデイくんのこと、みんな探してるんだよ。ほら、帰ろ?」
オゴデイくんはうつむいた。
「オレは臆病者です。逃げ出してしまいました。兄弟がまさかオレを王に推すなんて信じられないし、務まるはずもない。怖くなって、つい」
「そんなことないと思うけどな。オゴデイくんは、アタシよりずっと大人だよ。まわりのみんなのこと、ちゃんとわかっててさ。アタシなんか……」
バカでお調子者で自分中心でお子さまで、最低最悪。情けなくて、話にならない。
「ルラさん? どうしました?」
ここにはオゴデイくんしかいない。静かで細くて柔らかい声が、ふわふわの毛糸のマフラーみたいにあったかい。
ダメだよ。優しくされたら、アタシ、弱くなる。
「ごめんね。オゴデイくんには関係ないし、ストーリー進めなきゃってわかってるんだけどさ、ニコルさんたちと離れちゃったら、今……や、やっぱ、気持ちが駄々漏れになっちゃって……」
弱くなっちゃうよ。もう無理だよ。
あたしはコントローラを投げ出した。涙がこぼれてくる。泣き出して歪んだ顔を、リップパッチが残酷なくらい上手に、ルラに反映する。画面の中のルラは、涙までは流さないけど、スピーカからは嗚咽が聞こえてくる。
「ルラさん、泣いているんですか?」
気付かないでよ。残酷だな。AIのくせに人間に似すぎてる。
「な、泣いてる……」
「現実の世界で何か悩んでいることがあるんですか? 苦しいんですか?」
ディスプレイの隅に残り時間が表示された。あと15分。ピアズは1日1回4時間までしかいられない、不完全な仮想現実。
オゴデイくんが、足下に揺れる白い小さな花をそっと摘み取った。ブルーの目がアタシを見つめて微笑む。
「ほんの少しだけ、心の支えになる花です。よかったら、受け取ってください」
うん、知ってる。使ったら、魔力の最大値をアップさせる薬草だよね。ただのアイテムなのに。
「ずるいよ……」
優しさと一緒に差し出されたら、胸がキュッとよじれる。ジョチさんたちが言ってたとおりだ。オゴデイくんは気遣いの人。アタシなんかにまで優しさをくれる。
「ありがと……」
投げ出したコントローラが遠い。寒さに膝を抱えたまま、ただ画面を見下ろしてる。ルラは動けない。
オゴデイくんが1歩、アタシに近寄った。少し背伸びをする。アタシのとんがり帽子に花を挿してくれる。
「似合います。元気を出してください」
オゴデイくんのAIにこんなプログラムを仕込んだの、誰? 優しすぎる。やめてよ。ログアウトしたら、アタシのそばから消えちゃうくせに。
あたしのこと、ひとりぼっちにするくせに、優しくしないでよ。
「ルラさん、泣かないで。アナタが悲しんでると、オレも苦しいです」
ふわっと、ぬくもりの錯覚があたしを包んだ。だって、ディスプレイの中でオゴデイくんがアタシを抱きしめてる。
背の高さはあんまり変わらないのに、オゴデイくんの肩や胸は意外と広くて。
ずるいよ、ルラ。あたしはひとりなのに、ルラは抱きしめてもらうなんて。
「本当に、オレが王になるべきなんでしょうか? 父上とは正反対のオレに、誰がついてくるんですか? オレは、皆に好かれ皆に認められる自信がありません。こんな弱気な男が、どうして王になれるでしょうか?」
違うよ、オゴデイくん。キミがアタシに言ったんだよ。真剣に悩むからこそ、自分の弱さを知るからこそ、優しくも強くもなれるって。
「強さを見せてよ。影が薄いのも気弱なのも全部、伏線。本当はオゴデイくんが王さまになるっていうストーリーなんでしょ? もっとちゃんと強いとこを見せてよ」
まるで現実世界みたいに悩んだりしないで、カッコいいヒーローになってよ。せめてゲームの中でくらい、スカッとしたいの。現実を忘れさせてほしい。
「強さ、ですか」
「あたしなんかより強いじゃん。しっかりしてるじゃん。兄弟のこと、ちゃんと大事にできてる。自信ないとか言っても、とっくに好かれてるし認められてる。あたしはね、あたしこそ本当の本当にね、何もできないんだよ」
