○蒼狼族の行く末は?

 サロール・タルはモンスターとの遭遇率が高い。ニコルさんが魔よけの呪文を唱えててさえ、バトルが多い。たいていは、シャリンさんが一瞬で片付けてくれるけど。


「邪魔が多すぎるのよ!」


 シャリンさんは、だんだんいらってきた。そうだよね。ラフさんのために、早くオゴデイくんに接触したいよね。


 ログインして3時間近く経過したころ、アタシたちはようやくチンギスさんの軍営に到着した。草原を駆け抜けてきた馬を下っ端の兵士に預けて、ジョチさんを先頭に、チンギスさんのゲルに向かう。


 チンギスさんのゲルの前でジョチさんが名乗りを上げた。


「父上、ジョチが参りました。異世界の戦士たちもともにおります」

「入れ」


 チンギスさんのキャストは、御歳70歳におなりの大御所声優さんだと判明してる。舞台俳優出身で、朗々たる低音の美声はいまだ健在だ。


 入り口のタペストリーをくぐると、「チンギスの帳幕ゲル」というフィールド名が表示された。チンギスさんとボルテさんが正面にいる。左右に分かれる形で4兄弟がそろっている。


 ふぃん、と聞き慣れない音がした。パラメータボックスが自動でポップアップされる。新着情報を開いてみると、シャリンさん特製のデータの乱れを示すカウンタだ。目盛りがイエローゾーンに突入してる。


 オゴデイくんがアタシたちに微笑みかけた。


「遠路はるばる、ご足労いただき、恐縮です」


 その静かな声がスピーカから流れた瞬間、目盛りがぐらりと揺らいでレッドゾーンに近付いた。シャリンさんがつぶやいた。


「一目瞭然ね。早く接触したいけど、今は無理みたい。ストーリーを見てやらないと、AIに干渉できないわ」


 チンギスさんが4兄弟を見回した。


「ジョチ、チャガタイ、オゴデイ、そしてトルイ。オマエたちを呼び集めたのは、ほかでもない。我が王位を譲るべき者を定めるためだ」


 トルイくんが、青白しましまの尻尾を、ふさっと振った。


「父上はまだまだお元気でしょ? どうして今、決めるの?」

「ホラズム国を落とせば、さらに西へと軍を進める。こうして兄弟がそろう機会も少なくなる。あるいは、いつ誰が欠けるともわからん。集まって話せるうちに話しておきたいのだ」


 チンギスさんの目は冷静で強くて温かくて、少し寂しげだ。父親って、みんなこうなのかな? パパの目と似てる。


 チャガタイさんが腕組みをした。


「王位を定めるとは、どういう方法で?」

「チャガタイよ、決まっておろう? 我らが物事を進めるとき、いつもどうしておる? 合議クリルタイ以外に方法はあるまい。たびは、我が家族のみでの話になるがな」


 ニコルさんが口を挟んだ。


「王の選出や戦争の決定、法令の施行や改正をするとき、彼らは必ず合議クリルタイで全国民の合意を得る。特に戦争にはたくさんの準備が必要になるから、行軍を始める2年前には全国民に協力を呼びかけて準備をするんだ。綿密に計画を練った上でなければ、彼らは旅を始めない」


 シャリンさんが咳払いをした。ニコルさんは小さく謝って、会話を進めさせた。


 ジョチさんがクールな口調で言った。


「では、推薦すればよいのだな。王位を継ぐにふさわしいのは、兄弟のうちの誰なのか。オレは、オゴデイがよいと思う」


 オゴデイくんがビクッとした。鳥肌でも立ったみたいに、灰色の毛並みが逆立つ。


「じ、ジョチにいさん、何を……?」


 チャガタイさんが豪快に笑って、オゴデイくんをビシッと指差した。


「生まれて初めて、兄上と意見が一致したようだ。オレもオゴデイを推そうと思っていた」

「ち、チャガタイにいさんまで」


 トルイくんも尻尾をパタパタさせた。


「オレも賛成♪ オゴデイにいさんにお願いしたいな」

「ど、どうして?」

「どうしてって、自分じゃわかんないかな? まあ、オゴデイにいさんは地味で影が薄いもんね」

「そうだ。オレは、王の器ではない」


「ジョチにいさんは蒼狼族一の優秀な戦士で、チャガタイにいさんほど勇猛な人はいない。オレはこのとおり愛されキャラだよね♪ でもさ、オゴデイにいさんはいつも面倒な仕事を引き受けてくれるでしょ? それってけっこうすごいことなんだよ」

「面倒な仕事?」


 チャガタイさんが話を引き継ぐ。


「兄上が暗く引きこもるたび、声をかけるのは誰だ? トルイのワガママが過ぎるとき、たしなめるのは誰だ? オレも借りがあるよな。熱くなりすぎて、部下に負担を強いていると気付かなかった。オゴデイが止めてくれたんだ」


 ジョチさんが少し皮肉っぽく笑った。


「チャガタイの暑苦しさを冷ますなど、至難の業。しかし、オゴデイにとってはたやすいことだろう? オゴデイは、誰とでも自然に接することができる。オゴデイの前では、人の和が保たれる。王として、他に代えがたい才能だ」


 言われてみれば、そうかもしれない。オゴデイくんがすべてのミッションに登場した理由。連絡役として、あちこち飛び回る理由。それは、兄弟の誰とでも仲がいいから。


 チンギスさんが息子たちの意見をまとめた。


「では、ジョチ、チャガタイ、トルイ。オマエたちは皆、オゴデイを次代の王に推すのだな?」

「ま、待ってください、父上。オレは決して、王の器などでは……」


 オゴデイくんの声が震えてた。灰色っぽい毛並みの全身も、カタカタ震えてる。見開かれたブルーの目が、おびえるみたいに揺れた。


「オゴデイにいさん、いつもみたいに引き受けてよー。王さまになるなんて面倒事は任せるよー?」

「と、トルイは黙ってて」

「あー、オゴデイにいさんがいじめるー。年上権力を振りかざすー。父上、オゴデイにいさんのこと叱ってー」


 白い鹿さん風のボルテさんがトルイくんをたしなめた。ママに叱られたトルイくんは、ペロッと舌を出す。


 チンギスさんはオゴデイくんをまっすぐに見つめた。


「引き受けてはくれぬか、オゴデイ?」

「ですが、オレは何も持っていない。ジョチにいさんの俊才も、チャガタイにいさんの勇猛も、トルイの人望も、オレには何もないんです」


 オゴデイくんはうつむいた。たてがみみたいな前髪みたいなのが長すぎて、顔が隠れてしまう。オゴデイくんが何を思ってるのか、見えない。


 チンギスさんがもう1度、オゴデイくんを呼んだ。おなかに響く、どっしりと力強い声で。


「オゴデイ、我が息子よ」


 沈黙。

 オゴデイくんはうつむいたまま頭を下げて、パッと駆け出した。


「ちょっ……!」


 出入口にいちばん近いアタシが突きのけられる。オゴデイくんはゲルを飛び出していった。シャリンさんが舌打ちした。


「どうしてルラなのよ!?」

「す、スミマセン」

「謝らなくていいわ。オゴデイを追い掛けましょ。そういうストーリーなんだろうし」


 シャリンさんの言葉に、トルイくんが反応した。


「うん、追い掛けてもらえる? 実はオゴデイにいさんって足が速いんだ。本気出されたら、オレじゃ追いつけなくてさ」


 シャリンさんがため息をついた。すれ違ったり逃げられたり、そんな話の流ればっかりだ。

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