第七話 紅茶占い師と小さな恋の物語(2)
つい先程帰ったばかりのアーサーが再び姿を現すと、シャーロットは「あらアート、お茶のおかわりでもしに来たの?」と平和な笑みを傾けた。だが、彼の背後に叔母の姿を見るや否や事の次第を察するのだった。
「これは一体どういうことなの、シャーロット? なぜアーサーと一緒ではなく、このようなみすぼらしいところに一人で身を寄せているのです? おまけに、あなた、紅茶占いを職業にしているって本当なの?」
叔母から質問攻めにあい、厄介な客人を連れて来た幼馴染をシャーロットは笑顔のまま睨みつけた。開きっぱなしになっているダイニングルームの扉の向こう側からは、エニオン夫人とレスリーが何事かと聞き耳をたてている。
「叔母様にわざわざ足を運んでいただいたのに申し訳ありませんが、占いをご希望でしたら予約を取ってからまた改めて起こし頂けませんこと? 私、こう見えても忙しい身の上ですの」
「まあ、シャーロット! では、紅茶占い師をしているという話は本当なのね? スチュワート家の血を引く伯爵令嬢がロマの真似事などして家名に泥を塗るつもりなの?」
「過去の称号にしがみつかず、現在を生きているだけですわ」
「あなたは自らお金を稼いで暮らしていかなければならないほど落ちぶれてはいませんよ。私という後ろ盾があるじゃないの。ここにいるアーサーだって幼馴染のあなたを援助してくれるはずよ」
「お言葉は大変ありがたいのですけど、私は自分の力で生きていきたいのです」
「なんて馬鹿なことを言うの。女がひとりで生きていくなんて出来るわけないじゃないの。あなたがこんなに無鉄砲な性格になってしまったのは、間違いなくアーサーの母親や、彼女が連れて来た家庭教師の女のせいね!」
こんなふうに親戚から母親を非難されることは、アーサーにとってはもはや慣れたことであったが、シャーロットにとっては違った。彼女は自分の愛すべきひとたちが悪く言われることに我慢ならず、やりきれない声を荒げる。「アートのお母様は関係ないわ! それに、先生のことも悪く言うのはやめてください」
「シャーロット、あなた自分の子供の頃の口癖を覚えてる? 『自立した女性になる』――アーサーの母親があの家庭教師の女から影響されて、二人で幼いあなたに教えこんだのよ。自立の『じ』の字も知らないような幼子がそんなことを言わされるだなんて、まるで洗脳ね。いかがわしい集会に参加するような人間を家庭教師に雇ったことがそもそもの過ちだったんだわ。女性は選挙権を得る必要なんてないんですよ。女は殿方を支えるために生きているのですから」
「まだそんなことを仰っているの? 時代は変わったのよ叔母様! いつまでも古めかしい価値観にとらわれているなんて本当にお気の毒だわ」
「なんですって?」
パメラは激昂して真っ赤になった顔から今にも湯気が昇りそうだった。険悪な様相を呈し始めた状況を察して、ダイニングルームからエニオン夫人が飛び出してきて二人の間になだめに入った。
「まあまあ、立ち話もなんですからどうぞこちらへおかけください。今お茶をお淹れしますわ。スコーンはいかがです?」
道中何も食べてこなかったこともあり、甘いものが大好物なパメラの腹が物凄い地響きを立てて鳴った。一同がぎょっとして静まり返る中、アーサーが外を見やりながらとぼけた様子で「おや、雷が鳴ったようですね。今夜は雨になるのかな」と呟いた。若い紳士の思いやりのある言動にパメラは頬を赤らめる。
「さあ、こちらの席へどうぞ。アールグレイはお好きですか? 今メイドにサンドイッチを作らせますわね」
相手が勢いを失くしたのを見てとって、エニオン夫人がたたみかけるように客人にアフタヌーン・ティーをすすめた。
「わたくしはお茶をしに来たわけではないのですよ。でも、せっかくのお誘いをお断りするわけにはいきませんわね。紅茶にはお砂糖を淹れずにミルクだけにしてくださらない? 甘い物をたくさん摂らないように主治医に厳しく言われてますの」
こうして一時の嵐は収まったものの、叔母がこの場に留まることになり、シャーロットは深い溜息と共に肩を落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます