第二話 紅茶占い師とピクニック(2)

 若草色の美しい自動車を停めて、フィリップ・ナイトリー氏はかけていた風防付きの眼鏡を額に持ち上げ、運転席からシャーロットに手を振った。麦わら色の髪の毛を掻き上げる仕草が気障っぽいが、ハンサムであることは間違いない。

「ナイトリーさん、今日はあなたがご自分で運転されますの?」

 運転手の姿が見当たらないことに気がつき、シャーロットが尋ねた。

「なに、怖がることはありませんよ、ミス・フォーチュン。こう見えても私は運転が得意なんです。さあ、遅くならないうちに行きましょうか」

 フィリップは有無を言わせぬ様子でシャーロットのために助手席の扉を開けた。すると、「これはどうも」と突如姿を現したアーサーが遠慮なく車に乗り込み、皮張りのシートに腰を落ち着ける。

「アート! なんであなたがここにいるのよ?」

 シャーロットの驚きなど気にもかけぬ様子でアーサーは飄々と言い放つ。

「僕は君のパトロンだからね。忙しい身の上だが同行しますよ、ミス・フォーチュン」

 お邪魔虫の登場にフィリップはあからさまに不愉快な顔になった。

「お知り合いですか?」

「こちらはエルシンガム伯爵アーサー・スチュワートさんです。昔からのお友達ですわ」

 伯爵という言葉に反応して、フィリップは急激に態度を改めた。

「そうですか。貴族のお友達がいらっしゃるとは交友関係が広いのですね」

 アーサーはアリスの帽子が風で飛ばないように、可愛らしい花柄のスカーフを巻きつけてやりながら言う。「さあ、ナイトリーさん、遅くならないうちにさっさと出発してください。ミス・フォーチュン、何をぐずぐずしているんだい? そんなに大きな帽子を被っていては風に抗いきれないだろう。君は後ろの席に乗るといい」

 こうして車が動き出し、三人はロンドンを南下し始めた。道中、フィリップは自身の事業に出資してもらえるかもしれない期待を胸にアーサーに様々な形でアプローチを試し見たが、旅の終着点が近づいてきた頃にはその努力が無駄であることを理解した。屋敷に到着するまでに、彼は本来の目的であったシャーロットにターゲットを絞ろうと秘かに考えを巡らせた。


 紫がかった青色のブルーベルが咲き乱れる美しくのどかな場所に、ナイトリー家が購入したばかりのサリー州の屋敷があった。石造りのマナーハウスでかなり古い年代の建物だ。

「まだ住める状態ではないですが、父が私に与えてくれた家です。いずれしっかり庭の手入れをして新たに必要な家具を整えたいと思ってはいるんですけど、なにぶん忙しい身の上でして。邸を管理してくれている近隣の農家の奥方に頼んで軽食を用意してもらいましたから、ブルーベルの森へピクニックに行きましょう」

「お天気もいいですし、最高のピクニック日和ですわね」

 森の中を歩いていく途中、シャーロットは木の根に躓きかけた。すると、フィリップが柔らかな笑顔を浮かべて彼女に片手を差し出した。

「よろしかったらお手をどうぞ。森の木陰は先週の雨で未だに湿っていますから、落ち葉などでうっかり滑らないように」

「まあ、ご親切にありがとう」

 そんな二人のやりとりを眺めながら、アーサーは無表情でアリスに耳打ちする。

「見たかい、アリス。ロティったら若い男相手にデレデレしちゃって」

「大丈夫よ、エルシンガム伯爵。あんなエセ紳士の成金よりあなたの方が何百倍もハンサムだし大金持ちなんですから。やっぱり最近の若いご婦人は新しい物に飛びつく習性があるようね」

 腹話術で一人二役を演じて会話を続けるアーサーを振り返り、シャーロットが睨みつけた。

「聞こえてますわよ、エルシンガム伯爵」

「当然さ。聞こえるように言ってるんだから」

 シャーロットは気を取り直すようにしてフィリップに提案する。「エルシンガム伯爵は大好きなお人形とここでピクニックされたいそうですから、私たちはこの小川の先に参りませんこと?」

 すると、アーサーが面白くなさそうな顔をする。

「僕を仲間外れにしようって言うのかい?」

「失礼のないようにおとなしくしていられるのなら一緒にいてもいいわよ」

「君のことを心配して来てあげたというのになんて心無い仕打ちだろう。ねえ、アリス?」

 アーサーがアリスに相槌を打たせている間にも、シャーロットは彼を無視してフィリップと共に歩き出した。

「あ、待ちたまえミス・フォーチュン! 僕のことを置いていくのかい? パトロンであるこの僕を?」

 森にアーサーの声が反響し、驚いた黒ツグミが木の枝から羽ばたいた。

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