初生も瞬一も、あたしにとって大事な存在で、だから2人がくっついてくれたらいい、2人まとめてハッピーになればいいって、あたしは身勝手なことを願った。そして、ハッピーどころか、2人まとめて傷付けた。
「ルラさんは、いい人です」
「そんなの嘘! あたしね、親友を傷付けた。弟を傷付けた。学校にも家にもいられないの。今、すっごく寒い。ごはんも食べてなくて寂しくて……こっちに来てよ。あたしのことも温めてよ。ねえ、オゴデイくん、こっちに来てよ」
「ルラさん……」
「不安ばっかりなの。パパは治りっこない病気で、ママはパパのために一生懸命で、弟も勉強を頑張ってて。あたしだって何か必死になりたい。ゲームなんかやってる場合じゃない。でも、あたしは頭悪いし、誰の役にも立たないし。もうやだ。助けて。オゴデイくん、助けてよ!」
何を言ってるんだろう? ゲームの中にしか存在しないキャラクターに本心をぶつけてる。来てくれるわけないでしょ。わかってるのに。
「ルラさん、助けてあげたい。自分を傷付けないで。体を冷やすのも、食事しないのも、いけません」
オゴデイくんは、ぽつぽつとしゃべる。AIに可能な範囲の受け答えだ。でも、会話が成立しちゃってる。なぐさめられてる気持ちになってる自分が痛い。
ディスプレイの隅で、残り時間が減っていく。今日はもう、シャリンさんの目的を遂げるには時間が足りない。
「助けてよ。寒いの」
「そちらは、夜、遅いでしょう? 家で温かくしていなければ」
「家じゃないもん」
ルラみたいに抱きしめられたい。そしたら、きっと温かいし、寂しくない。
そのときたった。
「邪魔してごめんね、ルラちゃん。だけど、聞き捨てならないな。今どこにいるって?」
低く落ち着いた声の、普段と違う口調。スピーカから聞こえた声に反応して、オゴデイくんが、パッとアタシの体を放す。
ふぃん、と音がして、データの乱れが計測された。アタシは振り返る。ニコルさんとシャリンさんとラフさんがそこにいた。
「聞いてたんですか……?」
ニコルさんとシャリンさんがうなずいた。シャリンさんがニコルさんに指示を出す。
「ストーリーは、今日はここで止めておいて。今すぐデータ解析を始めても、どの道、間に合わない。次回、ログイン直後に作業にかかれるようにするわ」
「了解だよ。今はルラちゃんのほうが重要かな。いや、この期に及んでハンドルネームを呼ぶのもおかしいか。甲斐笑音さん、今、キミはどこにいるの?」
息が止まった。ニコルさんに言い当てられて、寒さと怖さで、唇が震えた。
「ど、どうしてアタシのこと……?」
ふぅっと、ニコルさんのため息の音が聞こえた。それに続く声は予想外のトーンだった。声優としてセミプロの彼はいつも声を作ってたけど、今は素顔の声で言った。
「ボクの声に聞き覚えはないかな? 2日に1度は授業を担当させてもらってるんだけど」
しなやかで柔らかくて少年的な声。31歳になるのに、若くて爽やかな声。大好きな声に、どうしてアタシは気付かなかったんだろう? ニコルさんとしての演技があまりにも自然だったから?
「風坂先生……」
ニコルさんはうなずいた。同時に、初めて聞く厳しい口調で、風坂先生は言葉を重ねた。
「今どこにいる? 病院じゃないんだね? でも、この近くなんだろう? 迎えに行くから、場所を教えてほしい」
居場所の特定なんて、ピアズではルール違反だ。規制を食らってインできなくなる。それは居場所を失うこと。教室にも家にもいられない、パパの病室にも行けない今のあたしにとって、ピアズにすら入れなくなるのは何よりも怖いことなのに。
「公園にいます……」
答えずにいられなかった。迎えに来てほしかった。ひとりぼっちから救い出してほしかった。
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