きみと駆けるアイディールワールド―緑風の章、セーブポイントから―
馳月基矢
プロローグ
プロローグ
「ヤバいヤバいヤバいって~!」
アタシの情けない声が雪原を転がっていく。
「なんでみんなハジかれちゃうのよぉぉぉっ?」
バトルに気を取られてたんだ。雪男っぽいモンスターに手こずった。どうにか倒せそうと思ったときにはもう遅くて、崖の突端がビシビシ不穏な音を立てていた。
危ない!
と判断したアタシはとっさに空中浮遊の呪文を自分にかけたけど、ほかのみんなは飛べない。悲鳴を上げる間もなく、雪男はもちろん足場もろとも、崖の下に落ちていった。ジ・エンド。
「アタシひとりでどうしろって言うのぉ……」
未練がましくパラメータボックスを確認する。何回確認しても、奇跡が起こるわけじゃないけどさ。
もうやだ最悪。ハイエストクラスともなれば、チートでしょーってくらい強力なボスはいるわ、1発アウトのトラップはゴロゴロしてるわ、戦闘不能でハジかれちゃうケースが多すぎる。
まあ、じっとしてても仕方ない。アタシはみんなが落ちてった崖に
ほんの少し斜面を登ったら、雪山のてっぺんに着いた。白銀に輝くフィールド。BGMも変わったし、今からまさにボス到来! みたいな気配がありありなんですけど。てか、こんなにラスボスに近付いてたのね。残念すぎる。
アタシは岩陰に隠れて、ため息が止まらない。1人で戦えるわけないしさぁ。アタシ、そこそこ上級とはいえ、か弱い魔女っ子だよ? 割と高度な攻撃魔法は使えるけど、物理攻撃には激ヨワだよ?
というか、真っ白い景色の中にひとりぼっちって、いくらゲームの中でも寂しすぎる。もう棄権しちゃおっかな、このステージ。
そのときだった。
声が聞こえてきた。
「どうしてなの? 何で……アイツの意識、ここにいるんじゃなかったの!?」
女の人だ。声の感じからいって、この人、ゲーム内のキャラじゃない。プロの声優さんのしゃべり方じゃないもん。間違いなく、ユーザが操ってるアバターだ。
でも、ちょい待ち。ここ、交流ポイントじゃないんだよ。アタシの
もう1つ、声がした。男の人の声だった。
「落ち着きなよ。このあたりのプログラムに乱数が見られたのは、確かなんだろう?」
えーっと。
場違いなこと言ってもいいでしょうか?
いいよね。はい、正直にいきます。
めっちゃ好みの声、来たぁぁぁっ! ヤバいって、これはーっ!
柔らかいんです、彼の声! じゅわっと鼓膜に染み入るみたいに。それでもって、どっちかというと細いんです。しなやかで、伸びがあるんです。透明感があるって言ってもいいですね、うん!
プロかも、この声。地声より低くして、キャラに合う声を作ってるって感じ。深刻そうな感じがまた、ずきゅーんって来た!
アタシが岩陰で萌え萌えしてる間にも、誰ともわからない2人の会話は続く。
「乱数どころじゃないわ。プログラムの一部が書き換えられてる。言ってしまえば、このフィールドに穴が空けられている状態よ」
「その穴というのが怪しいな。アイツがどこか別の場所へ行ってしまった可能性は?」
「ええ、その可能性が高いわね。ああもうっ、やっとつかまえられると思ったのに」
「
「わかってるわ。絶対に捜し出してみせる」
どういうことなんだろう? 意識がいるとかいないとか、フィールドの穴とか、プログラムの書き換えとか。もしかして、そこにいる2人って、ピアズの運営さん?
オンラインRPG『
もしあの人たちが運営さんなら、これって聞かれたくない話なのかな? アタシ、見付からないうちにログアウトしたほうがいい?
でも、こういうときに限って、鼻がマズい。待って待って待って、あたし、こらえて!
