本作は『幕末レクイエム』本編二作につづく短編集ということになります。
本編の方はかなりのボリュームがあり、長編を読み慣れない方には敷居が高く感じられがちですが、読みはじめると体感的にはあっちゅう間に終わりますから、読み切り短編形式の本作は、本編未読の方の入口として最適かと思います。
本作を読んで「この文章なら長編も読めんじゃね?」と思われた未読の方は、本編も楽しめると思いますよー。
以下は長文の蛇足ですので、おヒマな方だけどうぞ。
スターシステムという別世界に同じキャラクターを登場させるやり方もあるそうですが、本作はそれとは違って同じ世界とキャラクターの裏話(?)、いわゆる、スピンオフということになります。
スピンオフはなかなか難しい問題を内包しています。
まず、方向性は二つが考えられます。
一つは視点を増して世界をより複眼的に見せる、もう一つは本編と視点を変えずにより深く掘り下げる、という考え方になります。
本編で描かれなかった時間を補うものもありますが、目的に立ち返ると、この二つのいずれかに回収できるように思います。
人気作のキャラを転用した別作品なんつーのもありがちではありますが、それはマーケティングであって作品の方向性とは関係ないので措いておくとして。
スピンオフの二つの考え方は本編の視点から制約を受け、二人の目線から一人称で交互に語る体裁を採用した本編二作を受ける場合、いずれを採用することも可能、本編が一人称なので世界を広げる場合は本編以外の人物の目線が必要になり、目線を変えない場合は内面を深掘りすることにならざるを得ません。
この二つ、設計上は明らかに前者が楽、後者は厳しいのです。
なぜかと言うと、目線を変えない後者の場合は紙数の都合を含めて本編であえて書かなかった部分、または、本編で書くべきだったが書き落とした部分を書くこととなります。
素材を考えると、あえて書かなかったものは作中での必要性が薄かったわけで本編への反映を生むには仕込みが大変(よほどネタを刈り込んだ場合は別)、書き落としは良質ネタほど本編にとって好ましからず、普通は改稿してスピンオフにはしませんよね、という問題が潜むためです。
本作では、本編であまり語られなかった壬生屯所時代を書くというテーマがあり、広げる/深めるの点はフリーハンドを得ていると考えられます。
実際、四話まではテーマとなる人物を本編の主人公と被らせてはいますが、別の視点から描いた作品を織り混ぜて広げると深めるを兼ねつつ、読み切り短編形式にして間口を広げた感があります。
ただ、本編のテーマが明確であるほど、本編→本作の流れで読み進む読者に何を提示するかは難しく、余話的な位置づけになることをどう避けるかという点が、目指すところの置き方次第で難題になるやも知れません。
『銀英伝』における『ユリアンのイゼルローン日記』が人気作になったことを考えても、既読の方向け人物掘り下げ、あるいは本編未読の方をターゲットにした余話になってもまったく問題ないわけですが。
筆力に定評のある著者が本作をどのように位置づけるか、期待して読み進めたいと思います。
何かハードルを上げるだけ上げた感がありますが、それはたぶん気のせいです。