第七話 紅茶占い師と小さな恋の物語(3)
パメラはナイフで半分に割ったスコーンに、ストロベリージャムとクロテッドクリームをたっぷりとぬって、それを口へ運ぶや否やあまりのおいしさに目を見開いた。
「まあ! この味! この食感! いまだかつてこんなにおいしいスコーンを食べたことなんてありませんよ。お砂糖と牛乳の比率が最高だわ。レスリーと言ったかしら? あなたをうちの料理人として雇ってあげてもよろしくてよ」
「光栄です、奥様」
客人に賞賛され、レスリーは嬉しさに頬を染めて一礼する。
叔母が朗らかな笑顔でスコーンを平らげる様子を見て、シャーロットはどうやら彼女がすっかり気をよくしたようだと安心したが、本題は忘れられてはいなかった。
「いいですか、シャーロット。亡くなられたあなたのお母様が紅茶占いを好きだったことは知っていますよ。でも、だからって、あなたが占い師になるだなんて、わたしは絶対に許しませんからね。紅茶占いなんかで自立出来ると考えるあなたのそのあさはかさには本当に驚かされます」
パメラの憤りはシャーロットを飛び越えて、彼女の幼馴染に向けられる。
「アーサー、あなたも何か言ってやってちょうだい。だいたい、約束はどうなったの? シャーロットの父親が死んだあと、あなたはわたくしと約束してくれたはずじゃありませんか。この子に結婚を申し込むって」
よもやシャーロット本人を前にしてその話が表立って出てくるとは思わなかったので、アーサーは動揺のあまり飲みかけていた紅茶を噴出しそうになった。確かに、あのときアーサーはこの叔母と約束したのだ。シャーロットに結婚を申し込むと。しかし、それは決してパメラから強要されたからではなく、自分自身の意志でそうしようと思っていたからだった。
アーサーが言葉を返す間もなく、シャーロットがうんざりとした表情で叔母に言う。
「やっぱりアートに無理なお願いをしていたのね? 結婚なら申し込み頂く前に私の方からきちんとお断りしておきました。アートにはアートの人生があるのよ、叔母様。没落令嬢になった私の面倒を見てもらうだなんて、前途有望な彼の人生を狂わすわけにはいかないわ」
幼馴染のその言葉に、アーサーはひどく驚かされた。と同時に、忘れてしまいたいのに幾度となく悪夢のように蘇り、決して忘れることが出来ずにいたあの場面が再び頭の中に思い出される。
『アート、あなたとは結婚しないわ。私、紅茶占い師になろうと思ってるの』
なんの前触れもなくふいに突きつけられた一言。あのとき、シャーロットがどのような思いで言葉を紡いだのか、アーサーには彼女の考えを慮る余裕などなかった。というのも、自分という人間を拒否されたのだと思い込み、失意のどん底へまっしぐらだったからだ。
「ロティ、君はそんなふうに思っていたのかい? だから、あのとき僕とは結婚しないと言ったのかい?」
「あなたは優しいから叔母様の言いなりになって私を助けるつもりだったでしょう? 誤解のないように言っておくけど、別にあなたのためだけに言ったわけじゃないのよ。私だって、誰かの人生のお荷物になんかなりたくないもの」
アーサーはまるで、過去の呪いが解けたかのような気分になった。「……そうか。そうだったのか……」
呆けているアーサーが頼りにならぬと見て、パメラは再びシャーロットに怒りの矛先を向けた。
「とにかく、紅茶占い師だなんて馬鹿げた職業は、今すぐにおやめなさい!」
「あら、本当に馬鹿げた職業かどうか、今この場でお試しになってみてはいかが?」
そう言うと、シャーロットは挑戦的な仕草で来客用の美しいイマリ模様のティーカップに紅茶を注いだ。
「叔母様の運勢を占ってさし上げますわ」
紅茶占い師シャーロット・フォーチュン Lis Sucre @Lis
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