第3章:笑音 - Emine -

●初生が明かす恋心!

 言わずと知れたことだけど、あたしはお節介だ。初生と仲よくなったきっかけも、あたしのお節介だった。


 体も声も小さい初生を入学式で見掛けたとき、まわりの女子の空気が何か微妙におかしくて、ピンときた。この子、いじめられてるんじゃないかって。だから、初生に声を掛けた。


「初めまして! 今日から同じクラスだね! あたしは甲斐笑音っていうの。部活とか入る? 看護科に入ったのって、本当にナース志望だから?」


 くる高校の3つの科のうち、あたしたちが属する看護科は入学試験の偏差値がいちばん低い。だから、本当は進学科や普通科志望の子が滑り止め的に看護科に入ってきて、途中で別クラスに移っていくケースもあるんだけど。


 初生はれっきとしたナース志望の看護科生だった。体の弱い妹さんがいるから、病院は初生の家族にとって身近な存在なんだって。妹さんの写真を見せてもらったら、初生に負けず劣らずの美少女だった。


「初生はかわいい妹がいていいよねー。うちなんか、あの瞬一が弟みたいなもんだよ。な~んか微妙だよね」


 こういう愚痴はしょっちゅう言ってる。瞬一のことは決して嫌いじゃない。でも、あいつは頑張りすぎ。見てたら、こっちまで息が詰まる。学校では1人でいることが多いし、家ではずっと部屋にこもって勉強ばっかりやってるし。


 今朝もいつもどおり、初生とバス停で落ち合って、しゃべりながら正門まで回って、一緒に教室に入った。


「あれ? えみちゃん、お弁当2つ?」

「1個は瞬一のだよ。あいつは案外、抜けてるの。忘れていっちゃったんだよね。届けに行かなきゃ。初生もついて来る?」


 訊いてはみたものの、引っ込み思案な初生は教室から出たがらない。あたしが風坂先生目当てで職員室に行くときも、いつも「わたしは待ってる」って言って教室で本を読んでる。


 断られるってわかってても、あたしは毎回誘っちゃうんだ。今まで声かけてたのにやめたら薄情かなー、とか思って。


 今日の初生は、ちょっと違った。


「わたしも、行く……!」

「え、ほんと?」

「行く。行きます」


 初生は大きな目をパッチリ見開いて、胸のあたりでキュッと両手を握ってる。そんなに大きな決意をする必要はないと思うんだけども。


「じゃ、行こっか」


 進学クラスの教室は、普通科3クラスを挟んだ向こう側だ。まだ始業前のざわつく廊下を進んでいく。


 あたしは進学クラスのドアを開けた。


「すみませーん、瞬一いるー?」


 秀才の皆さんが、サッと瞬一を指差してくれた。朝っぱらから机にかじりついて勉強してた瞬一は、あたしの顔を見ると、面倒くさそうに立ち上がった。ドアのところまで来て、顔をしかめる。


「学校で話しかけるなって言ってるだろ」

「お、そんな態度とっていいのかなぁ? これ、なーんだ?」


 あたしは瞬一の目の前にお弁当の包みを差し出した。


「届けろなんて頼んでない」

「すなおじゃないなー。ママの料理がいちばん好きって言ってたくせにー」


 瞬一はあたしの手からお弁当を引ったくった。


「食わなかったら、伯母さんに申し訳ないからな。泊まり込みのケアの合間に、わざわざ料理を作りに帰ってきてくれてるんだし」

「そーいうこと。あたしが作れたら、いちばんいいんだけどね」

「やめろ。殺す気か」


 ふと、初生が小さな声をあげた。


「あっ」


 あたしは振り返って、瞬一も初生を見た。初生が、かぁっと赤くなる。慣れない人の前だと、すぐ赤面するんだ。あたしのことは平気だけど、今は瞬一がいるもんね。


「どうかしたの、初生?」

「あ、あの……か、甲斐くん、の、頬に……」

「瞬一のほっぺた?」


 初生が、こくこくとうなずく。あたしは瞬一の顔を見た。あ、なるほど。右のほっぺたにまつげがくっついてる。瞬一って、うらやましいほどまつげが長いんだよね。


「瞬一、ちょっと動かないでね」


 あたしは瞬一の顔に手を伸ばした。瞬一がビクッとする。野生動物的な怖がり方。いじめないってば。あたしは瞬一のほっぺたからまつげを取って、ほれ、と見せてあげる。


「なっ……ば、バカっ!」


 瞬一が怒って赤くなった。瞬一も初生同様、けっこう赤面しやすいんだ。最近はクールになっちゃって、めったに見られないんだけど。


「そんな怒んないでよ。眉間のしわ、癖になっちゃうよー」

「おまえみたいにいつもヘラヘラしてられるかよっ」

「ヘラヘラ? にこにこって言ってくれないー?」


「うるさい。だいたい、学校では話しかけるなって、何回言わせるんだ!」

「はいはい。それじゃあ、これからはお弁当忘れちゃダメだよ?」


 瞬一は、ぷいっと背を向けて、教室へ入っていった。やれやれ。


「初生、戻ろっか」


 こくっとうなずいた初生は、そのままうつむいた。看護科の教室のほうへ歩き出しながら、ぽつんと言う。


「えみちゃんは、ずるい……」


 初生は、黒いロングヘアに顔を隠してる。耳だけが髪の隙間からのぞいてて、まだ顔が赤いのがわかる。


「ずるいって何が?」


「甲斐くんが家族で、ずるい。お弁当、届けたり、しゃべったり……ほっぺたに、さわったり。えみちゃん、ずるいよ」


 廊下のざわざわが一瞬で遠ざかった。思わず立ち止まる。初生も足を止めた。いくらあたしが間抜けでも、さすがにわかった。


「初生……瞬一のこと、好きなの?」


 顔を上げずに、初生はうなずいた。何だこれ、めっちゃかわいい! 瞬一が初生にこんな仕草させるの? 瞬一、ずるくない?


 じゃなくて。


「そうだったんだ。気付かなかったよー。あたしばっかり風坂先生のこと語っちゃって、初生の話を聞いたことなくて、ごめんね?」


 初生がかぶりを振った。サラサラの髪が揺れる。


「わたし、全然、何も言えなくて。えみちゃんに、隠し事したくはないんだけど」


 誰かが瞬一のことを好きだって噂はけっこう聞く。瞬一が告白されたとか、あたしが瞬一への手紙を仲介するとか、そういうのもよくある。この間も登校中に告白シーンを目撃した。


 でも、全部が一方通行だ。瞬一が誰かに恋してるという話は1つもない。小学校のころから一緒だけど、ほんとに聞かない。


 ストイックっていうか、精神的引きこもり。勉強熱心なのはすごいけど、もうちょっと余裕を持つほうがいいと思う。ポキッて行っちゃいそうだもん。


「その点、初生だったらピッタリだね。瞬一にピッタリだよ!」

「えっ?」

「初生は優しいからさ、ピリピリした瞬一のこと、いたわってあげられそう。見た目的にもお似合いだし」

「ちょ、ちょっと、えみちゃん、そんなこと……」


 あたしは2人が並んでるところを想像した。むふっ、なんかニヤニヤしちゃう。


「初生、協力するよ。ぜーったい、うまくいくから!」

「え、えみちゃん、声が大きい」

「よーっし、ワクワクしてきた! 放課後、話を聞かせてもらうからねー」


 あたしは初生の手を握って、スキップで教室に帰った。初生と瞬一、あたしがくっつけてあげましょう!

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