第七章 旅立ち・男たち・力持ち

その1 蛮種の楽園

 鶏ほどの大きさの獣が七匹、草のほとんど生えていない荒れた土手を走っている。


 群れで狩りを行っているようだ。川べりから追い立てられたのは、全長2メートルを超す両生類の類である。

 ほどなくして、鈍重な動きの両生類は、俊敏な二脚歩行で地を駆ける爬虫類――小型肉食竜の餌食となった。


 空を見上げる。


 巨大な翼を広げ、灰色の空に悠々と滑空するソレは鳥でない。

 三角形のシルエットを継ぎ合わせた翼竜が、向こうの森へ降りていった。


「何だここは!?」


 ラズギフト・ハーフの車窓から外を一望して、タメエモンは思わず驚きの声をあげる。

 これまで旅してきた何処にも、こんな光景はなかった。


「見たことのない生き物だらけです。ドラゴン系の魔者マーラなのでしょうか」

星光力エネルギー充填率プールがわずかです。一旦進行を止め、現地の詳細調査と拠点キャンプ設営を行うことを提案します」


 緩やかな河の下流で大日天鎧ソルアルマを『移動神殿』の形態に戻し、一向は初めて未開の大地を踏みしめた。


「寒いな。キハヤはそんな格好で平気なのか」

「俺、もともとこの辺の生まれだから……たぶん、だけど」


 キハヤに問いかけるタメエモンの口から、白い息が漏れる。

 北の大陸は、寒い。タメエモンとタエルはペラギクスで用立てた獣毛皮のコートを着ている。


 キハヤは変わらず、ライダースジャケットのような黒い革の上着と、同じく黒いレザーパンツのいでたちである。

 胸元の筋肉を露わにしていると言うのに、彼は身震いひとつする様子がなかった。


「この環境下で多くの爬虫類が活動しているのは不自然です」


 分析結果を口にするルア。

 耳から伸びるまっすぐな白い角――アンテナ型複合モジュールユニットの表面がうっすら結露している。


 女神ルアもまた、薄い浅葱あさぎ色のスエードで仕立てられたワンピースに同じく色味を合わせたケープを羽織り、足元は革のブーツと黒タイツ。

 寒冷地適応型女子力配慮装備あったかいオンナノコのふくとしてペラギクスの女博士ミネルが贈ったものだ。

 機械端末アンドロイドの体は寒さからくる苦痛を無視できるが、これは心持ちの問題であった。


 そう。もし少女が素肌を晒していたとすれば、誰もが「気の毒に」思うほど、此処の凍てつく空気は鋭く肌に突き刺さるのだ。


 タメエモンたちは改めて周囲を見回す。


 昼間だと言うのに灰色の空。遠目に見る山々は一様に雪の白粉を被っている。

 ともすれば大地も凍るであろう。だが、一方で緑の木々は森をつくり、種々の竜種が辺りを闊歩する。


 明らかな矛盾、不自然が、この大陸を支配しているようだった。


「あすこを走り回っているのも、ただのトカゲじゃないということか?」

「はい。既知の情報データを基に“考える”と、生息種の多くがドラゴンの特性を持っていると推測されます」

「ドラゴンの特性というと……なるほど。“燃える血と鱗”ですか」

「そうです、タエル。おそらくドラゴンは、もともと寒冷地に適応する魔者マーラなのでしょう」


 旅のゴールは、魔者マーラ流入の根源を突き止めること。

 簡易拠点キャンプの設営作業にとりかかりながら、タエルとルアは手がかりを得るべく思案を続けた。


 ふと、キハヤは自分達に向けられた何者かの視線を感じ、辺りを警戒。

 ハーフオーガの視力が、遠くから徒党を組んで走ってくる集団を捉えた。


「なんか来る」


 ここをと称するならば、向かってくる者はさもありなん。である!


 キハヤの警告をうけルアを後方へ逃がしてから間もなく。

 馬と同等の体躯で二脚疾走する草食竜に跨った“騎兵”の一団がどんどん近付いてくる。

 数にして十騎。その姿がまみえるや、騎乗していた前衛の影が草食竜から跳躍した!


「~~! $ちぇすと#%&☆~~~■■■!!」


 人語ならざる奇声を発しながら、石オノ片手に飛び掛ってきた三つの影を、男三人迎え撃つ!


