東洋史学を専攻した方(今も大学に勤めてる方?)の作品。私は北方謙三先生の楊家将シリーズを以前に読んだが、それよりも奥行を感じさせる作品だ。中国の書物に立脚しているから、当然なのだろう。
各エピソードともに読み易い超訳、漢字だらけの原文、小難しい古文の三段階構成。順番が逆だったら、挫折者が続出しただろう。
20万字近い大作だが、原文は読めないし、高校生以来、縁の無い古文も素っ飛ばしてスクロールするので、実質的な文字数は3分の2である。だから、物怖じせずに、読み始めて欲しい。
とは言え、「守城のタクティクス」から読む事をお勧めする。「守城」は最初から最後まで混じりっ気無しの100%の歴史小説。そっちの方がストーリーに没頭し易いし、断然読み易い。
本作品を読むと、「守城」が原典「襄陽守城録」に忠実だった事が分かる。勿論、キャラ設定なりに作者の工夫が施されている事は言うまでも無い。でも、事実は小説より奇なり。
最後に、作者自身の後書が原文さながらに記述されている。漢字だけの絶壁の様な最終節だが、目を凝らして挑戦して欲しい。
元寇研究の為に宋vs元の書を探したのに、宋vs金の書を発見してしまった。元の戦術や武器の黎明を知る手懸りになるかと読んだら中々面白い。正史には登場しない路傍の石的な人物であるが、私は時空を超えて親近感を覚える、みたいな事が書いてある。
南宋の兵士である趙萬年が、金朝との戦いの中で残した記録。それを小説化したものがこちら――なのですが。そもそも、同じ日本で使われていたはずの古文を読み解くのは難しいですよね。ましてや中国っていう外国のさらに昔の言葉、漢文を読み解くなんて、たとえ日本語訳ができても訳わからぬぅ!
この作品はそれをわかりやすい口語体の「超訳」で読ませてくれるのです。
しかもそれだけじゃありません。各話に細やかな解説をつけて、さらには別章として原文と原訳まで並べてくれてるんです。
歴史ドラマ+歴史資料、きっちり両立しちゃってるのですよ。これはもうすごいのひと言です。
そしてドラマの魅力はなんといっても、王族とか将軍とかじゃない軍人の生の感情と思考が見えるところ。
戦のダイナミックさの中に閃く下っ端魂――戦略よりも戦術よりも、目先の勝利へ飛びつくたくましさが感じられるのはたまりません。
中国史的には通過駅ながら、実は激熱な1200年代初頭、ぜひ体感してくださいませ!
(味があるから人気作! 濃さと厚さの4選/文=髙橋 剛)
歴史をテーマとした小説・漫画・ゲーム・映像作品を興じる時に、終わった時や巻数や放送の切れ目で新たに発行されるまでの期間にできる楽しみがある。
それは、ウェブで検索したり、歴史にかかる書籍を購入して、元ネタの事件や事績、人物について調べることだ。時にはそれで、先の展開や張り巡らせた伏線に気付くこともある。だが、それで興を減じることは少ない。そこまでに行く過程についてアレコレ予想したり、作者の技巧にうなったりできるからだ。
話しの展開による事情や作者の好悪による、人物や勢力への露骨な依怙贔屓や低評価に気付き、その歴史観や人物観を評価することも楽しみという人もいるだろう。
歴史を題材にした作品は、完全に読者の予想を裏切る展開となることが難しい代わりに、多重構造として何度も楽しめるという面白さがある。
色々なご意見があると思うが、よほど中国史や漢文に詳しい方以外は、私としては、同作者の「襄陽守城錄」を元ネタとした小説「守城のタクティクス」
(https://kakuyomu.jp/works/1177354054884546369)を先に読み終わってこちらを読むことをお薦めする。
その後は、気になる注釈だけを読みつつ、こちらの「超訳」をお読みいただければと思う。
こうして読めば、
①中国歴史小説(中華ハイ・ファンタジー小説?)として、いきいきとしたキャラクターが活躍する「守城のタクティクス」を楽しみ、
② その合間に注釈や当時の歴史について大まかに検索して背景を楽しみ、
③ 「襄陽守城錄」の超訳でその元ネタを知り、内容と「守城のタクティクス」の脚色をを楽しみ、(特に『天使』の扱いが秀逸!)
