●放課後は恋バナを!

 今日は風坂先生の授業がなかった。当然ながら、本業がヘルパーの風坂先生は学校に来ない。


 あの笑顔を見られず、あの声を聞けない日は、あたしにとって消耗戦って感じ。栄養補給できないまま、どんどん燃え尽きていきます。まあ、授業が全部終わったら復活するんだけど。


 さてさて、放課後。あたしは初生を連れて、学校の裏庭に出た。ドームに覆われた裏庭はイングリッシュガーデン風で、UVカット加工の強化ガラス越しに秋の青空が澄み渡ってる。


 あたしと初生はベンチに並んで腰掛けた。さぁ、恋バナタイムの始まり始まり!


「初生はいつから瞬一のこと好きなの?」

「えっと、きょ、去年の春から」

「どうしてまた、あいつに惚れたの?」

「や、優しくしてもらったの」

「あの無愛想な瞬一に?」


 初生は、ひざの上に重ねた手を見つめながら、ぽつぽつと話し始めた。


「甲斐くんはクールだけど……優しい、と思う。わたしね、中学のころ、ちょっといじめられてたの。そんなにひどくなかったけど、無視とか陰口とか、ときどきあって。今でも、同じ中学の人は、まだ怖い」


 うん、あたしもそれは気付いてる。高校に上がってからも微妙に続いてるって、それも薄々ながら知ってる。


 初生が傷付くからやめてよって、ハッキリ言っちゃったほうがいいのかな? だけど、あたしがいたら、誰も何もしないもんね。それなのに蒸し返すのは逆効果かなって気もするし。


 初生はうつむきがちなまま、小さく微笑んだ。


「去年の5月にね、甲斐くんが助けてくれたの」


 そのとき、初生は1人だった。初生と同じ中学だった中に、すごく派手な子がいる。学年でも有名な、おしゃれで大人っぽくて、よく遊んでる子。たまたま初生と目が合ったとき、彼女がいたくご機嫌斜めだったらしい。いきなり初生に突っかかってきた。


「あんた、まだ学校来てたの? 暗い顔さらして歩いてたら迷惑だって言ってんでしょ? 超ウザい。さっさと家に帰って引きこもれ。てか、死ね」


 あぁまただ、って初生は思った。でも慣れてるから別にいい、って。初生は派手な子たちに取り囲まれて、早く時が過ぎるのを祈りながら、悪口雑言を聞き流していた。


 ひとけのない場所だったけど、偶然、瞬一がそこに通りかかった。瞬一は黙ってなかった。


「耳が腐りそうな言葉を吐いてんのは、どこのどいつだ? あんたみてぇな下品な女のほうが迷惑なんだよ」


 初生を取り囲んでた子たちは真っ青になった。去年の5月にはもう、瞬一のハイスペックは学年じゅうに知れ渡ってたから、いじめっ子たちは慌てて取り繕った。瞬一はまったく耳を貸さなかった。


「甲斐くんは正義感が強いんだと思う。いじめられてたのが誰であっても、同じこと言ったはず。わたしが特別だったわけじゃなくて、甲斐くんにとってあれは当たり前で。だからこそ、わたしは甲斐くんのことを好きになった」

「そんなことがあったんだ」


 初生は赤く染まった顔を上げて、にこっとした。


「えみちゃんにも感謝してるよ。えみちゃんが一緒にいてくれると、いじめられることもないもの」

「んー、あたしは何もしてないよ。しかし、瞬一もやるなー。初生のエピソードの瞬一、フツーにカッコいいじゃん。そうなんだよねー。ほんとはあいつ、優しいし強いんだよね」


「うん。甲斐くんのクールで頭がいいところばっかり、みんな言うけど、わたしは、もっと別のところを見ることができて、だから、す、好きになったの。えみちゃんのいとこだって知って、びっくりしたけど、嬉しかった」


 瞬一は無愛想だから誤解されやすい。自分以外には興味がないキャラって思われる節があるけど、そんなことないんだよ。ほんとはいいやつ。医学部を目指してるのだって、パパの病気をどうにかしたいからだ。


 あたしは俄然、ワクワクしてきた。瞬一の本当のよさを見付けてくれる女の子がいる。しかも、それがあたしの大事な初生なんだから、テンション上がらないわけがない。


 これ、うまくいく。絶対うまくいくって!

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