第三話 紅茶占い師とメイドの秘密(3)
白いリネンの山を抱えて寝室から出てきたレスリーは、シャーロットが紅茶を飲み終えたティーカップで占いをしていることに気がつくと、その一挙一動に魅せられてやおら足を止めた。だが、占い師と目が合った途端、大慌てで仕事に戻るべく生真面目な表情を取り戻す。
「レスリー、あなたの運勢を占ってあげましょうか?」
すでに廊下に出ていたレスリーは、あからさまに嬉しさを隠し切れず、顔を火照らせて舞い戻ってきた。
「本当ですか? 本当に占ってくださるんですか、ミス・フォーチュン!」
女占い師は快く頷くと、メイドのために紅茶を淹れた。メイドは彼女の指示通り、ティーカップに紅茶をわずかばかり残して飲むと、茶葉をめぐらせるためにカップをくるくると回し、それからソーサーに伏せた。
カップが再び持ち上げられると、シャーロットは描き出された茶葉をじっくりと読み解いた。
「家が見えるわ。これは仕事の成功や家を移ったことを表しているの。健康は特に問題なさそうね。それから、近々誰かに恋をする暗示が出てるわよ。――あら、これは……もしかして、最近誰かと仲違いをした?」
「え! どうしてわかったんですか?」
レスリーは言い当てられた驚きのあまり、ついうっかり正直に返答してしまい、はっとしたように手で口を押さえた。
「ここにパイプのように見える茶葉があるでしょう? これは『仲直り』のサインなの。描かれている位置からして、近い未来に誰かと仲直りをするという暗示よ。それは裏を返せば、今現在誰かとうまくいっていないということ。……もしかして、お屋敷で働いていたときに誰かと喧嘩をしたの?」
そのとき、玄関のベルが鳴り響き、幸運にもシャーロットの問いから逃れる理由が出来たレスリーは、来訪者を出迎えるために白いレースのエプロンをひるがえし、リネンの山を抱えてあたふたと階段を下りていった。
扉の開けられた音に続いてメイドの驚いたような叫び声が耳に届き、シャーロットは思わず階下の様子を覗き込んだ。
「ソフィー! どうして私がここにいることがわかったの?」
「執事のファーガソンさんからうまいこと聞き出したのよ。あの人、普段は有能だけどお酒が入ると途端に口が軽くなるのが欠点ね」
「私の居場所を突き止めて、まるでストーカーね。一体何をしに来たの? 私はあなたと絶交したのよ? あなたのことが嫌いになったんだから、もう放っておいてよ!」
「でも、私はあなたに会いたかったのよ、レスリー。……会ってどうしても話がしたかったの」
「話すことなんか何もないわ!」
レスリーは勢いよく扉を閉め、戸口の向こうから自分の名を呼び続ける少女の声に耳を塞ぎながら階段を駆け上がってきた。二階の踊り場で聞き耳を立てていたシャーロットは、正面から突進してきたレスリーとぶつかってしまった。
「ミス・フォーチュン! すみません、お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫よ。それよりも、あなたの方こそ大丈夫?」
掃除道具の中に倒れ込んだレスリーは、汲んでおいたバケツの水を浴びて全身びしょ濡れになっていた。
階下ではソフィーがしきりに扉を叩き、レスリーを呼び続けている。一体何事かと遅ればせながらエニオン夫人が台所から出てくると、「お願いですから、扉を開けないでください!」とメイドは階段の上から女主人に向かって叫んだ。
シャーロットは水の滴るジンジャー・ヘアを見つめながら言った。
「あの子、お屋敷で働いていたときの同僚ね? 仲違いの相手は彼女だったのね」
すると、レスリーはシャーロットとの会話を遮るようにして、「着替えてきます」と自分の部屋がある屋根裏部屋へと階段を上がっていった。
しばらくすると、扉が叩かれる音は止み、ソフィーの声も聞こえなくなった。シャーロットとエニオン夫人はカーテンの背後に身を隠し、窓の端からこっそりと外の様子を覗き込んだ。
玄関先の歩道には、口を真一文字に結んで閉ざされた扉を見つめる頑固そうな少女がぽつりと立っていた。地味な色合いの外出用ドレスを纏い、小さな羽根飾りのついた帽子を被っている。
降り出した小雨がぽつりぽつりと窓を叩き始めたので、シャーロットは居ても立ってもいられなくなって屋根裏部屋へと上がっていった。レスリーの部屋の扉は少しばかり開いていたので、ノックしつつ戸を押し開けた。
「レスリー、入るわよ?」
全身水浸しだったレスリーはちょうど服を着替えているところで、上半身裸だった。
「あら、着替え中だったのね。ごめんなさい」
そう言って、パタリと扉を閉めたシャーロットは、自分が今しがた見た光景を頭の中で思い出し、その異常さに気がついて再び勢いよく扉を押し開けた。
思わぬタイミングで正体がバレてしまったことに衝撃を受け、レスリーは同じポーズのまま身動きひとつ出来ずにその場で固まっていた。
「レスリー、あなた……」ごくりと唾を飲み込んでから、シャーロットは言葉を続けた。
「あなた、男の子だったの?」
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