○絶体絶命は不可避?

 アタシはマーリドに向き直った。


 マーリドはデカい。しかも、ヒットポイント高すぎ。1つのゲージに収まり切れずに、頭と右腕と左腕と胴体、4つぶんに分かれてる。チートでしょ、これは。途方もない。


「どこから狙いましょうかねー?」

「ルラちゃん、頭から狙って。魔法を使えるの、頭だけだから」

「あ、なるほど。了解でっす!」


 ニコルさんの指示どおり、ターゲットのカーソルを頭にセットする。シャリンさんとのコンボで、BPM240の呪文を唱え始める。ニコルさんは一足先に、補助魔法を完成させてる。


 “チョウラクケン

 “トウキョウソウ


 マーリドの右手が振り上げられる。ヤバい。アタシ、呪文の詠唱中で素早く動けない。いや、杞憂だ。狙いはアタシじゃなくて。


「オゴデイくん、逃げて!」


 うなりをあげて振り下ろされる巨大なゲンコツ。オゴデイくんが飛びのく。第2打は左手。広すぎる手のひらを、オゴデイくんがギリギリでかわす。続いて、再び右のゲンコツ。


「トロいわよ、オゴデイ!」


 シャリンさんが剣を構えて突っ込んだ。七閃連撃。シャリンさんの得意技。


 “Wild Iris”


 マーリドの右手に、ずさずさダメージが入る。爽快。でも、オゴデイくんはトロくないです。シャリンさんが速すぎるだけです。


 マーリドが口を開いた。重々しい声が響く。


「灰色の犬コロは、必ず、葬る」


 ジャラールが命じたことだ。マーリドはご主人さまの命令に忠実に、でっかい頭と両腕がロックオンしてるのはただ1人、オゴデイくん。アタシたちは見向きもされてない。


 マーリドが両手の指を組み合わせて頭上に振り上げた。それをそのまま叩き付けようってんでしょーか? シャリンさんが悲鳴をあげた。


「やめてよ! オゴデイが死ぬルートに入ったら、朝綺の意識はどうなるの!?」


 ゾッとした。そうだ。オゴデイくんを守れなかったら、ストーリーがバッドエンドになるだけじゃないんだ。


 ニコルさんがマーリドの両腕に草のピンを飛ばす。


 “ヨウシン


 マーリドが両手を振り下ろす。スピードが鈍い。それだけだ。束縛系の魔法、完全には効いてない。


 地面にめり込んだマーリドの両手に、シャリンさんが斬りかかる。オゴデイくんが矢を射かける。アタシも魔法の稲妻をぶつける。


 着実にダメージを与えても、なかなかヒットポイントが減らない。しかも、マーリドはヒット判定からの立ち上がりが早い。


 掲げられた右手がオゴデイくんを襲う。シャリンさんが立ちはだかって、剣で防ごうとする。だけど、パワー不足。


「ああ、うっとうしい!」


 弾き飛ばされながら、シャリさんが悪態をつく。


 マーリドの右手左手の連続攻撃。飛び散る土埃や小石。逃げ回るオゴデイくんのスタミナが削られていく。


「オゴデイくんばっかり狙うなーっ!」


 アタシは、マーリドの頭と胴体めがけて魔法をぶっ放す。


 “ピコピコはんまーっ!”

 “メラメラ火球!”


 魔法耐性があるにしても、ほんっとに効かない。ニコルさんの束縛魔法の重ね掛けも威力が薄い。オゴデイくんへの攻撃も止まらない。あーもう腹立つ!


