紅茶占い師シャーロット・フォーチュン

第三話 紅茶占い師とメイドの秘密（２）

　新聞社に求人広告を出してから、まもなく一人目の雑役メイド希望者が面接に訪れた。スコットランド出身で名をレスリーという。すらりと背が高く、ジンジャー・ヘアに堅実そうな緑色の瞳が輝く稀に見る美しい娘だとシャーロットは思った。

　エニオン夫人とシャーロットは一階の台所にあるテーブル席に並んで座り、レスリーは二人の面接官と向き合う形で腰を下ろした。

「推薦状を拝見しましたが、一応ご本人の口から経歴をお話頂けますか」

「はい。ダラムにあるマクレガー大佐のお屋敷でハウスメイドをしておりました。半年ほど経ちました頃、一人娘のシンシアお嬢様に気に入って頂き、勉強部屋付きメイドとして二年間務めました。その後、お嬢様が成長されたので元の職に戻ることを希望しましたが、私のポジションには別の人材がおりましたゆえ、マクレガー様から新たなお勤め先をご紹介頂くことになり、最近までハロゲイト近郊にあるフェアリントン家のお屋敷で三年ほど働いておりました」

「フェアリントンといえば、かつてハリファクスの羊毛業で栄えた一族ね」

「よくご存知ですね」

　レスリーが驚いた顔をしたので、シャーロットは自分が余計なことを言ってしまったことに気がついた。「このあいだご婦人方のお茶会で、偶然フェアリントン家の噂を耳にしたのよ」

　自身の家柄について隠し立てする必要はなかったが、初対面でわざわざ打ち明けることでもない。となると、ロンドンで中流階級の下宿に身を寄せる占い師風情が、ヨークシャーの名家について知っているのはおかしな話だった。おかしな話と言えば、立派なお屋敷で働いていた経歴を持つ娘が、なぜこんな小さな広告に応募してきたのだろう？

「お屋敷を止めたきっかけはなんだったの？」

「ええと、その……新境地を開きたかったというか、ロンドンに憧れを持っていたものですから、田舎を飛び出して……都会で働いてみたかったんです」

　それまでテキパキと受け答えをしていたにもかかわらず、急に言葉につまりながら話す様子を見て、シャーロットもエニオン夫人もレスリーが嘘を言っていることに気がついた。きっと、このメイドが勤め先を止めた本当の理由は何かほかにあるに違いない――と。

「今回の求人はこの下宿の雑役メイドです。それと、紅茶占い師である私の給仕係として依頼人の取次ぎやお茶出しをしてもらいます。でも、お給与は以前よりも下がってしまうし、あなたの経歴であればロンドンの大きなお屋敷で、より条件の良いお勤め先が見つかるのではないかしら？」

　シャーロットが物柔らかに問うと、レスリーは慌てて首を横に振った。

「いいえ、マダム！　私はこのような活気のある通りで人混みに紛れた生活をしてみたいのです。洗濯も皿洗いも食事の準備も裁縫もなんだって出来ます。どうか私をこちらで採用してください！」

　必死に頼み込む様子は思わず慈悲をかけたくなるほどで、おまけに天使のように美しい顔で懇願されたものだから、シャーロットは断る理由が見つからず、どうしたものかとエニオン夫人と目を合わせた。

「あなたの熱意はよく伝わりましたよ。でも、まだ求人を出したばかりだから、これから面接に来る方にもお会いして、合否は後ほど連絡するわね」

　夫人の言葉にレスリーは「どうか、何卒、何卒よろしくお願い致します」と深々と頭を下げ、二人の元を後にした。

　それから数日が経ったが、仕事が出来そうな応募者はほかに現れず、結局エニオン夫人とシャーロットは、レスリーを正式に雑役メイド兼紅茶占い師の給仕として採用することにした。

「紅茶をお持ちしました、マイ・レディ」

　レスリーは有能ですぐに仕事を覚え、気が利くし気立ても見た目も良い完璧なメイドだった。ただし、お屋敷勤めの頃の癖が抜けずに、シャーロットのことをついうっかり『マイ・レディ』と呼んでしまうのだった。

「レスリー、私はレディ・シャーロットではなくて、ミス・フォーチュンだと言ったはずよ？」

「申し訳ございません、マイ・レディ……じゃなくて……ミス・フォーチュン」

　注意されたそばから再び言い間違えてしまい、レスリーは頬を赤く染めた。

　運んできた盆を丸テーブルの上に置いたとき、新入りのメイドはシャーロットの隣りに美しいビスク・ドールが腰掛けていることに気がついた。「まあ、可愛らしいお人形ですこと！」

「子供の頃によく遊んでいた人形なの。とは言っても、今の持ち主は私ではなく、先日置き忘れていった友人だけど。絶交したのでもう会うこともないわね」

「絶交……」

　シャーロットの言葉に、レスリーは沈んだ顔をして黙り込んだ。

「どうしたの？」

「ミス・フォーチュンは、その方（かた）のことをお嫌いになられたんですか？」

　急に真顔で問われ、言葉につまったシャーロットはしどろもどろと否定する。

「別に嫌いになったというわけではないけれど……」

「だったら、すぐに仲直りした方がいいです。でないと、きっとあとで後悔することになります」

　そう言ってから、レスリーはふいに我にかえったように「えらそうなことを言ってすみません」とあやまり、シーツを取り替えるために隣りの寝室へと足早に歩いて行った。