○戦う訳はそれぞれ?

 話し込みつつ、アタシたちは作戦会議の場にたどり着いた。「ジョチの帳幕ゲル」と表示されたそれは、まわりのゲルより一回り大きい。刺繍のタペストリーが入り口に掛けられている。


「兄上、入るぞ」


 チャガタイさんが呼びかけた。中から、ジョチさんのクールな声が返ってくる。


「ああ、入れ」


 アタシたちはチャガタイさんの後についてゲルに入った。


 銀色の毛並みのジョチさんは、静かに腕組みをしていた。チャガタイさんは、ずかずかと進んでいくと、いきなりジョチさんの胸倉をつかんだ。


「今回の失態、どう責任を取るつもりだ!?」


 ジョチさんはチャガタイさんに冷たい目を向ける。


「失態とは、何のことを指して言っている?」

「ウルゲンチの町を落とすためにダラダラと時間を浪費していることをだ!」


 どぇ~、兄弟仲、悪いんだ。


 ウルゲンチっていうのが、今回攻めてる町の名前。固い城壁に守られてるから、蒼狼族にとって苦手なタイプの町。


 ジョチさんは、チャガタイさんに責められても、眉一つ動かさない。


「チャガタイ、何度説明すれば理解する? オレは、武力を使わずして勝ちたい。両軍に損害のない状態で、敵国の町を奪い取っていきたい。だから、攻め入るより先に、降伏の交渉をする。ウルゲンチとの交渉が成立するまで、なぜ待てない?」


 チャガタイさんは牙を剥いて言い返した。


「オレだって、むやみやたらと戦いたいわけじゃない! でも、時間と物資を浪費するのはバカげてる!」

「浪費など」


「浪費だろうが! 兄上の交渉とやらを待ってる間、兵士らは食事をする。食料は本軍から運んでこなきゃいけない。オレたち蒼狼族は、決して豊かじゃないんだぞ。戦が長引けば長引くほど、故郷の母上たちが苦労する。父上はそんなことを望んでいない!」


 絶対に戦わなければいけないっていう前提に立つなら、武力を使わずに勝ちたいジョチさんも、早く戦を終わらせたいチャガタイさんも、どっちも理屈が通ってるんだ。


「ですが、ジョチにいさん、ウルゲンチを本当に信用できますか?」


 消え入りそうな声が聞こえた。キョロキョロしたら、ラフさんの体の向こうに、彼が立ってた。灰色っぽい毛並みの、あー、名前覚えにくいんだけど、あの子。


 チャガタイさんがジョチさんをつかんだまま、びっくりした。


「なんだ、オゴデイ、いたのか!」

「最初からいましたが……」


 そうだっけ? 全然、見えてなかった。ジョチさんの冷たい美しさとチャガタイさんの熱苦しさに隠れてたよ。シャリンさんがひどいことを言った。


「その灰色、キャラ薄すぎるんだから、3兄弟にすればいいのに」


 ジョチさんが話を本筋に戻した。


「ウルゲンチの連中を闇雲に信用しているわけではない。期日を定めて、降伏を促している。オレの出した条件に従わないなら攻める」

「だから、兄上! それじゃ遅すぎると言ってるんだ!」


「オレは約束を違えたくない。すでにウルゲンチに通知を出している。その期日までは交渉を続ける。誰が相手であれ、筋は通すべきだろう?」

「ああ、通すべきだ。オレが思うに、兄上は最初から間違っていたんだよ。交渉使節がオトラルの二の舞にならなきゃいいがな!」


 聞き慣れない名前が出てきた。


「オトラルって何?」


 首をかしげるアタシに、オゴデイくんが反応した。


「オトラルは、町の名です。この戦の原因となった事件が起こった町が、オトラルです。事情をご説明します」


 蒼狼族のチンギスさんは以前、隣国ホラズムに使節を送った。「国交を開いて貿易をしないか?」とうかがいを立てる友好使節だ。実際に貿易する場合の商品も使節に持たせた。


 使節がホラズム国のオトラルって町に滞在してたときだった。ホラズム軍が突如、使節をとらえて処刑したんだ。国交樹立を待ち望むチンギスさんのもとへ、使節の首と一緒に、ホラズム王から返事が届いた。


 未開な蒼狼族が、どのツラを下げて我が国土に踏み入るか?


「我ら蒼狼族に対する評価は、どの国へ使節を送っても同じです。蛮族扱いをされます。確かに、我らは文字も科学も持ちません。でも、だからこそ、優れたすべてを受け入れたい。多くの国と交わりを持ちたいと望むのです。説明、おわかりいただけましたか?」


「うん、よくわかった。影は薄いけど、ナレーターとして優秀だね、オゴデイくん」


 ホラズム国は最初から蒼狼族を見下してる。だから、誰が蛮族に頭を下げるもんかってことで、降伏を求める交渉がまとまらない。結局、交渉が無駄になって攻め入ることになるんなら、最初から突撃すればいい。そういう状況なんだ。


 チャガタイさんは至近距離でジョチさんをにらんだ。


「父上に報告しておこう。兄上が怖じ気づいて戦わないからウルゲンチを落とせない、とな。また父上の不興を買ってしまうぞ。まあ、兄上には、父上のお気持ちなんて関係ないか。何せ父上の血を引いてないんだからな!」


 兄弟仲が悪いのって、そういう理由?


