第五話 紅茶占い師と令嬢の想い人(1)

 風変わりなエルシンガム卿ことアーサー・スチュワートは、いつも人形のアリスを抱いているので舞踏会でご婦人がたと踊ることはない。招待されたお宅の絵画コレクションや温室を眺めたり、知人と食事を嗜んだり、時にはワルツの音色に耳を傾けながら、子供の頃にシャーロットとドールハウスで舞踏会を開いて遊んだ思い出を胸に蘇らせたりしているのだった。

 最後に踊ったのは一体いつだったっけ――? そうだ。社交界にデビューしたシャーロットの相手をしたのが最後だった。可愛い幼馴染はそれまで垂らしていた髪を上げ、長いスカートを纏い、深い襟ぐりと短い袖から真珠のような肌を覗かせてたくさんの紳士たちを魅了した。

 シャーロットは名付け親である叔母の計らいによって、おかしな虫がつかないように幼馴染であるアーサーをあてがわれていると思い込んでいたが、本当のところは違った。彼女の叔母も父親も、あわよくば二人を結婚させたいと目論んでいたのだった。

 そんなことを思い出していると、アーサーはふいに『あの日』のことが胸に過ぎった。忘れかけていた痛みが波のように襲い掛かり、体の奥深くに重く沈んでゆく。


『アート、あなたとは結婚しないわ。私、紅茶占い師になろうと思ってるの』


 

 壁際のご婦人方はいつも獲物を追うようにアーサーの一挙一動を目で追っていた。多少変わり者であろうが、ハンサムで大金持ちな第七代エルシンガム伯爵からダンスに誘われたい若い令嬢はたくさんいたし、どうにかして自分の連れている娘を引き合わせたいと考えているお目付け役も多かった。

「ご存知? なんでもエルシンガム伯爵は、あの紅茶占い師ミス・フォーチュンのお住まいに通われているらしいですわよ」

 アーサーが腰掛けている場所から少し離れた場所で、女たちの噂話に花が咲いていたが、噂の的となっている当の本人の耳には届いていなかった。

「貴族であるエルシンガム伯爵と職業婦人のフォーチュンさんとじゃ、格差がありすぎて釣り合いませんわね」

「あら、あなた知らないの? フォーチュンさんは元は名家のご令嬢だったのよ。先祖が遺した遺言によって継承権を得られずに、すべてを遠い親戚に持っていかれてしまったけれど」

「まあ、それはお気の毒なお話ですこと」

「彼女の本名はシャーロット・スチュワートと言って、第六代エルシンガム伯爵のご息女よ」

「第六代エルシンガム伯爵……? それってどういう……」

「つまりね、フォーチュンさんの継承権を奪った遠い親戚というのは、第七代エルシンガム伯爵・アーサー・スチュワートなのよ。もしフォーチュンさんが彼と結婚していれば失うものなど何もなかったはずのに、あの方、そのお話を蹴って占い師になったそうよ」


 これまでの会話の一部始終に耳をそばだてている者がいた。扇子で半分顔を隠した黒髪のほっそりとした青白い顔の貴婦人が、ご婦人方の隣りの椅子に腰を掛けて興味津々聞き耳を立てていたのだが、噂話に夢中な彼女たちはそのことにはまったく気づいていなかった。

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