第4章:ルラ - Lula -

○あーるじゅうはち?

 ニコルさんに聞いたところによると、ピアズには、本気の戦争描写はないんだって。同じく、エッチすぎる描写もない。R12からR15のレイティングが厳しく定められてて、ステージごとに詳しい保証書も発行されてる。


「無料で子どもでも楽しめるゲームだからね。でも、ピアズの人間模様はよく造り込まれてて、残虐なシーンが具体的に描かれなくても、シリアスなストーリーはガツンと来るよね」


「そうですね。めっちゃ泣いちゃったこと、何度もありますもん。ロマンスのシーンでは、すっごいドキドキしますし」

「ロマンスは、もうちょっと突っ込んで描いてほしいけど。レイティングの年齢引き上げキャンペーン、署名してきたところ」


「えーっ、ニコルさんでも、あーるじゅうはちとか見たいんですか?」

「見たくない男はいないよ」


 なんか、すっごい意外。でも萌えちゃう。ギャップ萌え。


 まあ、エッチの話は置いといて、サロール・タルのシナリオに戦争の描写がなくてよかった。チンギスさんたちは戦争をしてるけど、直接それを描かないっていう演出のおかげで、プレイするアタシは気持ちが楽だ。


 チンギスさんちの兄弟のうち上3人が率いる西軍は、先鋒となってアルチュフ国の軍隊を次々と破った。アルチュフ軍は途中からガタガタになった。逃げ出したり、降参して蒼狼軍に加わったり。


 そして、アルチュフ王族も戦いを放棄した。都を明け渡して逃げたんだ。文化都市ジョンドゥは、無傷で蒼狼軍の手に入った。


 トルイくんが、にこにこと尻尾を振った。


「ほんとに強いヤツは戦わないんだよ。戦わなくても勝てるくらい強いんだもん。だから、強さを思い知らせるまでは容赦せず、殺し尽くすけどね♪」


 笑顔でそれ言うの、やめて。


 アルチュフ侵攻が一段落して、今度は草原の西へと軍を進めている。アタシたちが加わってるのは、ジョチさんとチャガタイさんが率いてる軍だ。ここが最前線らしい。


 トルイくんはチンギスさんの本軍で、先鋒と本軍の連絡役は……えっと、また名前が飛んじゃったけど、あの灰色っぽい男の子。


 今回のキーキャラクターは、チャガタイさん。キッパリした青色の毛並みが豪快に逆立った、少年漫画のヒーローっぽい次男坊。


「手助け、よろしく頼むぞ!」

「頑張りまーっす!」


 チャガタイさんはガシガシ大股で歩いてる。これから作戦会議なんだ。アタシたちも、もちろんついて行く。


「今オレたちが戦っている相手、ホラズム国は強大だ。町という町は、固い城壁に囲まれている。攻め落とすのは簡単ではない」

「じゃあ、どうやって攻めるんですか?」


「場合によりけりだが、蒼狼族は草原の民だ。騎馬を使ったスピードのある攻めが得意で、草原での戦いなら誰にも負けない。一方で、城壁に守られた町を攻めるのは苦手だ」

「ですよね~」


 チャガタイさんの眉間にしわが寄ってる。攻めあぐねてるらしいんだ。


 ニコルさんが話に入ってきた。


「本当は蒼狼軍のスピードを活かすべきだったんだ。こちらが少数だと知った敵軍が討って出てきたとき、城門が大きく開いた隙を突いて攻め入るべきだった」


 チャガタイさんが白い牙を見せてサワヤカに笑った。きらーん☆


「ニコルは賢者だな! オマエのような男が兄ならばよかった」


 チャガタイさんのおにいさんって、ジョチさんじゃん。カッコいいのに、チャガタイさん的には不満なの?


 シャリンさんがため息をついた。


「さっさと話を進めてちょうだい。ワタシの目的はゲームを楽しむことじゃないんだから」


 ですよね~。うっかりすると、ストーリーのほうに気を取られちゃうけど、いちばん大事なのはラフさんの魂の件だ。シャリンさんは気が気じゃないはず。


 なんかね、シャリンさんって親近感がある。瞬一と似てるんだよね。一生懸命な目的があって必死で、頭が切れて、ちょっと尖ったしゃべり方をする。怖い人って思われがちなキャラだけど、ほんとはそうじゃない。


「シャリンさんに訊きたいことがあるんですけど」

「何よ?」

「どうやったら、そんなに強くなれるんですか?」


 シャリンさんは、ため息交じりに言った。


「ワタシは生まれつき視覚が異常に発達してるの。目から入る情報を認識して処理する能力にけてる。それだけよ。種も仕掛けもないし、インチキを使ってるわけでもない」


 なんとなく、わかった。シャリンさんって、特異高知能者ギフテッドなんだ。飛び抜けて高い知能を持ってる人。中学時代の先輩にもいたなぁ。飛び級して大学に行っちゃったの。