④ さらに注釈を読み返して、背景を楽しむ。
⑤ その注釈を元に調べて内容を楽しむ。
これだけではない。元から、歴史や漢文に詳しい人やこれで強い興味を持てた人にはまだ、続きの楽しみがある。
⑥ こちらの「原文」の訓読と注釈を読み、訓読の解釈をしながら、超訳のさらに元ネタを楽しむ。
⑦ 訓読と原文を見比べ、漢文としての訓読のパズルのような面白さを感じ取る。
という楽しみができる。
しかも、⑦までたどりつける方なら、ネットで検索した中国の史書を原文で読むことがかなり容易になっていることに気付くはずである。
これほど、多重構造で楽しめるようになっている作品は、私は他に知らない。現代では市販ではあまり提供されず、ネットでも三国志以外はあまり見かけることはない、中国史ものの小説が好きな人に読んでもらいたいおすすめの一作である。
1206年〜1207年、宋代の中国。女真族の金国に対する防衛戦を、前線の宋の兵士が記録した文章をもとに、小説化された作品です。
……と言われても、中国史に詳しくないと、すぐには理解しがたいですよね。ええと、宋といえば岳飛? 秦檜は知っているけれど、岳将軍は既に亡くなった後ですか。チンギス・カンが即位した頃? 金はどうしていたっけ? ……。
マルコ・ポーロや長春真人は知っていても、趙淳や趙萬年の名を知っている人はいません。
それでも、阿萬(趙萬年)の軽妙な語り(べらんめい口調)と解説のおかげで、すぐ宋代へ行くことが出来ます。しかも戦場、しかも前線。上司への不平不満も、敵の異民族に対する嫌悪も恐怖も、生々しく。生き延びるための懸命な努力も、兄貴(趙淳)への崇敬も、直に伝わってきます。
中国時代物や戦記がお好きな方には、たまらないのではないでしょうか。
本当の歴史は、教科書には載っていない彼らが、命を賭けて築いてきたものなんですよね。お上品な文体で語られる歴史小説や、演義も大変好きですが。実際の彼らは、こんな口調で話していたかもしれない……。阿萬の台詞を拝読しながら、そんなことを思いました。
東洋史(モンゴル帝国)を修められた作者様のマニアックな解説が楽しい。私は書き下しの漢文の響きが好きなので、原文と書き下し文が拝読出来るのが嬉しかったです。
一粒で二重にも三重にも楽しめる、歴史小説。お薦めです。
襄陽と樊城は三国志演技でも名シーンを続出させた場所だが、この話の時代は南宋。結局攻めてくる金軍も守る南宋軍もその後モンゴルにボコボコにされて消え失せるので日本人にとってはあまり印象にない時代だ。私もよく知らなかった。
しかしそのほぼ異世界で起きる出来事がリアルで変化に富んでいてぐいぐいと興味を引く。筋そのものは語り口がうまいのですいすいと読めるし、そこここに出てくる「あ、なんとなく知ってるような知らないような」という知識が注釈で懇切丁寧に書かれていて楽しい。
さらには平地の野戦と違って、防城戦はその場のアイデアと折れない心が顕著に行動に反映する。そのためドラマも必然的に面白くなる。
加えて作者の「へー、こんなこと考えながら書いたんだあ」と思わせる端々の雑文がとてもチャーミングで、思わずクスリとしてしまった。翻訳家兼作家の生態が垣間見えるエッセイとしての面白さまである(失礼!)盛りだくさんな作品である。
この話をネタとしてまとめてしまうのは惜しい。これを題材に、フィクションを交えた長編小説も読んでみたいところ。
それと蛇足だが、応援コメントの作者さんと読者さんのやり取りもとても楽しい。こういうところまで含めてのweb小説かもしれない。
「あぁ! こう言う作品公開の楽しみ方もあるんだ! これは面白い!」と言う、のっけからカク人間の視点での興奮を書かずにおれないわけなのですけれども。
現代人が一通りのことを学ばなきゃ原文で理解できない文章、例えばこのカクヨムにある光源氏や三国志もそうなんですが、そう言う「なんだか難しいもの」をいかにエンタメの世界に引きずり下ろせるか、は非常にチャレンジャブルな試みであると思っています。しかも、敢えて原文(と、訓読文)と言う、エンタメと学習との境目の向こうにあるものも保持しておく。これによって、学術的書物よりもより気軽に作品原文の世界に踏み込むことができるようになる。
実際のとこ「その言葉」で書かれた作品ってのは「その言葉」で読まれるべきだと思うんですよ。だってそこが作者の生の言葉なんだもの。例えば、この襄陽守城録。主人公趙萬年の生の言葉は、作中で氷月あやさんが悲鳴を上げられている事からもわかる通り(笑)、現代中国語と古典的漢文とのはざまに存在しています。その息遣いを忠実に訳すのに、氷月あやさんは非常に苦心なさっておられていました。
この作品、注がもはやエッセイの域である、のが素敵なのです。氷月さんを通じて、今と昔の誰かをつなげる。そこにはどんな配慮が必要なのか、常識や肌感覚の齟齬をいかに埋めることができるだろうか。
氷月あやさんは趙萬年を「朋友」と呼んでいます。さもありなんです。時間、空間を越えて、書かれた文字を通して、その言葉がつづられた意図を丹念に追っていく。そこには理解や共感といったものが求められましょう。
この作品はまた、氷月あやさんの作品「守城のタクティクス」 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884546369 の屋台骨ともなっています。朋友との対話を経て、そこに氷月あやさんがどのような人々の息吹を見出されたのか。我々ヨム人たちは、その経過を目撃することが許されている。これは非常に贅沢なことだ、と言えるでしょう。
以降自分のことになるわけですが、自分も過去の人が書いた文章を「原文付きで」翻訳する作品を公開しています。ぶっちゃけこの作品のパクりです(笑)。そして思いました、昔の人も自分も、同じ人間なんですよね。様々な規範や常識と言う断絶の向こうには、結局同じ喜怒哀楽を抱える人間たちがいる。そう言う人たちとの対話は、非常に、面白い。
カクヨム漢文倶楽部、楽しいよ。
ぜひ、ご参加を。