○ちかくにいるから?

「我ら蒼狼族は世界征服を目指す途中なのだ」


 と、チンギスさんが言った。隣国へ攻め込むための行軍のさなか、アタシたちと馬を並べて進みながら。


 世界征服ってイメージ悪くない? 敵と見れば蹴散らして根絶やしにして、我らの通った後にはペンペン草も生えぬ、みたいな感じ?


 蒼狼族の草原の南、国境を接するのはアルチュフ国。このへんの地域でいちばん大きな国らしい。古代から栄える文明の正統な後継者にして、学問と文化と美術の国だ。


 という表看板を、チンギスさんは鼻で笑った。


「所詮、盗人どもの巣窟に過ぎぬ」

「盗人って、どういう意味ですか?」


「アルチュフの王族は、もとは森に住まう狩猟の民だ。あるとき、野心を持った。裕福な文明大国を乗っ取れば楽に生きてゆける、とな。連中は強かった。国を乗っ取る目論見は成功したが、そこまでだったのだ。平穏を手に入れた連中の弓は鈍り、剣はびついた」


 チンギスさんが言葉を切る。チラッとアタシを見た視線が、なんか先生っぽい。世界史の野外実習。大丈夫です、ついて行けてますよ、チンギス先生。


「アルチュフの王族は覇道を学ぼうとしなかった。覇道とは、民を養い、国を富ませる道だ。ヤツらは現実を直視せず、民の蓄えをむしり取っては、美術や芸術にうつつを抜かし、主食と美女に溺れるばかり。アルチュフという国は腐っておる」


「好き放題やってるアルチュフの王族がダメなのはわかりました。じゃあ、チンギスさんの世界征服の目的って、どのへんにあるんですか?」


 チンギスさんはニヤッと笑った。よくぞ聞いてくれた、みたいな笑顔だ。


「阿呆なアルチュフの王族を玉座から引きずり下ろし、裕福な国土を我ら蒼狼族の支配下に置く。民は殺さぬ。生かして富ませる。民が富めば、税収が増え、我ら蒼狼族の繁栄につながる。アルチュフだけではない。世界じゅうでこれをおこなう」


「ダメダメな政治家を倒して国民にフツーの生活を送らせるって、それ、世界征服ですか? すっごい当たり前のことするだけじゃないですか。世界征服って響きだと、もっと悪いことやってのけそうなイメージなのに」


 チンギスさんは笑って、馬をはやあしにして行ってしまった。代わりにアタシの隣に並んだのは、末っ子トルイくんだ。


「父上は、バカなことはしないよ? 小さいころ、苦労したんだ。貧乏暮らしで、何度も殺されそうになった。だから、富の本当の価値を知ってる。武力の使い道も知ってる」


「武力かー。結局、攻め込むからには戦うんだよね?」


「敵がおとなしく降伏すれば、殺さないよ。そこらじゅう血まみれにするんじゃ、大地の神に申し訳ないし。オレたち蒼狼族にとって、戦は人口を増やすための産業だよ。今までブルカだったとしても、これから役に立つなら仲間イルにして、本気で腕が立つなら勇者バァトルたたえる」


「戦というか、友達増やそうキャンペーン的な?」


「世界征服って、殺して回ることじゃないんだ。手に入れて回ることなの。少なくとも、オレたち蒼狼族にとってはね。オレたちのこと、ちょっとはわかってくれた?」


「ストーリーの方向性はわかったよ。悪の世界征服みたいなんじゃないなら、全然問題ナッシング。ニコルさんとシャリンさん、何かトルイくんに訊いておくことありません?」


 パラメータボックスに、雑談チャットの一覧が上がっている。こういうチャットはストーリーの本筋には絡まないにせよ、謎解き系ミッションのヒントになったりするし、ステージ制作の裏話が紛れ込んだりもしてて、けっこうおもしろい。


 アタシの問いかけに、シャリンさんはノーリアクションだった。ラフさんも、もちろんノーリアクション。ニコルさんはあごを軽くつまんで考えるポーズをしてみせた。ぐわー、そういう仕草、ヤバい。知的でセクシーって、アタシの好みにドストライク。


 ニコルさんは、ショップで買った「蒼狼帽」を装備している。ローブと同じ緑色に、金銀の糸で刺繍が入った帽子は、大地の神への祈りが込められているらしく、見た目よりはるかに防御力が高い。


 ちなみに、蒼狼族は帽子をかぶるのが正装なんだって。真ん中にトンガリがある帽子だ。


「ねえねえ、ルラ!」

「トルイくん、なに?」

「ルラ、好きな人いる?」

「はい!?」


「オレとか、どうかな?」

「ちょい待ち、AIがいっちょまえにナンパしないでよ!」

「人種が違ったって、別にいいじゃん」

「人種以上に何か大事なものが違うと思うんですけどっ」


「オレ、将来有望なんだよ? 蒼狼族は、財産が末子相続なんだ。つまり、父上の軍隊やお宝はオレが引き継ぐの。兄上たちは独立して自力で財産を作らなきゃいけないけど、オレだけは特別♪ 今回のアルチュフ攻めでも、オレだけ父上の本軍にいるでしょ?」