 ジョチさんは、すぅっと目を細めた。


「言いたいことは、それだけか?」

「兄上こそ、言い訳しておかなくていいのか?」


 チャガタイさんはジョチさんを突き放した。オゴデイさんが2人の間に入って、ささやくように告げた。


「まもなく、物資の補給部隊が到着します。護衛に行ったほうがよいと思います」


 チャガタイさんが、きびすを返した。


「オレが行ってこよう。ルラ、オマエもついて来い」


 チャガタイさんの大きな手が、アタシの手首をつかんで引っ張った。


「ご、強引……」


 でも強引なのも微妙に胸キュンかも、とか呑気なこと思っちゃってスミマセン。



***



 ジョチさんのゲルを出た瞬間だった。シャリンさんがチャガタイさんの尻尾をつかんだ。


「チャガタイ、教えなさい! ジョチって、何者なの!?」


 本気で切羽詰まった口調だ。ニコルさんが、ハッと息を呑んだ。


「シャリン、もしかして今、ラフがいたのか?」

「いたわ。『ジョチの帳幕ゲル』ってフィールドにいる間、ずっとデータが乱れ続けていた」

「じゃあ、今すぐゲルに戻ろう!」


「無駄よ。ワタシが何もしなかったと思うの? 今使ってるPCのスペックで可能な限りのことをしたけど、ラフをつかまえられなかった。専用のプログラムを構築する必要があるわ」


 チャガタイさんが腰に手を当てた。


「話は済んだか? 兄上のことを話してほしいのか?」


 シャリンさんが答えた。


「ええ、ジョチのことを話して。ラフをつかまえるときのヒントになるかもしれないから。チンギスの4兄弟の中でも、なぜジョチのデータがチャガタイやトルイより大きいのか」


 チャガタイさんは鼻を鳴らした。


「兄上は異質だからな。『ジョチ』という名の由来がわかるか?」


 アタシはそんなの知るわけなくて、ニコルさんを見上げた。緑の目が知的に微笑んだ。


「蒼狼族の言葉で『客人』という意味だよね、チャガタイ?」

「ほう、異世界の賢者は何でも知っているんだな。正解だ。兄上は『客人』と名付けられた。なぜなら、兄上は父上の血を引いていないからな」


 うん、さっきも言ってたけど。


「どういう事情なんですか?」

「母上は、父上に嫁いで間もないころ、敵対する部族の男たちに誘拐された。父上は母上を取り返すことに成功したが、むろん、その……言いづらいことが母上の身に起きていたわけだ。だから、兄上が誰の血を引いているのか、ハッキリしない」


「でも、チンギスさんはボルテさんを大事にしてるし、ジョチさんのことも長男と認めてるんでしょう?」

「オレは、あんな頑固で冷たい男など、兄と認めてないがな!」

「それ、個人的に相性悪いだけでしょ!?」


 なるほどって感じ。ジョチさんの絶対的なクールさは、生い立ちのせいなんだ。自分が何者なのか、わからない。その上、弟からも「認めない」なんて言われちゃってさ。


 シャリンさんがニコルさんをにらんだ。アバターの表情は変わってないけど、雰囲気的に、にらんだ気がした。


「ニコル、どうしてジョチの名前の由来を知ってるの?」


 うん、アタシもそれ思った。なんで?


 ニコルさんは、ピンと人差し指を立ててみせた。


「史実だからね。サロール・タルのストーリーは『蒼き狼』の実際の歴史に忠実だよ」

「じゃあ、ニコルさんには、このミッションのボスも想像ついてます?」

「どうだろう? 本当に史実どおりなら、ホラズム国の誰かだろうけど」


 突然、ぼゎ……ん、という効果音が聞こえた。ワープするときの空間が歪む音だ。


 チャガタイさんがアタシたちの背後をにらんで指差して、青い毛を逆立てて身構えた。


「キサマ、いつの間に!」


 アタシは、思わずコントローラを握り直しながら振り返った。そこに立っていたのは。


「おーっ、イケメン!」


 しまった、言っちゃった。ニコルさんとシャリンさんが同時に噴き出した。お願い、スルーして。


 改めまして。


 そこに立っていたのは、アラビアンナイトな格好のイケメンだった。悪人スマイルがやたらとキマってる。パラメータボックスに生体反応が出ない。ってことは、このイケメン、ホログラムだ。


