エピローグ
エピローグ
「あっ、ハート形!」
空をカメラの視界に入れて、アタシは嬉しくなった。蒼く晴れた背景に、ふわふわのちぎれ雲の白いハートが柔らかく描かれてる。
ニコルさんがアタシの隣で空を仰いだ。
「写真の背景に入れよう。アイツらのツーショットにピッタリの風景だ」
アイツらっていうのは、もちろん、シャリンさんとラフさんのことだ。今日は本当に特別な日。待ちに待った、問答無用に完全無欠な幸せの日。プログラムぶっ壊したりした割に、運営さんからのお咎めはなくて、むしろお祝いメッセージなんか届いちゃったりして。
「みーんな朝綺さんの回復を心待ちにしてたってことですよね。幸せすぎますって、この光景! シャリンさんのドレス姿、超~ステキっ! タキシードのラフさんもイケメンだしっ! もうもうもうっ、感動ですっ!」
サロール・タルの軍営にも教会がある。見た目としては、十字架付きのゲルで、すごい質素なんだけど、だからこそ温かい挙式になる気がする。
今日は、ラフさんとシャリンさんの結婚式。参列者は、アタシとニコルさんとサロール・タルのみんな。
ラフさんはキャラデザを少し変えた。赤黒い紋様を消したんだ。
「この紋様はもうオレに必要ねぇから。この紋様は呪いを意味してて、呪いってのは不治の病、筋ジストロフィーを象徴してたから」
日に日に力強くなっていく声は、硬めで高めだ。しゃべり方は軽やかで、割と荒っぽい。体がどんなに弱っても、朝綺さんの心は元気なままだったんだな。そう感じた。
ラフさんの粗くて長い黒髪は、いつもよりは整ってる。白いタキシードの長身は、文句なしにカッコいい。日に焼けた肌、右頬には一筋の傷跡。ワイルドさがミックスされた正装って、ほんと、いいよね!
でもでも、やっぱ、挙式の主役は花嫁さんなわけで。
オーロラカラーの髪はアップにまとめられてる。もともと美人さんな顔も、ちゃんとメイクしてある。ヴェールを下ろした内側で、シャリンさんは微笑んでる。
ドレスはもちろん純白。キュッと細いウェストと、ふわぁっと広がる長い裾。さっき近くで見せてもらったら、白いシルクに銀色の刺繍がキラキラしてた。
「シャリンさん、かわいいよぉ! さらって帰って飾って愛でたい! はぅー」
心の声が駄々漏れになってしまう。隣にニコルさんがいるのにヤバい。ニコルさんは、ふふっと笑った。
「その気持ち、わかるな」
ニコルさんって、実はけっこうシスコンだ。年下女子としてはなかなかおいしいんですよ、おにいさんキャラなイケメンがシスコンってね。妹ポジション、本気で狙っちゃいますよー?
結婚式イベントを提案したのは、ニコルさんだった。ピアズには、ライフイベントのオプションがある。誕生日ならアタシも参加したことがあるけど、結婚式はこれが初めてだ。
「そろそろ、始めましょうか」
小首をかしげて微笑んだのは、次期国王のオゴデイくんだ。式の進行役を務めてくれるんだ。蒼狼族の正装は刺繍がとってもきらびやかで、オゴデイくんたち兄弟はますますカッコよくて、うっかりすると見惚れてしまう。
シャリンさんがオゴデイくんにうなずいた。所定の位置へと歩き出して、すぐに舌打ちする。
「動きにくいわね。重たいのよ、これ」
「ドレスで舌打ちは、ちょっとやめときましょうよー」
蒼い空の下に細長く敷かれた、朱色の絨毯の道。行き着く先の祭壇も、蒼い空の下。爽やかな風が渡るこの道が、シャリンさんのヴァージンロード。
ラフさんが道の半ばにスタンバイして、両脇に列席してるみんなに頭を下げた。
「世話になった。オレは本当に、文字どおり、アンタたちと同じ次元にいた。飛路朝綺ってデータを保護してくれて、本当にありがとう。だから、アンタたちに見届けてほしいと思ったんだ」
チンギスさんの笑顔はおおらかで優しい。ボルテさんが、そっと目尻を押さえた。ジョチさんがうなずいて、チャガタイさんがガッツポーズして、オゴデイくんがふさっと尻尾を振って、トルイくんが親指を立てた。
アタシはニコルさんを見上げた。
「頑張りましたよね、朝綺さん。タッチパネルの操作、できるようになったんですもんね」
目覚めたその日から、朝綺さんはリハビリを始めた。明るい目を輝かせてた。吐息みたいな声で苦情を申し立てて、みんなを笑わせてくれた。
「早くゲームやりてえ。ゲームやらせろ。禁断症状がすごい」