 なるほど、道理でおにいさんたちは別行動なんだ。西軍として先行したって聞いた。


 そうこうしながら、行軍が続く。荒れた草原が印象を変え始めた。行く手に大きな川が流れている。草の緑色が濃くなった。やがて、チンギスさんの本軍は、川のほとりで宿泊することになった。


 異変に最初に気付いたのは、シャリンさんだった。


「水の中に何かがいるわ」


 透き通った水面に、コポコポと泡が立ってる。水中で何かが息を漏らしてるみたいだ。


「バトル、来ますかね?」

「ボスじゃないかしら」


 その瞬間、パラメータボックスに警告が出て、バトルモードに突入した。


 ふわっと魔力の風が起こる。ニコルさんが早速、水面へと杖を突き出して魔法を発動した。


 “ケンジャサクテキ


 パラメータボックスに敵の情報が表示される。


 水竜、ジャオ。このエリアに古くからいる水の主。凶暴で、武力の匂いがするところに現れる。竜の端くれだけあってデカいし、ヒットポイントと防御力が異常に高い。


 水面にジャオの巨大な影が見えた。ゴポゴポと、気泡が噴き上がる。


 トルイくんが駆け寄ってきた。真剣な顔をして水面をにらむ。そして、喉をのけぞらせて、一声。


 アォォォオオンッ!


 狼の遠吠え。トルイくんは兵士たちに向き直った。


「オマエたちは退避しろ! ジャオは普通の武器では攻撃できない。オレたち蒼き狼の爪と牙と弓矢、あるいは異世界の戦士の魔力がなければ、ヤツは倒せない! アルチュフと戦うまで、オマエたち兵士は死んじゃいけない。退避しろ!」


 兵士たちが水辺から離れる。チンギスさんが先導するから、パニックが起きない。


 シャリンさんが小さく舌打ちした。


「あの様子じゃ、チンギスはバトルに加わらないのね」


 トルイくんが、にこっとした。


「オレは戦うよ? 力を貸すから頼りにしてよ!」


 ざぱぁぁぁっ! と派手な演出とともに、川の水面が割れた。黒い鱗の竜が長い体をくねらせて、水から飛び出す。予想どおりだけど、デカっ!


 ニコルさんが新たな魔法を発動させる。


 “トウキョウソウ

 “ジュツソウメイ


 シャリンさんの物理攻撃力とアタシの魔法攻撃力がアップする。効果がハンパない。ニコルさんの補助魔法、最高ランクだ。


 ジャオが吠えた。ずらっと牙の生えた口はなかなかの迫力だけど、ニコルさんは冷静にこき下ろした。


「東洋系の竜は、脚の指の本数で階級が分けられているんだ。いちばん強くて位が高いのは5本指。今ここにいるジャオは3本指だ。竜の中では最下級の雑魚ざこだね。頭が悪いから、魔法は効きやすいよ。さほど苦労する敵じゃない」


 バトルのスキルはBPM240。シャリンさんとラフさんが剣を構えた。


「どういう作戦で行こうかしら、ニコル?」

「頭を狙うのが、手っ取り早いだろうね。尻尾のほうはボクが魔法で抑えるよ。そのぶん、補助や回復が手薄になるけど、大丈夫?」

「このワタシがダメージを負うわけないでしょ」


 きゃー、そういうセリフ、いつか言ってみたい!


「シャリンさんカッコいい! ニコルさん、アタシは何をすればいいですか?」

「前肢のあたりを狙って。あの鈎爪、ちょっと厄介だ。トルイのAIにも同じ指示を送ってあるよ」

「わかりました!」


 3・2・1・Fight!


 電光石火の勢いでシャリンさんが飛び出す。凄まじい早業の剣技でジャオの顔面を切り刻む。ラフさんが続く。ジャオの長い首を踏み台にして跳び上がって、眉間に双剣が突き込む。


 ニコルさんの手に細長い葉っぱがある。鋭いモーションでとうてきされた葉っぱは、空中でするすると伸びて尖った。まるで巨大なピンだ。葉っぱがジャオの尻尾を貫く。


 “ヨウシン


 捕縛魔法の1種だ。ジャオは尻尾を空中に留め付けられる。


 トルイくんが次々と矢を放つ。ジャオの前肢がハリネズミになっていく。


 アタシもスキルを詠唱中。ディスプレイの中の魔女っ子は目を閉じて、魔力の風を立ち上らせている。コントローラを持つ手元はひたすら譜面の矢印をコマンドして、PFCは逃したけど、ほぼ完璧にてスキルが完成。


「よーし、いけっ、“ゴロゴロ石つぶて!”」


 石つぶてってネーミングよりは大きな岩がジャオへ飛んでいく。ぼこすこぼこっ、とクリティカルに決まって、トルイくんとのコンボがつながる。てか、予想以上の大ダメージ?


