知らない時代の知らない出来事を理解するほど楽しいことはない

襄陽と樊城は三国志演技でも名シーンを続出させた場所だが、この話の時代は南宋。結局攻めてくる金軍も守る南宋軍もその後モンゴルにボコボコにされて消え失せるので日本人にとってはあまり印象にない時代だ。私もよく知らなかった。
しかしそのほぼ異世界で起きる出来事がリアルで変化に富んでいてぐいぐいと興味を引く。筋そのものは語り口がうまいのですいすいと読めるし、そこここに出てくる「あ、なんとなく知ってるような知らないような」という知識が注釈で懇切丁寧に書かれていて楽しい。
さらには平地の野戦と違って、防城戦はその場のアイデアと折れない心が顕著に行動に反映する。そのためドラマも必然的に面白くなる。
加えて作者の「へー、こんなこと考えながら書いたんだあ」と思わせる端々の雑文がとてもチャーミングで、思わずクスリとしてしまった。翻訳家兼作家の生態が垣間見えるエッセイとしての面白さまである(失礼!)盛りだくさんな作品である。
この話をネタとしてまとめてしまうのは惜しい。これを題材に、フィクションを交えた長編小説も読んでみたいところ。
それと蛇足だが、応援コメントの作者さんと読者さんのやり取りもとても楽しい。こういうところまで含めてのweb小説かもしれない。

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