第6章:ルラ - Lula -

○悪夢にとらわれて?

LOG IN?

――YES


PASSCODE?

――*****************


...OK!

Сайн байна уу, Lula?


...承認しました。

こんにちは、ルラ!



「はい、サロール・タルに到着ーっと。いつも思うけど、何語なんだろ? 『さえんばえの~』って聞こえるけど」


 とんがり黒帽子に赤毛三つ編みの魔女っ子が似合う世界観じゃないよね。森の賢者って感じのニコルさんは不思議と似合うけど、蒼狼族の帽子をかぶってるからか。


 黒のミニスカワンピで、くるっと回ってみる。現実のアタシと違って、ルラは脚が細くていいよね。食べても太らないし。


 たいてい、アタシが1番にログインする。次がニコルさんだ。


「あ。来た」


 ぶぉぉぉん、っていう効果音とともに時空が歪む。そして人影が出現。足から順に上のほうへと、鈍い金属質の輝きが凝り固まっていく。


 色彩がだんだん現れる。緑色の帽子、長い銀髪、緑色のローブ。目は閉じられてる。スッとした鼻筋、薄い唇、尖り気味のあご


 カッコいい。CGがひたすら美しい。見つめまくり。超ドキドキする。


 ぶぉぉぉんの音が消える。ログインが完了したニコルさんがまぶたを開けた。緑色に輝く目。唇が、微笑みの形に動く。


「こんばんは、ルラちゃん。今日も先に入ってたんだ?」

「あ、今、来たとこです、はい」


 今日も美声ですねー、癒やされる。リアルの笑音に何があっても、ニコルさんのイケボに励まされるルラは元気でいられる。


 どっかで聞いたことあるんだよね、ニコルさんの声。そう思って、手元に持ってるアニメをいろいろ観返してみたんだけど、残念ながら発見できなかった。


「シャリンとラフは少し遅れるらしいんだ。30分以内にはログインできるって言ってたけど」

「合流するのを待つほうがいいですか?」

「いや、進めておいていいって」


 ニコルさんはマップを開いた。アタシも一緒にのぞき込む。距離が近い♪ ディスプレイを遠景に切り替えてみる。うん、接近してる♪


 ってのは置いといて。


 現在地は大陸の真ん中あたりだ。前回よりも西に進軍した地点。蒼狼軍先鋒は、ジョチさんとチャガタイさんの二手に分かれた。オゴデイくんは手勢を率いつつ、連絡役がメイン。


 アタシたちは前回のミッションの後、チンギスさんの本軍に呼び戻されて、ちょっとしたお使いをクリアして、それからジョチさんの軍営に入った。今ここ。


「今回のキーキャラクター、ジョチさんですよね。ラフさんの魂、絶対につかまえましょうね!」

「うん、頑張ろう。シャリンは独自の解析プログラムを実装できたから、今度こそは」

「アタシ、何をやれば役に立てます?」


 ニコルさんはマップを畳んだ。


「シャリンが直にジョチに接触するチャンスを作ればいい。シャリンのアバターを解析プログラムのインターフェイスとして使うらしいんだ」

「わかりやすい演出ですねー」


「ゲームという、視覚効果に特化したプログラム上での作業だからね。世界全体を崩壊させないよう一部データだけを解析するために、実存する演出を利用するらしい」

「なるほどー。よし、頑張ろう! シャリンがジョチさんにタッチできそうなとこまで、ストーリーを進めましょ」

「行こうか」


 ニコルさんはローブをひらりとさせて歩き出した。アタシは隣に並んで、ニコルさんを見上げる。にゃはー、横顔もカッコいい!


