●ラッキー朝デート!

 あたしは1人、朝綺さんの病室を出て仮眠室に戻った。ログインしっぱなしだったピアズは、4時間を超えたから、強制的にスタート画面に戻ってた。あたしはピアズを閉じて、端末のメッセージ機能を起動した。


「あれ? 新着がいっぱいある」


 そういえば、昨日は全部の通知をオフにしてたんだよね。メッセージも通話も全部。誰にも話し掛けられたくない気分で。


 メッセージの送り主を見て、息を呑んだ。甲斐瞬一と遠野初生。2人の名前が、ずらっと。


「寝てないんじゃないの、2人とも?」


 それぞれが1時間おきくらいに、メッセ送ったり電話かけたりしてくれてる。2人からのメッセージはシンプルだった。ほとんどすべてが同じ内容の短文で。


〈笑音、ごめん、今どこにいるんだ?〉

〈えみちゃん、家に帰ってないの?〉


 メッセ全部に目を通して、留守電も聞いた。泣きそうになった。だって、瞬一も初生もあたしのこと心配してくれてる。あたし、嫌われてなかった。よかった。


 瞬一も初生も何度も謝ってる。涙ににじんだ声をしてる。ねえ、瞬一、初生。あたしにも謝らせてね。仲直りさせてもらえるかな?


 いても立ってもいられない気持ちになって、まだ早朝なのに、あたしは電話をかけた。まず瞬一に。それから初生に。


 会って話そうって、2人に約束した。くる高校前のバス停で、できるだけ早くそこで落ち合って、始業ギリギリまでちゃんと話をしようって。


 通話を終えて、あふれてしまった涙を拭った。顔を合わせるときは泣きたくないな。


「よっし、頑張ろ!」


 気合を入れて、こぶしを天井に突き上げる。くすりと、柔らかく笑う声がある。


「本当にいろいろありがとうね、笑音さん」


 じゅわっと胸に染みる優しい声だ。いつの間にか、風坂先生が仮眠室の入り口に立ってて、ほっぺたを掻きながら、メガネの奥の目を微笑ませた。


「いえいえいえ、あたしのほうこそ! 昨夜ゆうべは行くあてがなかったとこを拾っていただいて、ほんとにありがとうございました!」

「あまり眠れてないだろ? 今日1日、学校でキツいと思うけど、頑張って」


「はい、もちろんです! これから出発します。瞬一や初生と待ち合わせしてるんで」


 あたしがカバンを手にしたときだった。ぐぅぅ~、きゅるる、という平和な音が聞こえてきた。あたし? じゃないんだよね、これが。


 風坂先生のほっぺたが、あっという間に赤くなった。かわいい……!


「あ、あはは、ごめん。安心したら、おなか減っちゃってさ。よかったら、一緒に何か食べない?」


 何だこの超役得展開!


「よよよ喜んでっ!」


 噛まないでよ、あたしーっ。がっついてるみたいじゃん。いやもうこの際だから、がっつきますけども。



***



 響告大学附属病院を出てすぐのところにある小さなカフェが、こんな早朝から営業していた。風坂先生がホットドッグの朝食セットをおごってくれた。


「ありがとうございます!」


 ケチャップの匂いが食欲をそそる。風坂先生だけじゃなく、あたしもおなか減ってた。背の高いカウンターテーブルに風坂先生と並んで座って、黙々と食べた。おいしすぎたんだもん。


 まあ、もちろん何かしゃべりたいよ。だけど、それはゆっくりできるときがいい。今はバタバタで、瞬一や初生との約束もあるし。


 あたし、ぜいたくになったかも。しょうがないよね。ピアズでの冒険があまりにも特別だったから。風坂先生もあたしのこと、ただの教え子じゃなくて、ちょっと特別な仲間ピアだと思ってくれてるよね?


「あの、風坂先生、また朝綺さんのお見舞いに行ってもいいですか?」


 風坂先生はにっこりした。唇の端っこにケチャップが付いてる。無防備さがヤバいっす。萌える。


「ぜひ来てやってよ。あいつ、よくしゃべるから、発声が回復するのは早いと思う。話をしに来てほしいな。ああ、そうだ。ぼくと麗の連絡先を教えておくね」

「まままマジで教えてもらっていいんですか!?」


 噛むな、あたし。


「こちらこそ笑音さんの連絡先を教えてもらいたいわけだけど、大丈夫かな?」

「ぜぜぜ全然ほんとに大丈夫ですっ」


 だから噛むなってば、もうーっ。


 学校では内緒だよと言いながら、風坂先生は連絡先を教えてくれた。あたしも自分の連絡先を送信する。端末を操作する間、幸せすぎてふわふわした。


「それとね、お見舞いに来るときは『風坂先生』はやめてもらっていい?」

「はい?」


「麗も准教授だから『風坂先生』なんだよ。まぎらわしいから、お見舞いのときだけは、ぼくのことは下の名前で呼んでもらえるかな?」

「でででではっ、界人先生とお呼びしますっ!」


 ますます幸せすぎて頭が沸騰して爆発した。昇天する。

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