 キハヤは対手の股下に滑り込んでから、逆立ちの体勢で敵の下半身に踵を浴びせ弾き飛ばし。

 タエルは振り下ろされたオノの横面を掌底で打ちいなし、そのまま跳躍、間合いを確保。

 そしてタメエモンは、敢えて真正面から突進し、上段からオノが振り下ろされるよりも早く体当たりをぶちかました。


「■■■%#%~~#ちぇすと&&$■!」


 反撃を受けた前衛の襲撃者たちは、再び何らかの声を口々に叫ぶ。

 素振りからして、どうやらうろたえている


――人族からすれば、“彼ら”の面貌から表情を窺うことは難しかった。


 その体躯は人間と同じバランスの四肢を具えるが、加えて尻から脚と同じくらいの長さ太さをした『尾』が生える。

 その身には一糸をまとうこともないが、代わりに鎧のようにごつごつとした鱗が全高2メートルの体を覆う。

 そのこうべは、まさに人間とは似ても似つかぬ。


 挨拶代わりの石オノにて一行を襲ったのは、トカゲの頭と尾をもつ亜人であった。


「あいつら、平気そうだな」


 トカゲ頭の亜人――竜人リザードマンと対峙して、キハヤの言葉にタメエモンも頷く。


 今しがた迎撃に放った蹴りとぶしかましは、並の魔者マーラならば一撃でしとめられた筈だ。

 決して手ごたえが浅かったわけでもない。だと言うのに、目の前の竜人どもはさして深刻なダメージを負っていないように見えた。


「タエル、キハヤ。一人で三匹ずつだ。気合を入れろ」

「タメエモン、それだと一匹足りないぞ」

「キハヤには敵の正確な数が判っていたのですか――しまった!?」


 状況判断に振り向いた時には既に遅し。

 ルアを抱えた騎乗竜人が、移動神殿の迎撃レーザーをかいくぐって離脱していく所であった。


 後を追おうにも、行く手を塞いだ残りの竜人軍団リザードマンズが立ちはだかり。


「■!? ##&~#%~△☆! ティラノ☆☆■■!」


 聞き取れぬ奇声は、彼らの言語であるようだ。

 自分たちが来た方角へ向かって竜人が叫ぶと、ほどなくして腹底に響く足音が近付いてきた。


 現れたのは“獰猛さ”が牙を持ち、強靭な脚をもって疾駆する“竜種ザウルス”!


 俊敏な二脚走行で大地を駆け巡る。

 退化した小さな腕の代わりに巨大化した頭部大顎で獲物を捕らえ噛み砕く。


――竜の暴君『ティラノサウルス』! 奴は後にそう呼ばれた!!


 鼻面から尾の先まで30メートルに達する恐ろしき竜が咆哮し、威を借る竜人は暴君の背後へ逃れてゆく。


 制御端末たる女神ルア不在につき、大日天鎧ソルアルマは行動不能。

 向かうべき前門でアギトを開くティラノサウルスを突破する手段は、もはや一つだ。


隕蹟着装アームドメテオ!」


 強敵を前に逸るハーフオーガの叫びが曇天に虹柱をび、十の眼を持つ黒蹴鬼・キハヤトゥーマが北の大地に降り立った。


「こいつは俺がブッ殺す! 面倒なことはお前らがやれ!」


 言いながら、キハヤトゥーマはティラノサウルスの眼に向けて探査光線サーチレーザーを照射する。

 情報解析の為ではない。単なる挑発、可視化した宣戦布告視線メンチぎりだ!


「ギャオオオオオオオオオ!」


 背後で暴竜と黒鬼が激突する音を聴きながら、タエルとタメエモンはルアを攫った竜人たちを追って駆け出した。


「もう姿も見えなくなってしまったぞ。どうする?」

精霊術アウラで嗅覚を強化して、痕跡を辿ります。ルア様の匂いならば嗅ぎ分ける自信がありますから」

「うむ、タエルが変態で本当に良かった!」


 立ち回りを始めた巨神と竜、少女を追う大男二人。


 その遥か後方に、彼らを者あり。


 彼らに気取られぬよう。彼らを見失わぬよう。

 自らの気配を隠して、自らの足音をひそめて。


 少女追う男達の背を、更に追う人影がひとつ――――



 ごう、と喉を鳴らして、ティラノサウルスが凶暴な牙をむいた。


 目の前に立つキハヤトゥーマに対し、思考の欠片も無きゆえに速く速く迫ってくる。

 だが、思考を超越した速度を持つのは蹴鬼も同様である。


 キハヤトゥーマは、自らの爪牙たる右脚を蹴り上げ、ティラノの横面へ迎撃のハイキック。


 竜の額関節に一撃、続け様に体を捻る。左脚で後ろ回し蹴り!並んだ牙のうち数本が折れた!