「あ、そうだ。ニコルさん」

「ん?」

「答えられない質問だったら答えなくていいんですけど、ニコルさんって、プロの声優さんだったりします?」


 くすっと、ニコルさんが笑う吐息。あ、やっぱダメ。イヤフォンで聞くと、刺激が強すぎ。スピーカに切り替えます。


「ボクがプロだなんて、どうしてそう思う?」

「発声とか滑舌とか、トレーニング受けたとしか思えないです」


「わかる人にはわかるんだな。半分正解だよ。本業は別にあるんだけど、ときどき声優や俳優としても活動してる」

「やっぱりそうだった! ニコルさんの声、ステキすぎますもん!」


「ありがとう。実は、ピアズのAIにも、ボクの声を使ってるキャラがいるんだ。もっと低いクラスのステージだけどね」

「あ、だからニコルさんの声を聞いたことがある気がしたんだ」


「出会ってた可能性はあるかもね」


 今のセリフ、録音しておきたかった! 運命感じちゃうセリフじゃない? 前世で出会ってました的な。


「アタシも、本業としては別の仕事を目指してるんですけど、ほんとは声優にも憧れてるんですよね。劇団とか入ってみたいし」


「ピアズはときどきアマチュア声優を募集してるよ。声としゃべり方のサンプルを採って、音声プログラムに落とし込む。それをAIに搭載してしゃべらせるんだ」

「へぇ~。ニコルさんの声も、そうやってピアズに登場してるんですね!」


「声優として採用されたら、報酬もちゃんとあるんだよ。オーディションをパスしないといけないけどね」

「うわぁ、本格的! さすが天下唯一のオンラインRPG『PEERS' STORIES』!」


 ログアウトしたら、早速、調べてみようっと。本業の傍ら声優にもチャレンジかぁ。なんか風坂先生みたい。


 アタシとニコルさんは、そのへんの兵士にジョチさんの居場所を訊いた。


「ジョチさまでしたら、ご自分のゲルにおられるはずですよ。そういえば、オゴデイさまがルラさまたちをお探しでした」

「オゴデイくん? こっちに来てたんだ?」


「チャガタイさまの軍から、先ほど到着されたんです。でも、様子が変だったんですよ。おどおどして焦ってる感じで」

「普段からおどおどキャラだと思うけど」


 とにかく、ジョチさんのゲルに向かいつつオゴデイくんも探す、ってことになった。


 目的は2つ同時に果たせた。ジョチさんのゲルのそばにオゴデイくんがいたんだ。確かに、さっき聞いたとおり、普段以上におどおどそわそわおろおろしてる。挙動不審だ。


「オゴデイくん、どしたの?」


 アタシが声をかけたら、オゴデイくんはビクッと飛び上がった。


「ああ、ルラさんでしたか。ニコルさんもご一緒で。ほかのお2人はどちらに?」

「まだ来てないよ。でも、気にしないで。ニコルさんとアタシで話を聞いてあげるから」


 オゴデイくんは肩を縮めながら、うつむいた。ん? キミ、実は意外と美少年?


「兄のゲルにお入りください。百聞は一見に如かずです」


 オゴデイくんは入口のタペストリーをくぐって、ゲルに入っていった。ニコルさんが続く。そのとたん、ニコルさんは声をあげた。


「ぅわっ」

「ど、どうしたんですか!?」


 アタシは慌ててゲルに飛び込んだ。


「うきゃあっ! 何この黒いもやもや!?」


 ゲルの中は黒い霧で満たされていた。パラメータボックスをチェックする。毒性反応なし。でも、魔力反応ありまくり。


 オゴデイくんが狼の耳をピクピクさせた。


「皆さんも感じますよね。兄をさいなむ悪夢の病の気配を」

「悪夢の病って?」


 ゲルの奥でジョチさんが仰向けに倒れている。黒い霧が濃すぎてよく見えない。ジョチさんの体から霧が噴き出てるんだ。


 ニコルさんがローブの袖から杖を取り出した。


「これはジャラールの魔術かな?」


 オゴデイくんがうなずいた。


「そうだと思います。オレが到着したときには、すでにこの状態で……」

「え、オゴデイくんの一人称、オレなんだ? おとなしい系なのに意外」


 うっかり、しょうもないことを言ってしまった。いかん、シャリンさんがいないと、緊張感がなくなる。


 ニコルさんがアタシにリアクションしてくれた。優しすぎる。


「ボクの一人称と重複しないから、表記上、見分けやすいね」

「そういう演出効果かー」

「そのへんを地味にこだわる作者だからね」


 ちょうどそのとき、アタシの後ろから声がした。


「陰気なことになってるわね」


 アタシは振り返った。シャリンさんがオーロラカラーの髪を掻き上げた。もちろん、ラフさんも一緒にいる。


「シャリンさん! 間に合ってよかったです。ラフさんの状態、大丈夫ですか?」

「調整済みよ。この間みたいに、暴走しかけて震えたりはしないわ」

「暴走しかけてたんですか!?」


「あの後に解析したら、データが穴だらけになってた。本当に暴れていたら、このステージごと危うかったわね。でも、そんな不安定な状態も、ここで終わりよ。ジョチのAIからラフを引きがすわ」


 シャリンさんはまっすぐ、ジョチさんに向かって進んだ。その距離、あと1歩。


 突然。


 むぉぉぉぉ……ん。効果音とともに、歪み始める空間。黒い霧が渦巻く。フィールド「ジョチの帳幕ゲル」のCGが消える。


 暗転して、一面の闇色。シャリンさんが舌打ちをした。


「ストーリーを進めてしまったみたいね。厄介だわ。手っ取り早く作業してしまいたかったのに」


 黒い霧が晴れていく。

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