「ルラちゃん、弱点を突くとはお見事!」


 ニコルさんに誉められた! でも、たまたまなんです。


 ジャオが、カッと口を開けた。と思ったら、ドォッと噴き出す水鉄砲。


「危ないわねっ!」


 シャリンさんがかわす。水鉄砲を食らった地面が思いっきりえぐれた。すごい水圧だ。魔法攻撃じゃなくて、物理攻撃。アタシみたいに魔法への傾斜配分がきついタイプが食らったらヤバいやつ。


 ジャオがニコルさんのほうを向いた。巨大な口が開く。ちょい待ち、ニコルさんは魔法発動中で動けない!


「間に合え~っ!」


 アタシは詠唱中だったスキルを別のに切り替えた。同じ大地系だから、どうにかなるはず!


 “ガチガチ障壁!”


 ニコルさんの正面に土の壁がせり上がる。ジャオの放った水鉄砲が土の壁にぶつかった。グラッとする土の壁。でも耐えた!


「ありがとう、助かった。やられたぶんは、キッチリやり返さないとね!」


 ニコルさんがジャオへの捕縛魔法を重ねた。逃れようとジタバタするジャオだけど、尻尾に刺さった葉っぱのピンが抜けるはずもなく。


         ――パリッ――


 不意に、グラフィックの片隅がひずんだ。


  ――パリッ、パリッ――


 まただ。アタシの気のせいでも端末の問題でもなかったらしくて、シャリンさんが声をあげた。


「ずいぶん負荷がかかってるみたいね」


 画面が止まっちゃうほどの乱れじゃない。ジャオがまた攻撃してこようとする。ヒットポイントはまだまだ半分以上ある。


 突然、スピーカから、消え入りそうな声が聞こえた。


「助太刀、いたします」


 えーっと、名前、何だっけ? トルイくんのおにいさんの、あの地味な人。


「ぉわぁっ! いつの間にアタシの後ろに!?」

「先ほどから……」

「いたの!?」


 灰色っぽい毛並みの子。3男坊の、誰だっけ? トルイくんが答えを出してくれた。


「オゴデイにいさん、どうしてここに!?」


 そうだった、オゴデイくんだった。おにいさんたちと一緒に先行してたんじゃないっけ?


「連絡係として本軍に来たところです。父上から、トルイたちを助けるように、と命じられました」

「ふぅん、そうなんだ。じゃあ、オゴデイにいさんも手伝って♪」


 パーティの人数が増えて、バトルの運びが楽になる。オゴデイくんの武器や戦法は、トルイくんと一緒で、弓矢だ。コンボが決まりやすくなって、ジャオのヒットポイントの減りが速い。前衛ではシャリンさんとラフさんが無双してて気持ちいいし。


 やっぱ、強い人たちと組むと楽しい。というか、爽快すぎてヤバい。テンションが上がる!



***



 バトルが終わるときはいつも唐突だ。ラフさんの剣がジャオの角を叩き折った。その瞬間だった。


 しゅぱっ! ヒットポイントが尽きたジャオが青い光になって消えた。


 オート登録してる勝利のアクションで、アタシは跳びはねた。ニコルさんが口元に触れながら、ふふっとセクシーに笑う。シャリンさんが髪を払って、ラフさんは双剣を掲げて。トルイくんが親指を立てて、オゴデイくんがお辞儀をして。


 ――パリッ――


      ――バリバリッ、ビシッ――


 ディスプレイに、砂嵐みたいなノイズが入った。今まででいちばんハッキリ、データがひずんだ。


「ななな何が起こったんですか、今の!?」


 アタシが出した大声がバリバリに割れて聞こえた。ニコルさんのローブをひるがえると、緑色の粒子が弾け飛んだ。いきなり何が起こったの?


 シャリンさんが……違う、シャリンさんのユーザさんが、張り詰めた声で叫んだ。


「アサキ、ここにいるのっ!?」


    ――バリッ、ビシッ――


 ――ザ、ザザザッ――


「ねえ、アサキ! どこなのっ!?」


 フィールドのグラフィックが荒れる。トルイくんとオゴデイくんの動きがフリーズしてる。そういえば、BGMも鳴ってない。


「アサキっ!!」


 それがラフさんの魂の名前ですか? ゲームの中にとらわれているはずの彼の、本当の名前?


 青空、水辺、バトルの後の土埃、緑の濃い草。この一場面のどこかにいるの? どこにいるの?


「アサキっ!!」


 悲痛な声が、不意に、クリアに聞こえた。BGMが鳴り始める。トルイくんが尻尾を振った。オゴデイくんが弓をしまった。


 異変が去っていった。


「シャリンさん、あの……」

「次のチャンスに持ち越しね」


 かすれた声で、シャリンさんはつぶやいた。

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