紅茶占い師シャーロット・フォーチュン
Lis Sucre
第一話 紅茶占い師と午後のお茶を(1)
陽の傾きかけた午後のロンドン。通りを行き交う馬車や人々の様子を二階の窓辺から眺めながら、愛用している小花模様のティーカップでお茶を頂く時間は、シャーロット・フォーチュンにとって心休まる至福のひとときである。もっとも、テーブルを挟んで向かい合わせに座っている奇妙な紳士さえいなければ――の話だが。
エルシンガム伯爵アーサー・スチュワートは、シャーロットからの苦々しい視線を受けて隣りの椅子に座らせていたフランス製のビスク・ドールに話しかけた。
「ねえアリス、ロティがひどく不気味な顔で僕のことを睨んでいるよ。なんだか怖いねどうしよう」
「人形に語りかけずに直接私と話しなさいよ。っていうか、誰が不気味な顔ですって?」
真っ白なテーブルクロスのかけられた小さなラウンド・テーブルを囲んで、シャーロットとアーサー、そして人形のアリスがお茶をしている様子は、彼らが小さな紳士淑女だった頃のナーサリーティー(子供部屋のお茶会)となんら変わってはいない。
大人になったシャーロットは髪を垂らしていた子供時代とは違って、その柔らかな金髪を耳の横あたりで薔薇のように結い上げ、コルセットをつけ、裾の長いドレスを纏ってはいたけれど、今も昔も変わらずティータイムの女主人だ。ちなみに今日の装いは、花模様のレースがあしらわれたスタンドカラーの生成りのブラウスに、シンプルな黒いスカートを合わせ、胸元に品良く楕円型のブローチを留めている。
一方、幼馴染のアーサーはヴィクトリア時代から変わらぬ典型的ないでたちで、膝丈まであるフロックコートに身を包み、シルクハットを被って右手にステッキ、左腕にアリスを抱えてシャーロットの元を訪れた。外見こそ立派に成長したが中身は相変わらず子供の頃のままで、二人の一番の友達であるアリスをいつもどこへ行くにも連れ歩いていた。この奇妙な皮肉屋の紳士はシャーロットに招かれてもいないのに、最近ではお茶の時間を犬のように嗅ぎつけて頻繁に姿を現すようになった。
「エルシンガム伯爵、申し訳ありませんけどこれから来客があるのでそろそろお帰りになってくださらない? いえ、そもそもお招きしてもいないけれど」
シャーロットはアーサーのことをいつもはアートと愛称で呼んでいるが、表向きには『エルシンガム伯爵』とか『エルシンガム卿』などと呼んでいた。アーサーの方は子供の頃からシャーロットをロティと呼んでいたが、人前ではミス・フォーチュンと呼んだ。
「来客って、まさか男じゃないだろうね?」
「そうだけど、それが何か?」
「なんてことだ。アリス、今の話を聞いたかい? 結婚前の女性の部屋に男がやって来るそうだよ。なんて破廉恥なんだろうね」
「お言葉を返すようだけど、だったらあなたはなんなのよ?」
「ねえアリス、ここは君と僕の二人でロティにあやまちが起こらないように見張っておかなきゃならないね。ただでさえ嫁の貰い手がなさそうなのに、その上傷物になったらかわいそうだものね」
「あなたって人を苛立たせる天才よね。言っておくけど、来客は仕事の依頼でやって来るのよ」
「仕事の依頼だって? それって『例の占い』のかい?」
「そうよ。優雅なお貴族様と違って職業婦人は忙しいの。そろそろお引取りくださらない?」
アーサーは聞こえないふりをしてテーブルの上に置かれていた名刺を手に取った。「職業婦人ねえ。そんな風に言えば聞こえはいいが、君のは単なる趣味の延長じゃないか」
印刷されたばかりの小さな四角い紙面の片隅には、今まさに二人がお茶をしている番地名と通りの名が記されている。そしてその中央には、流れるように美しい書体でこう書かれていた――
『紅茶占い師 シャーロット・フォーチュン』
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