 ラフさんは無表情でシャリンさんの後にくっ付いている。最初は不気味に思ってたけど、だんだん、迷子みたいだなーって感じるようになった。すっごく不安そうに見える。


 シャリンさんがアタシのほうに顔を向けた。


「このステージへのほかのユーザの立ち入りはストップしてある。ルラのセーブデータにバグが出たように、ラフに近寄るのは危険を伴うの。ルラに今以上の悪影響が発生したら、ルラもログインしなくていいから」

「な、何を水くさいこと言ってるんですか! 今さら後には引けませんって!」


「そう?」

「そーですよ! ラフさんの行く末を見届けないと、気が気じゃないです」


「ラフのこと、気になる? 話せることは話してあげるわよ」

「いいんですか?」


 シャリンさんは、うなずきのアクションを使った。


「察してると思うけど、ラフはワタシの恋人よ。ピアズで出会って、現実世界でも出会った。6年も前のことよ。今、彼は眠っている。ワタシはずっと彼を見守ってきて、彼はもうすぐ眠りから覚める。そのはずだったの」


 眠ってる? 例え話なのか、言葉そのままが事実なのか、アタシにはわからない。わかるのは、シャリンさんの声の切なさだけ。アタシはシャリンさんの両手をガシッと握った。


「目を覚ましてもらいましょう! ラフさんの魂をつかまえて体の中に連れ戻したらいいんですよね? そしたら、ハッピーエンドですよね!」


 ふぅっ、という音がスピーカから聞こえた。たぶん、シャリンさんが微笑んだ吐息だ。


「頼もしいわ。おもしろい人ね」

「おもしろいってのは、よく言われます! だって、『ハッピーが正義』じゃないですか!」

「そんなの初めて聞いた」

「我が家の家訓です」


 くくっと、今度はニコルさんが笑い出した。


「すばらしい家訓だね」


 あーもう、ステキすぎますって、その笑い方! おっ、いいこと思い付いた。明日からイヤフォン使おう。そしたら、ニコルさんが耳元でささやいてくれるじゃん。


「ニコルさんも、ラフさんとの付き合いが長いんですか?」

「うん。シャリンよりも、ずっと長いよ」

「親友って感じですか?」


「そうだね。ラフがいたから、今のボクがある。現実世界ではずっと、そういう関係なんだ。ああ、怪しい意味合いじゃないんだけどね」


 よからぬことを考えたアタシを許してください。低く落ち着いててセクシーなニコルさんの声が悪い! 妄想しちゃうし。


 シャリンさんが凛とした口調で言った。


「ワタシの手元には、リアルタイムでプログラム上に現れる乱数を計測して解析する装置がある。ラフがそこにいればわかる仕組みになってるの。何かあれば、すぐにルラとニコルに知らせるわ」


「今は、ラフさんはいない感じですか?」

「そうね」

「じゃあ、チャガタイさんは候補から外れますね」


 ラフさんの魂は、データ容量の大きいAIに吸い寄せられるらしい。だから、チンギスさんちの4兄弟が特に怪しいわけだ。


 アタシがチャガタイさんの名前を口にしたから、アタシの前を歩くご本人が振り返った。


「ルラ、オレに何か用か?」

「いえ、こっちの話で」

「しかし、オマエも少女の身で戦うとは、奇特なヤツだ」

「アタシなんて、全然たいしたことないっすよぉ」


 チャガタイさんはキラッと笑った。一時期、こういう熱血系な先輩キャラにもハマったなー。チャガタイさんの太くてザラッとした声も、男っぽくてカッコいい。チャガタイさんは青い尻尾をバサッと振った。


「オレは勇敢な戦士が好きだ。男は信頼に値するし、女は魅力的に感じる。ルラ、オマエの勇敢さと明るさには心を惹かれる」

「はいー!? いきなりそう来る!?」


 ニコルさんが爽やかボイスで笑った。


「さすがは狼だね」

「ニコルさ~ん」


「いや、冗談抜きで。蒼狼族みたいな遊牧民は、そっちの意味では積極的だよ。厳しい生活環境で、できるだけ多くの子孫を残すためにね。戦や交渉を通じて国や氏族を呑み込むたびに、その王家の女性をめとって子どもを作るから、一族の長は数十人の女性と夜の……」


「なまなましいこと言わないでください! 運営さんの規制、食らいますよ!」

「ごめんごめん」

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