「のわっ!? オゴデイくん、そっちマズい!」


 アタシが叫んだけど、もう遅い。オゴデイくんは大きな岩のほうへ追い詰められる。


 ニコルさんが杖を掲げながら走った。杖の先端の珠が緑色に輝く。ぶん、と一振り。緑色の輝きがビュンと伸びて、光のムチになる。


 “ベンゲキ


 ムチがマーリドの右手を打った。ヒット判定が出て動きが止まる。


 ニコルさんが杖を振るって、ムチをひるがえした。長い銀髪がきらめく。するすると伸びたムチがマーリドの右腕を絡め取る。


「つかまえたよ!」


 うぁー、ニコルさん、なんでムチとか似合うのー!? とかニヤけながら、アタシもちゃんと走ってる。オゴデイくんを背中にかばって、魔法を発動する。


 “ガチガチ障壁!”


 魔法の杖で一突きした地面が、壁になってせり上がる。ずごごごっ、という効果音とともにふさがる視界。


 ずがんっ!


 壁の向こう側にマーリドが左のゲンコツをぶつけた。ふふん。悪いけど、この魔法は最高ランクまで強化してあるんだよね。ランプの魔人がいくら怪力でも、そうそう簡単には。


 ずが、がんっ! どんっ! ごつん、どがっ!


 みしみし。


「え? みしみし?」


 壁のカケラがぱらぱらと落ちてくる。さすがピアズ、演出が細かい。この壁、ヤバいってわけですか?


 ずがんっ!


 壁にヒビが入った。これは完璧にヤバい。


「オゴデイくん、逃げて!」


 アタシが叫ぶのと壁が崩れるのが同時だった。土のかたまりがバラバラと豪快に吹っ飛ぶ。うそーっ、このスキル、最高まで上げるの苦労したのに!


 てか、ヤバい! 巨大ゲンコツが!


「ボーッとしてんじゃないわよ!」


 真横からヒット判定があった。シャリンさんだ。アタシとオゴデイくんは、まとめて突き飛ばされた。


 シャリンさんはゲンコツを踏み台にして跳び上がる。上空で宙返り。落下の勢いで、強烈な突き技が炸裂する。


 “Bloody Minerva”


 シャリンさんの剣技は一撃では止まらない。剣が三日月型の軌跡を描く。


 “Angry Diana”


 さらに、いちばん得意な七連撃。


 “Wild Iris”


「すごい、1人でコンボ決めてる」


 唖然、呆然。さすがはピアズ史上最強クラスの戦士。


 そのとき、ニコルさんが悲鳴をあげた。


「うわっ! ごめん、ルラちゃん、よけて!」

「はい?」


 ニコルさんのムチを振り切ったマーリドの右腕が、アタシの頭上にあった。空がさえぎられている。影が落ちて視界が暗い。5本の指を大きく開いた手のひら。


 え? これ、ヤバくない?


 思考が止まった。回避? 魔法? とりあえず移動? どうしよう? 手のひらが迫ってくる。


 目を閉じてしまった。だから、決定的瞬間を見なかった。


 コントローラが震動する。ヒット判定。でも、大ダメージじゃないのはどうして?


 目を開ける。アタシは地面に転がってる。アタシはカメラを頭上に向ける。マーリドの右手がこぶしをつくってる。こぶしは何かを握っている。灰色の、何か。


「オゴデイくん!?」


 マーリドの手のひらに握られて、オゴデイくんは、かろうじて頭だけが出ている。青い目がアタシに微笑んだ。


「ルラさんが無事でよかった」

「アタシをかばったの?」

「はい」

「バ、バカだよ!」


 マーリドの巨大な顔が、ニィッと笑った。


「灰色の犬コロを、とらえた。なぶり殺しにしてくれよう。ゆっくりと、握りつぶしてくれよう」


 ニコルさんとシャリンさんが同時に叫ぶ。


「やめろ!」

「朝綺っ!」


 アタシはラフさんを見た。バトルフィールドの外で立ったまま、ガクガク震えてる。壊れた人形みたい。焦点の合わない目をした不気味な姿で。


 オゴデイくんのスタミナがじわじわ減り始める。


「アタシがボーッとしてたせいで……」


 オゴデイくんと、オゴデイくんに憑いた朝綺さんの魂が、ピアズから消えてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る