第五話 紅茶占い師と令嬢の想い人(3)
ライムフォード・ハウスの中庭には色とりどりの薔薇が所狭しと咲き乱れ、ロンドンの喧騒を忘れさせる秘密の花園のようになっていて、依頼人のレディ・クリスタベルはここで自然観察をするのが日課であった。
執事に案内されて大邸宅の中庭に足を踏み入れたシャーロットは、振り向いたクリスタベルの儚げな美しさに胸がざわめくのを感じた。
この令嬢と幼馴染との間に結婚話が持ち上がっているのだ――。
シャーロットはかつて自分とアーサーとの間にも結婚話があったことを改めて思い返す。あのとき、彼女は自らその話を断ったのであったが、幼馴染が自分以外の誰かと結婚するかもしれないだなんてことは考えもしなかった。
中庭にお茶の用意が整えられ、ダマスク織りのテーブルクロスが敷かれたテーブルを挟んで、二人の女性は互いに向かい合って座った。
クリスタベルの前に並ぶ純銀製の豪華なティーケトルやティーポットの輝きは、ロマン主義的な青白い顔をした令嬢の貴族らしさを一層引き立たせた。メイドによってコテで丁寧に巻かれたヘアスタイルにシャーロットが見とれていると、相手は逆に彼女の帽子の下から覗く金色の髪に目を留めていた。
「美しい
令嬢の占い師への観察は尚も続く。
「髪型もとても独創的でいらして――耳の辺りで薔薇のような結い方をしているのね」
「ああ、これは不器用なのでおかしな位置になっただけですわ。自分ではどうにもうまくいかなくて」
「まあ! ご自分で髪を結ってらっしゃるの?」
その純粋な驚きは、シャーロットに自分はもうクリスタベルのような娘たちとは違う世界の人間なのだという現実を改めて突きつけた。
周りの人々から自身の落ちぶれた境遇を憐れに思われることはあっても、前向きなシャーロットは社会という名の大空で羽ばたくことにあまりにも夢中だったので、これまでそれほど気に病むこともなかった。だが、今この瞬間は、かつて自分が属していた世界に――幼馴染がいる世界の方に――この令嬢がいて、自分はそこにいないのだという現実に少しばかり気持ちが沈んだ。
「本日はどのような占いをご希望ですの?」
シャーロットが尋ねると、クリスタベルの青白い頬にぱっと赤い色身がさした。
「実は、ずっと前から憧れの方がいて、その方と仲良くなれるのか、好きになってもらえるか、二人の相性や未来について知りたいのです」
『憧れの方』というのは、きっとアーサーのことに違いないとシャーロットは思った。
「では、恋占いですわね」
「恋だなんてそんな……。お近づきになりたくても、どのようにして機会を得たらよいかわからなくて、随分長いことお慕いし続けていましたの。でも先日、紅茶占いの噂を聞き及んで、それで、わたくし、かなり引っ込み思案な性格なんですけれど、ありったけの勇気を振り絞って、今日、この日を決心したんです」
本来ならば招待側であるクリスタベルがもてなしをしなければならないところだが、紅茶占いをするために占い師であるシャーロットによってエインズレイのティーカップに紅茶が注がれる。
愛する人の姿を心に思い浮かべながら紅茶を飲む令嬢の健気な様子に、シャーロットは胸が苦しくなった。しかし、それがなぜなのか自分ではわからなくて、彼女はひどくもどかしい思いがした。
やがて、飲み終わった紅茶のわずかに残された茶葉によって、ティーカップに何がしかの模様が描き出された。
「お相手の方は高貴で真っ直ぐな性格の方ですわね」
シャーロットの言葉にクリスタベルは驚きの表情をあらわにした。「どうしておわかりになったの?」
「そのような性格を現す『太陽』のサインが読み取れます」
占い師によって指し示され、改めてティーカップを覗き込んだ令嬢は少しばかり複雑な顔をした。
「わたくしには、これが太陽にはとても見えないわ」
「どう見えるかは占い師によっても違いますのよ。サインの持つ意味自体にも幅がありますし、それがどこにどんな具合で現れるかによっても意味が変わりますから、カップに託された真実のメッセージを読み取るのはとても難しいことなのです」
「でも、ミス・フォーチュンにはそれが出来るのね?」
「ありがたいことに世間からはそれなりにご好評頂いておりますわ。――ハートと勿忘草……忘れられない相手への思い……あなたの思いはごく近いうちに相手に伝わるはずです」
そう言ってから、シャーロットは声を震わせて言葉を続けた。
「そして相手の方もあなたのことを好きになり……二人は固い絆で結ばれます」
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