第六話 紅茶占い師とアリスを探して(3)
波打つような金彩と色とりどりの花があしらわれたグレーのコールポートに、シャーロットの手によって芳醇な香りのアールグレイが注がれる。
「占いはインチキだってお母様が言っていたわ」
メアリーの無垢な糾弾に、シャーロットは顔色ひとつ変えずに紅茶を一口啜って答える。
「真実はいつもティーカップの中にあるのよ。私にはそれが見えるけど、心を開いていない人には難しいかもしれないわね」
暗く重たい空に稲妻がほとばしり、次いで雷鳴が響き始めた。不穏な天候も手伝って、紅茶占いの神秘的な一連の動作や、アーサーのティーカップを覗き込みながら発するシャーロットのわけのわからない呟きは、子供たちにとってはまるで魔女の儀式のようだった。緊張から双子はすっかり静かになり、張り詰めた空気に背筋が伸びる。
「『目』が見えるわ……誰かがあなたをトラブルに巻き込もうとしている? いいえ、違うわ。これは見守っているのかしら……。なるほど。大丈夫よ、アート。アリスはすぐに見つかるわ。こちらが探さなくてもそのうち向こうから現れるわよ」
「本当かい?」
シャーロットの言葉にアーサーはほっと安堵の溜息をつく。「よかった。でも、向こうから現れるって一体どういうことさ? まさか、アリスが歩いてやって来るとでも言うんじゃないだろうね?」
そのときだ。コツコツと床を歩くハイヒールの高い音が耳に届き、一同はぎょっとした。足音はまるで怪奇小説のようにゆっくりと部屋に近づいてきて――人形が歩いてくる恐怖に怯えた子供たちはアーサーにしがみつき、シャーロットも思わず彼の背後に身を寄せて扉の方を見つめた。
稲妻が一段と激しく光り、部屋の入り口に立ち止まった黒い影が照らされる。次の瞬間、地響きのような雷鳴がとどろくと、子供たちは恐ろしさから悲鳴を上げた。
「ぎゃああああああああ!」
そこに立っていたのは、不機嫌な顔をしたヘイゼルだった。
「ヘイミッシュ、メアリ、こんなところにいたの? ナニーがあなたたちを探して部屋中をさ迷ってるわよ。早く行って、かくれんぼはおしまいだと伝えてやりなさい」
雷よりも厄介な母親の登場に、子供たちは命令されるがままにあわあわと部屋から飛び出し、残されたアーサーとシャーロットは、まだ少し呆然とした様子で棒のようにその場に突っ立っていた。
ヘイゼルは苛立ったように目を眇める。「馬鹿じゃないの、あなたたち。人形が歩いてくるわけないじゃない」
そして、入って来たときと同じように不機嫌な様子で踵を返し、部屋から出て行った。
しばらくしてからアーサーは、シャーロットが自分の背中にぴったりと寄り添っていることに気がついた。だが、同時にシャーロットもそのことに気がついて慌てて身を離した。
「義理のお姉様は相変わらずね」
「あの人は生まれながらの上流志向だから。身分の低い家柄の血を引く僕は嫌われていても仕方ないさ。例え社交界が認めようともヘイゼルには認められないのさ」
そう言ってから、アーサーはふいに気がついたように口にする。「もしかしたら、ヘイゼルがアリスをさらったのかな。僕への嫌がらせに」
「直接本人に聞いてみれば?」
「聞いたところで、嘘を言われるに決まってる。彼女が不在のときを狙って部屋付きメイドに客室を探させよう――いや、やはり僕が自ら今すぐ出向かなければ。かわいいアリスの命に危険が迫っているかもしれないのだから」
「まあ、待ちなさいって。おかしな行動に出ない方が身のためよ。あなたが何をしようがしまいが、アリスは時が来たら向こうからやってくるんだから」
「どうやってやって来るのさ?」
「そこまではわからないけど」
占い師の曖昧な言葉にアーサーは焦燥感を募らせた。
もしもアリスを失ってしまったら――。そう考えただけで、暗く重たい雲に押しつぶされそうな気分になった。
やがて、不安な思いに追い討ちをかけるようにして、ぽつりぽつりと雨が降り始め、静かに窓を打ち付けた。
客室への階段を上がりながら、ヘイゼルは遠い昔のことを思い出していた。いつもどこへ行くにも人形を連れ歩いていた幼い頃の義理の弟のことを。
――あんな人形、いなくなって正解だわ。
女であるヘイゼルは父親の爵位はおろか、限嗣相続という厄介な法律のせいでスチュワート家の財産を受け継ぐことが出来なかった。だが、彼女が得られなかったそのすべてをアーサーは手に入れたのだ。
あの子からいつか何かを奪ってやりたい――。
そんな嫉妬の感情が、いつの頃からかヘイゼルの心に渦巻いていた。
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