第9章:笑音 - Emine -

●眠り続ける王子様。

 白い病室の真ん中に置かれてるのは、ガラスケースだった。棺みたいだと思ってしまった。横たわった彼はまだ生きてるのに。


 とびあささん。透き通りそうに色が白くて、やせている。目を閉じて、静かな呼吸だけを繰り返してる。


「ラフさんだ」


 服装も髪の長さも肌の色も違う。でも、朝綺さんがラフさんだって、一目でわかった。魂がゲームの中に迷い込んでしまった人。抜け殻の体でサロール・タルを旅する仲間ピア。ニコルさんの親友で、シャリンさんの恋人。


 眠り続ける恋人を見守ってきたんだって、シャリンさんは以前、打ち明けてくれた。その言葉、例え話ではなかったんだ。


 朝綺さんを見つめる白衣の女の人は、小顔でスレンダーで、意志の強い目をしている。シャリンさんより短くてあたしより長い髪は、無造作なブラウン。風坂うららさんは、シャリンさんの顔立ちから思い描いてたとおり、やっぱり美人だった。


「朝綺は4年間、眠ってるの。わたしが眠らせた。朝綺の病気をどうにかするためには、こうするしかなくて」

「病気……麗さんは、お医者さんなんですよね?」


「ええ。わたしは朝綺に出会って、医者になると決めた。特異高知能者ギフテッドに生まれついてよかったって、初めて思った。人とは違う能力があることに、ずっと苦しんでたの。朝綺が、わたしの生きる道をひらいてくれた」


 スピーカを通さずに聞く声は張り詰めている。風坂先生は、いつもどおり優しく、麗さんに微笑みかけた。


「あと一息だよ、麗。大丈夫。朝綺は必ず目を覚ますよ」


 ニコルさんじゃない風坂先生の普段の声音だ。意識して聞けば、同じ人の声だと、ちゃんとわかる。声優さんに憧れるとか声には詳しいとか言いながら、あたし、何を聞いてたんだろう? クレジットタイトルなしじゃ気付かないなんて。


 麗さんは風坂先生の妹だ。朝綺さんは風坂先生の大学時代からの親友。事情は、夜道を歩きながら聞いた。


 公園で震えてたあたしを、風坂先生が迎えに来てくれた。あんなに厳しい顔は初めて見た。風坂先生のジャケットを着せられて、あたしはうつむくしかなかった。


 病院のそばの定食屋さんで、テイクアウトのお弁当を3人ぶん買った。あたしだけじゃなく、風坂先生も麗さんも晩ごはんがまだだったんだ。23時になろうとするころ、病院のロビーで3人でお弁当を食べた。


 朝綺さんが全部の始まりの鍵だったと、風坂先生は言った。風坂先生の大学時代、同じ研究室に飛び級して入ってきた特異高知能者ギフテッドの少年が、朝綺さんだった。


「ゲーム、創ってみねぇか? 歴史に残るくらいの派手な名作を創り出してやろうぜ!」


 冗談みたいな野心。だけど、風坂先生と朝綺さんは実現させた。2人で協力して、いろんなゲームを創り上げた。


 充実したキャンパスライフは長くはなかった。朝綺さんがたった2年で大学を卒業したから。


「おれの時間は限られてるし、仕方ねぇよな。この感じだと、大学院に進学しても、途中で体がダメになっちまう」


 朝綺さんは不治の病におかされていた。筋ジストロフィーという、生まれつきの病気だ。年齢とともに筋肉が衰えて、呼吸や鼓動さえできなっていく病気。


 風坂先生は朝綺さんの相棒で親友であり続けるために、朝綺さん専属のヘルパーになった。


 今から6年前。風坂先生が25歳で、朝綺さんが21歳、麗さんが17歳のとき、朝綺さんと麗さんはピアズの中で出会った。出会うように仕向けたのが、風坂先生だ。


 朝綺さんに、生きる希望を捨ててほしくないから。麗さんに、生きる道を拓いてほしいから。


 高すぎる能力を持て余していた麗さんを、風坂先生は支え切れずにいた。麗さんは孤独だった。風坂先生は、同じ特異高知能者ギフテッドである朝綺さんに麗さんを託した。


 朝綺さんと恋に落ちて、麗さんは初めて、自分の夢を持った。先端医療の研究と実践を極めるって夢。朝綺さんの病気を治すために、持って生まれた能力を最大限に使おうと決めた。


 そんな話を、風坂先生はあたしに聞かせてくれた。

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