朝綺さんの口元に耳を寄せて言葉を拾った界人先生が、泣き笑いしながら提案した。
「それじゃあ、朝綺、ラフが歩けるようになったら、結婚式しろよ。それを最初の目標に、リハビリ頑張れ」
突拍子もない提案に、麗さんが慌てた。
「ち、ちょっと、おにいちゃん!」
「いいこと思い付くじゃねーか、界人」
「えっ、あ、朝綺!?」
「おれは本気だぜ、麗。リアルでも必ず挙げるけど、その前に、ピアズで式を挙げよう。ラフと結婚してくれ、シャリン」
麗さんは、圧倒されたようにうなずいた。朝綺さんの回復スピードは、麗さんの予想より、はるかに速いペースだった。朝綺さんは手指を動かせるようになった。もうPCに触ることができる。
ニコルさんがシャリンさんに腕を差し出した。もちろん、ニコルさんも正装だ。ぴしっと束ねた銀髪。ワインレッドのネクタイはアタシが選んだ。
「シャリン、行こうか」
うなずいたシャリンさんが、ニコルさんの腕に、そっとつかまる。ヴァージンロードのエスコートは花嫁の父親の役目だから、今回は、兄であるニコルさんが代わりを務める。
アタシはシャリンさんのドレスの裾を持った。花嫁さんの介添え役、やってみたかったんだよね。
ちなみに、アタシのローズピンクのドレスは、シャリンさんに決めてもらったんだ。アタシ、迷っちゃって選べなくて。シャリンさんも迷ってくれたけど。ガールズトークな買い物、すごい楽しかった。
オゴデイくんが花嫁の入場を告げる。ゆっくりと歩き出すニコルさんに導かれて、シャリンさんが足を踏み出す。アタシも同じ歩調で続く。
オルガンの音色が響く。スローテンポにアレンジされた、原曲はロックの。
「Live on... 生き続けて 信じてるから」
1歩1歩が、何気なくて特別で。美麗すぎるグラフィック、参列者はAI。だけど、こんなにリアルで温かいのが不思議。
1歩1歩、近付いて、そして、ニコルさんがラフさんに声を掛ける。
「よろしくな」
「ああ」
シャリンさんの手がニコルさんから離れて、ラフさんの腕へと渡る。シャリンさんがヴェールの奥で微笑んだ。
「ありがと、おにいちゃん。これからもよろしくね」
「麗……」
しずしずと、ラフさんとシャリンさんが歩き出す。白い2人の後ろ姿が美しい。
「ステキですね」
あたしは界人先生を見上げた。界人先生はコントローラを投げ出した。
「あぁ、もう、ダメだ。涙もろすぎるな、ぼくは」
界人先生はメガネを外して目元を覆った。長い指の隙間から涙があふれる。口元は微笑んでる。
あたしも鼻の奥がツンとした。視界がじわっと熱くなって慌てる。せっかくの結婚式、ちゃんと見ていたいのに。
「界人先生のせいで、あたしまで泣いちゃいますっ」
「ごめん」
ささやき交わしながら、幸せな2人を見守る。
あたしたちは麗さんの仮眠室に居させてもらってる。麗さんは朝綺さんの病室にいる。照れくさいから別々での場所で、ってことになった。確かに界人先生、泣いちゃっててどうしようもない。
「ゲームでさえ、これなんだよ。現実の結婚式が不安だな」
「現実の結婚式かぁ。楽しみじゃないですか!」
「うん。笑音さんもぜひ出席してよ」
「えっ!? あたし行っていいんですか!?」
「何年先になるか、わからないけどね」
「そんなに長くかかんないと思いますよー?」
朝綺さんはガッツがあるし、界人先生と麗さんがついてるんだし。きっと朝綺さんは、すぐに立てるようになる。着替えも食事も自力でできるようになる。歩いたり走ったりできるようになる。
ねえ、界人先生。あたし、最近わかったんです。ほんとの笑顔になる方法。掛け値なしに元気な心でいる方法。
大好きな人のそばにいる。大好きな人と支え合う。それだけで、強く優しくなれるんだ。
それとね、界人先生。あたし、やっぱり思うんです。
アタシはニコルさんが大好きです。あたしは風坂界人先生が大好きです。
【了】
BGM:BUMP OF CHICKEN「ラフ・メイカー」
respect for:井上靖『蒼き狼』、杉山正明『遊牧民から見た世界史』他
きみと駆けるアイディールワールド―緑風の章、セーブポイントから― 馳月基矢 @icycrescent
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