 二重の蹴りを受けたティラノサウルスの半身が横に逸れ、突進してきた巨体がキハヤトゥーマとすれ違う。


 すれ違って、たたらを踏んで、方向転換を済ませて――噛みつき再び!


 黒い鬼機神の脚が跳躍力を矯め、後方宙返り!サマーソルトキックがティラノの顎を蹴り上げる!


「おまえ……俺よりも頭が悪いんだな!」


 サマーソルト着地を決めたキハヤトゥーマが眼前に捉えたのは、三度みたび迫る大アギトであった。

 ティラノサウルスは蹴りの痛みを感じていないのか。一度目と何ら変わらぬ勢いで、速く速く迫ってくる。


 咄嗟に逆立ち体勢をとって蹴りを浴びせる。首筋が蹴り裂かれて、ざくりと割れた傷口から赤黒い血液が迸る。


 暴君竜から吹き出た血は、空気に触れるや発火。鱗の表面を加減無く黒焦げにしながらも、たちまち傷口を焼き固めた。


 魔者マーラならではの生理に基づく焼灼しょうしゃく止血を終えると、巨竜はまたも速く速く。


 攻撃手段は実に単純な噛み付き一辺倒。


 だが、それゆえに、全勢力全脅威が牙具えのアギトに凝縮されていた。


 キハヤトゥーマの蹴りが切り裂き、突き飛ばし、打ち払い。

 ティラノサウルスは怯むことなく噛みつき、噛みつき、噛みつき。


 凶竜と鬼機との力は互角。そして、形勢を傾かせたのは、知能の差だ。


――すなわち、この戦いに於いては“頭が悪い方”が有利であった!


「チィッ! この……野郎ッ!」


 迷いのない攻めの勢いで、遂にティラノの大顎が鬼の右肩に喰らいつく。


 ゼロ距離密着の間合い!キハヤトゥーマの蹴撃が不得手とする陣容かたちだ!


 黒い装甲に牙が食い込み、正六角系の破片が肩口からこぼれていく。


「いいぜ。我慢比べだ!」


 鬼神の十眼、煌々として。

 がぶり噛みつくティラノの首を左腕で抱えると、竜の胴体からずむ、と鈍い音が響いた。


 ティラノサウルスの腹下で陽炎がゆらめく。

 キハヤトゥーマの膝部衝角が、凶竜の腹を貫いていた。


 スクナライデンとの模擬戦とりくみを経て、蹴鬼キハヤはゼロ距離対策を万全にしていたのである!


 鬼の肩を噛み砕かんと、ティラノのアギトに更なる力が込められる。

 黒鎧が軋み砕ければ、キハヤトゥーマの膝は手数ならぬ足数をもって竜の腹膜を穿つ穿つ。


 密着戦。足元で、黒色透明の破片が撒き散らされ、燃える臓物がこぼれ炭になってゆく。


「ガアアアアアアア!」


 輝機神ルマイナシングキハヤトゥーマが、機械のボディにうずめた獣性を剥き出しにして吼える!


 会心の破壊力を孕む強烈な膝蹴りが、ティラノの脇腹を経由して脊椎に到達!

 竜の暴君が、初めて呻いた。


 肉を貫き、骨をはつる打撃音、曇天の空に響き渡ること三十回。


 キハヤが三十一回目を放とうとした時、遂にアギトは鬼の肩を放し。


 竜の暴君ティラノサウルスは、絶命した。


「なんだ、デカいだけのトカゲか。こんなのじゃ“マクウチ”にはいけねーぜ」


 ぶすぶすと黒煙を立ち上らせる骸を見下ろして、キハヤは吐き捨てる。


 彼の台詞は、まったくタメエモンの受け売りであった。

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