第一話 紅茶占い師と午後のお茶を(3)
椅子に腰を下ろしたシニントン卿は、シャーロットがティーカップに紅茶を注ぎいれる様を見て、いよいよ占いが始まるのだという高揚感と共に居住まいを正した。
「こうして足を運んでおきながら大変失礼な話ですが、実は私は紅茶占いについてあまりよく知らないのです。一体どのような占いなのですか?」
「お茶を飲み終えたあと、ティーカップに茶殻が残りますでしょう? それらの位置や形から運勢を占うのです。ご婦人がたのあいだではもっぱら恋占いが主流ですけど、とても人気がありますのよ。ご自身で占ったり、ロマの占い師のもとに足を運んだり、最近ではティールームに専属の占い師を雇うところもあるようですわ」
「なるほど。ティーカップやお茶はなにか特別なものを使わなければならないのですか?」
「いいえ。どのような形状のカップでも、どのような種類のお茶を使ってもかまいません。茶殻の形が見やすいので、出来るだけ内側に模様のないシンプルなティーカップが好ましいというくらいですわね。――お砂糖かミルクはお入れになりますか?」
「では、ミルクを少しだけ。……砂糖やミルクを入れても構わないのですね」
「占い師にもよるかもしれませんが、私は特に問題ないと思っています。ただし、クリームはもたつきますのでご遠慮頂いておりますわ。さあ、温かいうちにどうぞ。占いたい内容を心に思い浮かべながら飲んでくださいね。それから、占いをするためにお茶は最後まで飲まずにほんの少しだけカップの底に残して下さい」
シニントン卿は紅茶を飲みながら、シャーロットを横目でちらりと観察した。暮らしぶりから見て中産階級といったところだが、不思議なほどにアクセントや物腰は上品だ。もしかしたら、案外良い家柄の生まれなのではないだろうか――。
そんなことを考えていたら、目を眇めて自分を入念に見定めているエルシンガム伯爵のはしばみ色の瞳とぶつかった。
「シニントン卿、こちらへはどなたかのご紹介でいらしたのですか?」
「いや、どなたにもご紹介は頂いておりません。道端に落ちていたフォーチュンさんの名刺を偶然拾ったのです。実は、そのとき私は空前絶後の精神的ダメージを受けたばかりでしたので、これはもう、紅茶占い師に占ってもらうしかないと思いまして」
「空前絶後の精神的ダメージとは、また大層なお話ですね」
「先日、ハロッズで買い物をしていたときのことです。エスカレーターで前に乗っていた子供がふいに私の帽子を持ち上げると、大声でこう叫んだのです。『このおじさん髪が無いよ~!』その声はフロア中に大反響し、人々の好奇の目が向けられる中、私は走ってその場から逃げ去りました」
「子供は正直な生き物ですからねえ」
アーサーの無情な言葉を遮るようにして、シャーロットが高らかに声を上げた。
「あら、紅茶を飲み終わったようですわね、シニントン卿! それでは、占いたい内容を心に思い浮かべながら、ティーカップを水平のまま時計回りに三度回してください。その後、水気を切るために裏返してソーサーへ伏せてくださいませ」
シニントン卿は言われたとおり、少し紅茶が残されたティーカップをゆっくりと水平右回りに三度回し、それから、ぎこちない仕草でソーサーの上へ逆さまにした。
「では、右手でカップを持ち上げてください」
持ち上げられたティーカップの中には、残された茶葉があちらこちらにくっついて何がしかを描き出している。
葉の模様を読み取るためにシャーロットが隣りへぴたりと寄り添ってきたものだから、シニントン卿は一瞬ドキリとした。しかし、次の瞬間にはすでにアーサーが二人のあいだに割って入っていた。
「ほお、これは実に興味深い。ミス・フォーチュン、この散らばった茶葉は抜け毛の象徴かな? シニントン卿の残された髪の毛が抜けていく暗示ではあるまいね?」
「ななな、なんですと!?」
「アート!」
憤って思わず愛称で呼んでしまってから、シャーロットはしどろもどろとアーサーを嗜めた。「いえ、アーサー……じゃなくて、ええと――エルシンガム伯爵、少し黙っていてくださらない?」
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