「ふぇっくしゅんっ」
クシャミ、出ました。
リップパッチの集音機がクシャミの音を拾った。「あちゃ~」とか言っちゃった声もバッチリ拾った。
しゃべっていた2人の声が、ピタリと止まった。
「誰かいるの!?」
女の人の凛とした口調。コントローラを握ったあたしは、ビクッとしてしまう。あたしはおそるおそる、アバターを操作した。
2つ分けの三つ編みにした赤毛、黒いとんがり帽子とミニスカワンピ、白黒しましまのニーハイ、という典型的な魔女っ子スタイルのアタシが、画面の中で立ち上がる。カメラアイの位置が動いて、視界が開けた。
彼らは、2人じゃなかった。3人だ。男魔法使い、女剣士、男戦士。そのうちの1人に、アタシの視線は完璧に奪われた。
長い銀髪に緑のローブの、背の高いイケメン魔法使いさん! 切れ長の目は、エメラルドみたいなグリーン。エメラルド、見たことないけど。穏やかに整った顔立ちは、森が似合いそうに優しい。現実の森、行ったことないけど。
その彼が口を開いた。
「キミは、どうしてここに?」
きゃぁぁぁぁああああっ!! 来た、この声っ!! 姿も声もイケメンって、アナタ何者ですか!?
「ア、アタシ、えみ……じゃなくて、魔法使いのルラといいますっ!
イケメン魔法使いさんは、
「ボクたちのセーブデータに、どうしてキミがいるんだろう? ボス戦フィールドのここでは、データが交流するはずないのに」
女剣士さんが進み出た。ビキニタイプのメイルにシースルーの魔法布マント、腰には細身の剣、オーロラカラーの長い髪と、大きな目は鮮やかなローズピンク。小顔で華奢な体格で、抜群にかわいい。でも、ムッとした顔は気が強そう。
「不可解なデータの交流は、アイツが空けた穴のせいじゃないかしら?」
アイツ、と言いながら、女剣士さんはもう1つの人影を見つめた。
その人影は動かない。戦士タイプの男の人だ。黒髪で背が高くて、筋肉質な上半身は裸。肌には、赤黒いイレズミみたいな模様がビッシリ入っている。
しばし、みんな黙った。BGMだけが流れる。ボス出てこないなー、とアタシは思った。ボス戦フィールドに入ってこれだけ時間が経過してたら、バトルにつながるストーリーが始まっておかしくないのに。
沈黙が気まずい。やっぱ、アタシ、ここで姿を現わすのはマズかったんだろうか。秘密を見ちゃったって感じ? 口封じにアカウント消されたらどうしよう。
イケメン魔法使いさんが何かを思い付いたように、ポンと手を打った。整った顔がにっこりと笑う。
「ルラちゃん、ボクたちの
「ふぇっ!?」
まさかの申し出に、間抜けな声が漏れてしまった。不覚。魔法使いさんは気にする様子もなく、美声でアタシに説明する。
「ボクたちは事情があって、ピアズのプログラムに関与している。でも、予想外の手違いで、ルラちゃんのデータにも影響してしまったみたいなんだ。巻き込んで申し訳ないんだけど、よかったらボクたちを手伝ってくれないか?」
女剣士さんが、声を尖らせた。
「ちょっと、勝手に……」
「ストップ」
「何よ?」
「内緒にしててもらいたいだろ、この件?」
「そうね」
「だから、ルラちゃんには一緒にいてもらいたい」
「口止めを兼ねて、ってこと?」
「ああ」
交わされる相談。なんかシリアスな雰囲気。この人たちの正体から何から、全然わかんないけど。
「2人とも、困ってるんですね?」
アタシの質問に、イケメン魔法使いさんが答えた。
「率直に言って、かなり困ってる」
「だったら、アタシ、全力でお手伝いしますっ!」
困ってる人は助けなきゃ。それがアタシの信条だから。
イケメン魔法使いさんが改めて、にっこりした。うぅ、カッコいい!
「ありがとう。ボクはニコル。よろしくね、ルラちゃん」
「は、はいっ」
女剣士さんがオーロラカラーの髪をザッと払った。うわぁ、おねえさま、どうか笑ってくださいませ。美人すぎて怖いのよ。
「ワタシはシャリンよ。この件、他言無用だから。足を引っ張らずに、ついてきなさい」
「が、頑張ります」
黒髪の戦士さんは、じーっと立ったまま黙っている。微動だにしない。どこからどう見ても、この人がシリアスムードの原因だよね。データに穴を空けた張本人っぽい。
複雑な事情とやらは全然、推測もできない。アタシ、頭悪いし。でもまあ、とにかく。
新しい冒険と恋の始まりの予感に、アタシの胸は大いに高鳴っているのでありました!
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