 ホログラムのイケメンが名乗った。


「我が名はジャラール。ホラズム国の王子だ。薄汚い犬コロどもが国境を侵したと聞いて来てみれば、ふん、想像以上にみすぼらしい軍営だな」


 ニコルさんが感心したようにつぶやいた。


「ここまで嫌味ったらしいキャラもなかなか珍しいね」

「ですね。でも、ニコルさんの予想、ドンピシャでしたね!」


 ジャラールはターバンの宝石に触れた。全身、アクセだらけだ。金とか宝石とかの、ごっついやつ。イケメン王子の趣味は、あんまりよろしくないっぽい。


「犬コロどもは足が速い。本来ならば、この広大な我が国のどこにおるやら、つかまえることができぬが、たびはたやすかった。青犬よ、オヌシの兄は愚直だな」


 チャガタイさんがうなった。


「ウルゲンチの交渉を長引かせたのは、キサマの策略か!? オレたちの居場所を確実につかむためだったんだな!」


 ジャラールは、くくくくくっと悪人ちっくな笑い方をした。


「ウルゲンチのような田舎の町など、ほしければくれてやる。ただし、我が魔術のシモベを倒すことができればな! いでよ、魔人シャイターン!」


 わかりやす~いことに、ジャラールが掲げた黄金のランプから怪しい光がこぼれ始めた。と同時にバトルモードが発動する。


 チャガタイさんが空に向かって吠えた。


 アォォォオオンッ!


 慌て始めてたモブの兵士たちが、ピシッと気を付けをする。チャガタイさんは兵士たちに怒鳴った。


「退避せよッ! 魔人のチカラの及ばない場所まで、全軍退避ッ!」


 ランプから現れたのは、まさしくランプの魔人だった。ムキムキの大男で、上半身は裸。ダボッとしたズボンに反り返った靴ってファッションで、とにかくデカくて赤い。


 ニコルさんが魔人に杖を向けた。緑の珠がきらめいて、魔力の風が魔人を包む。


 “ケンジャサクテキ


「魔人シャイターンか。物理攻撃が効かないね。シャリンとラフの剣に魔力を宿しておかなきゃいけない」


 シャイターンがマッチョなポーズをとった。そのそばで、ジャラールがアタシたちを指差した。


「ゆけ、シャイターン! ヤツらを木っ端微塵にせよ!」


 そして消える、ジャラールのホログラム。


「すっごくわかりやすい悪役キャラですね~」


 呆れるっていうか、むしろ感動しちゃうよ。今どき、こんな20世紀的な敵さんに出会えるとは。ニコルさんもちょっと笑って、でも、すぐに凛々しい声になった。


「ルラちゃん、少しの間、シャイターンを防いで。ボクはシャリンとラフの武器に魔法をかけるから」

「わっかりましたー!」


 さーて、詠唱開始。でも、こっちが整わないうちに、問答無用でシャイターンがつかみかかってくる。


「させるかぁッ!」


 暑苦しい叫びとともに、チャガタイさんが矢を連射した。右手にヒット判定を受けまくったシャイターンが動きを止める。


「チャガタイさん、ナイス!」

「ルラのためなら、この身を火に焼かれようとも熱くないぞ!」

「アナタがいちばん熱いっす」

「気を付けろ、また来るぞ!」


 チャガタイさんが弓を構えて矢を放つ。


「アタシも負けてらんないし!」


 山ほどの飛び道具を一気にぶっ飛ばすスキル、詠唱完了。基本的な命中率は低いんだけど、今回は的がデカいから全部ヒットするはず!


 “ピコピコはんまーっ!”


 全然ピコピコしそうに見えない真っ赤なトンカチの群れが、シャイターン目がけてわらわらと飛んでいく。ヒット判定と同時にピヨピヨするのはお約束。


「もっかい食らえー!」


 ピコピコ、ピヨピヨ。全然美しくないマッチョ魔人が相手だから、気持ちよくボコれる。


 ちょうどそのとき、ニコルさんの魔法が完成した。


 “チョウラクケン


 シャリンさんとラフさんの剣が緑色に輝いた。ツタが絡みつく模様が浮かび上がってる。


 魔力を帯びた剣を手に、すかさず飛び出していくシャリンさん。ラフさんが続く。シャイターンの巨体に剣を叩きつけては、その反動でさらに跳び上がる。あっという間に、シャリンさんとラフさんはシャイターンの頭上にいる。そして、落下の勢いを乗せた必殺剣。


 “Bloody Minerva”

 “chill out”


 2人のコンボが決まる。痛快!


「ルラちゃん、ボクたちも続くよ!」

「はい!」


 ニコルさんの足下から魔力の風が立ち上る。ふわりとなびく緑色のローブと、銀色の髪。


「そうだ。今度、ボクにも“ピコピコはんまーっ!”を教えてよ。あのスキル、覚えたいな」

「ニコルさんが“ピコピコはんまーっ!”やるんですか!?」


 か、かわいすぎる……!

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