第四話 紅茶占い師と聖なるオリゾンタル(3)
フルールの部屋には召使いによって紅茶が運ばれ、それと共に見舞いの贈り物が届けられた。淡いピンク色をした見事な大輪の芍薬の花束で、届け人は名のある家に勤める者のようであったが、
「嬉しいわ。こんな年老いた女を未だに気にかけてくださる方もいるのねえ」
フルール・ド・ピヴォワンヌは咳き込みながら笑顔を浮かべた。
「なんだか懐かしいわねえ。昔、フランスにいた頃、通り名である
フルールの話を聞きながら、シャーロットはこれまで自分が勝手に思い描いていた高級娼婦のイメージを覆されたように感じた。この女性は奢るところが全くなく、素直で率直で、どこか憎めない可愛らしさを秘めている。雰囲気がどこかしら母親と似ていることも手伝って、シャーロットはすっかり温かな気持ちにさえまでなっていた。
「あの人が愛してくれたことはいつまでも幸せな思い出よ。でも、それ以外は本当にひどい人生を送ってしまったわ。後悔しても足りないくらい。神はこのような罪深い女を赦してくださるかしら……。――あら、あたしったらすっかり話し込んでしまって、ごめんなさいね。娼婦の懺悔を聞きに来たわけじゃないのにね」
そう言って、フルールは気を取り直すように訪問者へ笑顔を向けた。「あたしね、昔から占いが大好きなの。ときどき見舞いに訪れてくれるお友達から、巷で人気があるという紅茶占い師の噂を耳にして、あなたに今後の運勢を占ってもらいたいと思ったのよ。これから先にあたしがしようとしていることに勇気をもらうためにも、いつ病状が回復するのかとか、未来のことが知りたいの」
「わかりました。では、さっそく占いを始めましょう」
シャーロットは先程召使いが用意してくれたトレーに歩み寄ると、茶葉の入ったシルバーのティーポットにお湯を注ぎ、しばらく待ってから今度はそのお茶をコールポートのティーカップに注いだ。占いたい内容を心に思い浮かべながらフルールに紅茶を飲んでもらい、占いのための一連の動作――ティーカップを時計回りに三度回し、裏返してソーサーに伏せるように伝えた。
フルールのティーカップを手に取ったシャーロットは、いつものようにカップの中に描き出された葉の模様を声に出して詠もうとしたが、そのまま開きかけていた口を静かに閉じた。
幼馴染の異変に気がついたアーサーは、シャーロットの瞳から何がしかの動揺の色を読み取った。「……ロティ?」
占い師が黙り込んだままなのを気にして、フルールが心配そうに尋ねた。
「もしかして、何か良くないことでも暗示されていたのかしら?」
「いえ……そうでは……ありません。マダムがご心配されるようなことは、何もありませんわ。……ただ――」
そのとき、フルールが苦しそうに咳き込み始めたため、占い師の言葉は途中で遮られた。どうやら発作が起こったようだった。
真珠色の肌がみるみるうちに赤く染まってゆく。息が出来ずに窒息しかける人の姿を初めて目にし、シャーロットはひどく衝撃を受けてどうすればよいのかわからず呆然と立っていた。
アーサーは寝室の扉を開けると、その先に続く客間を駆け抜け、屋敷中に響き渡るような声を出して医者を呼ぶよう叫ぶのだった。
シャーロットとアーサーは、フルールのかかりつけの医者が彼女の寝室から出てくるのを客間で待っていた。その間、シャーロットの面持ちはひどく蒼白で沈鬱としていた。
「大丈夫かい、ロティ?」
アーサーが気遣うように声をかけたが、幼馴染は呆然とした眼差しを虚空に向けたままだ。
「ロティ?」
再び呼びかけられ、そこでシャーロットはようやく我にかえった。
「ごめんなさい、なんだかぼうっとしてしまって……」
ただならぬ様子を見兼ねて、アーサーが率直に尋ねた。
「ロティ、君はフルールを占ったとき、彼女のティーカップに何を見たんだい?」
シャーロットが言葉に詰まっていると、ちょうど医者がフルールの診察を終えて帰宅するところだった。勤勉そうな初老の医師は聖トーマス病院で医学博士を取得した開業医で、彼の話によれば、どうやらフルールはここのところ頻繁にこうした発作を起こすらしく、容態はあまり思わしくないとのことだった。
ベッドで眠る女主人に向けて言付けを残し、二人は医者と時を同じくして館を辞することにした。
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