第8章:ルラ - Lula -

○涙声は聞かないで?

 ログインすると、そこはジョチさんのゲルの中だった。いつもどおり、アタシが最初にログインしたっぽい。


 ジョチさんは、なんだかスッキリした顔をしてる。色の薄い目が、アタシに優しく微笑みかけた。


「ルラ、オマエのおかげだ。ようやくオレは、オレが何者なのかわかった。礼を言う」


 ずるいな、ジョチさん。アタシなんかの言葉で、迷いを断ち切っちゃうなんて。


「やっぱりゲームはゲームだよね。ピアズだって、所詮ゲームなの」


 現実のアタシはルラとは違う。誰かの役に立つ言葉も魔法も持ってない。迷惑と心配をかけてばっかりの、無力な子どもなんだよ。


「ルラさん、どうしたのですか?」


 静かな声に振り返る。オゴデイくんが小首をかしげてアタシを見つめていた。


「どうって? なんでそんなこと訊くの?」

「元気がないようですが」

「え? ど、どうして、オゴデイくんがそんなこと……?」


 ゲーム内のキャラなのに、アタシの心を読んだの? もしかして、オゴデイくんにラフさんの魂が憑依してるせい?


 と思ったんだけど。


「今日は、表情も動作も少ないです。声も小さいです」


 ああ、なんだ、そういうこと。


 オゴデイくんたちに搭載されたAIは高性能で、アタシたち人間のユーザが動かすアバターの言葉や動きに反応して会話できる。元気がないって判断も、AIの能力の範囲内だ。


 ガッカリしてる自分に気が付く。ああもう、ダメダメ。元気出さなきゃ。アタシの悩みなんて、ちっぽけだ。ニコルさんとシャリンさんの本気の目的のために、アタシも頑張らなきゃ。


 わかってるのに。やっぱり、つらい。


「……ニコルさんがログインするまでは、いっか。あのね、オゴデイくん。アタシ、最近、自分のことがほんとにイヤなの。こんな自分で生きてかなきゃならないって思うと、本当に疲れる」


 AIをつかまえて人生相談? しかも、気弱そうなオゴデイくん相手に? 何やってんだろ、アタシ。


 オゴデイくんは、キレイなブルーの目をにっこりさせた。


「たくさん悩むから、ルラさんは優しいんですね」

「え?」

「真剣に悩む人、自分の弱さを知ろうとする人だからこそ、優しくなれるし強くなれる。オレは、そう思います」

「や、やめてよ」


 ゲームのキャラなのに、実在しないのに、包み込むような目をしてそんなこと言わないで。現実に戻ったとき、寂しくなるから。


「はい、今だけにします。でも、もう1つだけ言わせてください。オレもルラさんのような人間でありたい。悩みを抱えながら、1つずつ強くなれる人間でありたい。だから、アナタに心惹かれるんです」

「お、オゴデイくん?」


 オゴデイくんは、ゆっくりと頭を下げた。そして、ジョチさんのゲルを出ていこうとする。ボーっとしかけてたアタシは、慌てて頭を切り替えた。


「ちょっと待って、オゴデイくん! シャリンさんがログインするまでここにいて!」

「すみません、ルラさん。父の本軍へ、急ぎ、戻らねばならなので」


 オゴデイくんは申し訳なそうに首をすくめて、ゲルから出て行こうとする。ええい、じゃあ、無理やりつかまえとく!


 アタシはオゴデイくんに駆け寄ろうとした。でも、前進のコマンドが遮断される。後ろ方向への引っ張り判定。


「何なの?」


 振り返って、カメラアイを後ろに向ける。ジョチさんがアタシの腕をつかんでた。てか、近い! 美麗なお顔が近すぎる!


「待て、ルラ。ニコルたちにもここへ来るよう伝えてある。今、外に出ては、はぐれることになる」


 要するに、ジョチさんエピソードがもうちょい続くわけね? で、流れ的にいらない子のオゴデイくんは一旦退場で、早くログインしたアタシが偶然、退場シーンに立ち会った?


