第五話 紅茶占い師と令嬢の想い人(2)

 アーサーが下宿に姿を現すや否や、シャーロットは一冊の本を幼馴染に突きつけて、今にも溢れ出そうな怒りを抑えつつ冷静に口を開いた。

「エルシンガム伯爵、これは一体どういうことですの?」

 淡い水色に金で箔押しされた美しい装丁の本は、表紙全体が上品な蔓草模様に縁取られ、中央に可愛らしいティーカップが描かれている。タイトルは『紅茶占い』。著者はアーサー・スチュワートと記されていた。

「もう献本が届いたのか。僕が最近出版したばかりの紅茶占いについての本だよ。お気に召さなかったのかい?」

「お気に召すも何も、監修に私の名前が無断で使われているようですけれど?」

「心配せずとも印税率は著者の僕より監修の君にたくさん入るようにしておいたから大丈夫だよ」

「そんなこと聞いてないわよ!」

「じゃあ何だい? ちなみに本の売れ行きはなかなか好調らしいので、君もこれまで以上に有名になって占いの依頼人が増えるに違いないよ」

「ああ、アート! お願いだから私になんの相談もなく勝手なことをしないでちょうだい。私は誰の力も借りずに生きていきたいの。それなのに、どうしてあなたはいつも余計なことをして私の邪魔をしようとするのよ?」

「邪魔だなんて、僕はただ、君の助けになるだろうと思っただけで……」

「それが余計だって言ってるのよ!」

 相手の言い分をピシャリと遮り、シャーロットはさらに言葉を続ける。

「あのときだってそうよ。パパが死んでしまって、たくさんのものを失った私にあなたは慈悲をかけてくれたんでしょうけど、私にとってあなたとの結婚は――」

 そのとき、レスリーが部屋にお茶を運んできた。シャーロットは言いかけていた言葉をつぐみ、代わりに馬車を一台呼ぶよう指示を出した。

 アーサーは幼馴染の言葉の続きが中断されたことに内心ほっとした。慈悲などかけたつもりは毛頭なかったが、傷つくことを恐れていたので話を蒸し返そうとは思わなかった。彼は人形のアリスを椅子の上に座らせると隣りに腰を下ろし話題を変えた。

「これからどこかへ出かけるのかい?」

 シャーロットは相変わらず憤然とした様子で言い放つ。「ベルフォード侯爵のご令嬢が紅茶占いをご希望なのよ」

 それから、彼女は紳士名鑑でベルフォード侯爵邸の住所を確認しながら先手を打った。「あらかじめ言っておくけど、あなたを一緒に連れて行く気はないわよ」

 アーサーは興味無さ気に肩をすくめる。「言われるまでもなく、こちらから遠慮しておくよ」

「自称パトロンがめずらしいわね。いつも何がしかの理由をつけてしつこくつきまとってくるくせに」

「余計なことをして君の邪魔になりたくないからねえ。――と、冗談はさておき、ベルフォード侯爵が自分の娘を僕と結婚させたいらしくてさ、会ったら面倒なことになりそうだから今回はパスしておくよ」

 思いも寄らず再び『結婚』という単語を自ら会話に戻してしまい、アーサーは自身の失態に内心動揺した。シャーロットは驚きのあまり読んでいた紳士名鑑を落としかける。

「結婚って、あなたが?」

 よくわからない感情が胸の内に湧き上がってくることに戸惑いを覚えながら、シャーロットはベルフォード侯爵について綴られているページに視線を落とした。侯爵には三人の子供がいて、娘は長女のクリスティンひとりだ。つまり、これから会いに行くこの令嬢とアーサーとの間に結婚話が持ち上がっているというわけだ。

 アーサーはアリスを膝の上に抱き寄せると、小さな人形の両腕をせわしなく動かして腹話術でシャーロットに話しかける。

「エルシンガム伯爵にその気はないのよ。侯爵のご令嬢が彼に興味をお持ちなだけで。いいこと、ミス・フォーチュン、大事なことだから念のためもう一度言っておくけど、エルシンガム伯爵は侯爵のご令嬢と結婚する気なんて全然ないの。これっぽっちも。ねえ、聞いている? ミス・フォーチュン?」

 アリスの声は必死な調子で響いたが、降って湧いたような話に呆然としているシャーロットの耳をするすると通り抜けるばかりだった。

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