「やっぱ、アタシ、余計なことしかしてない」


 へこむ。最初にログインしたのがシャリンさんなら、きっとラフさんの魂をつかまえるのに成功してた。アタシって毎回、間が悪いにも程がある。


 それからすぐにニコルさんがログインした。その後、シャリンさんとラフさんが来た。オゴデイくんのことを謝ったら、別にいいって言われた。


「今回のミッションのキーキャラクターはオゴデイよ。チャンスは何度も訪れるわ。それより、ニコルもルラもパラメータボックスを確認してほしい。ゲージカウンタが増えてるでしょ?」


 アタシはパラメータボックスを開いてみた。スタミナやヘルスのゲージの下に、見慣れないゲージカウンタがある。横たわった棒状のゲージが示す値は半分以下だ。


「このゲージ、何ですか?」


 ちょうど半分までがブルーに塗られている。半分を超えると、イエロー。満タン近くはレッドゾーンだ。


「データの乱れ具合を示してるの。今はブルーゾーンでしょ?」

「はい」

「ボクも問題ない」


 アタシたちの答えに、シャリンさんが説明を続けた。


「ラフとオゴデイが同じフィールドにいたら、イエローになる。昨日みたいなデータの乱れ方をしたらレッドね。レッドに達したら、すぐにログアウトしてほしい」


 ニコルさんがあごをつまんでうなずいた。


「緊急避難の指標を示すゲージってわけか」

「そういうことよ」

「アタシも了解しました!」


 シャリンさんの声、今日は少しれてる。泣いたのかもしれないな。アタシも泣いたけど、声、大丈夫かな?


 ストーリーを進めると、ジョチさんと一緒にチンギスさんの本軍に戻ることになった。チンギスさんが4兄弟に話があって、アタシたちにも同席してほしいんだって。


「何の話でしょうね?」


 馬に乗って先を急ぎながら、アタシが首をかしげる。ジョチさんが、ひっそりと微笑んだ。


「おそらく、蒼狼族の行く末を定める話だろう。オレはようやく重荷を下ろすことができる」

「重荷、ですか?」

「オレたち兄弟は皆、同じことを思っているはずだ。いや、アイツを除く3人は皆、か。ルラたちにも、オレたちの決断を見届けてほしい」


 アイスブルーの目でアタシを見下ろすジョチさんは、吹っ切れた表情がすがすがしくて優しい。


 ちなみに、アタシとジョチさんが先頭で、後ろにシャリンさんとラフさんがいて、最後尾がニコルさんだ。


 なんか、ジョチさんを始め、チンギスさんちの4兄弟はアタシにばっかり話しかける。気のせい? たまたま? とか思ってたら、シャリンさんがいきなりすごいことを言い出した。


「ルラはモテるわね」

「ふぇっ!? な、な、なな……!?」

「アクションもリアクションも大きい。言葉も多い。だからAIのセンサにかかりやすい。AIにとって、目と耳を惹かれて仕方ない存在なのよ」


 モテるってそういう意味ですか。確かにね。アタシ、ルラを動かしまくるし、一人言でしゃべっちゃうし。


 ニコルさんが柔らかボイスで笑った。


「ルラちゃんみたいな子に惹かれるのは、AIに限らないよ。現実でも、きっと同じ。ルラちゃんの明るさを好きになる男の子、いるんじゃないかな?」

「え、えぇ~っ、まさか!」


 大きな汗マークを浮かべておどけてみせながら、胸がズキッとした。瞬一を思い出した。アタシのことを好きだと言ったとき、叩き付けるような勢いがあった。叩き付けられて痛かった。昨日ケンカしたときには、もっと強い言葉をぶつけられた。


 ダメだ、アタシ。現実をこっちに持ち込んじゃダメ。今のアタシは笑音じゃなくて、ルラなんだから。

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