その2 異世界転生救世主
少女が歩くと、サファイアブルーの長い髪がふわりと空気をはらんで美しくなびく。
控え目な稜線を描く細身の矮躯を包む純白のワンピース。さりげなく金糸の刺繍が施してあり、生地と同じく白く透き通った肌の美しさを際立たせる。
王マンコに促されタエルの前に立った少女が、耳の部分から上方へ向かって伸びる
未だ涙を流したまま固まっている筋肉男に微笑みかけた。
「あ――――眼を、お開きに――――」
タエルが日頃祈りを捧げる自作の
長く繊細な睫の間、泉の水面のごとく澄んだ瞳の黒さにタエルは心まで吸い込まれそうであった。
「――<<
「……たまげたな、こいつは。タエルの
「人間を忠実に模した『
マンコの言っている意味が八割がた理解できぬゲバとタメエモンが硬直する。なお、タエルは未だ茫然自失の体である。
「要するに、ヒトの似姿を造ったの。ちなみに人格データはあなた達の“移動神殿”から抽出させてもらったから、正真正銘、その子はタエル君の言う『女神ルア』よ」
「……ん?どうでもいいけどよォ、アンタら移動神殿に無断で触ったのか?たしかアレにゃあ」
「“
柔らかな微笑みを讃えたまま立っているルアに眼鏡越しの視線を向け、ミネルは軽く溜息をつく。
「まさか
一見して涼やかな才女の眼に興奮の色が見える。本来なら今すぐ紙とペンを握りたいであろう彼女の指がビシと立てられ、尋ねられる前に説明が始まった。
「君たちが移動神殿と呼んでいるあの
つと息継ぎをする間に、ミネルは目の前の大男達がまたしても呆気にとられている様を認めた。認めたが、
「
「……どういうこった」
「
(最初からそう言えよ……)
胸中で呟き、ゲバも改めて目の前の『女神ルア』を見る。
――少女の姿をした
だが、どうやら嫌悪しているのはこの場では自分だけらしい。依然かえって来ないタエルは言わずもがな、タメエモンはあろうことか無邪気な驚きに眼を輝かせている。
「
「
「そう、そこよ。つまり、それだけタエル君の“筋が良かった”ってこと」
「!? わ、私ですか?」
ミネルに名を呼ばれ、ようやく我に返ったタエルが口元の涎を拭いながら女帝と女博士に向き直る。
「情緒型AIの構築、ほとんど微調整で済んだもの。既に膨大な行動反射パターンと擬似エピソード・データベースが出来上がってたからね」
「ど、どういう――?」
「
この時タエルが味わった感覚は、コツコツ悶々と書き上げた引き出し内の
しかもその読了者は、自身が同志として想定していなかった会社の同僚とか、あるいは母親といった所であった。
先ほどまでとは別ベクトルの衝撃がタエルを襲う。周囲の景色と足元がぐにゃりと歪むような気恥ずかしさに、筋肉僧侶は逞しい膝を大理石の床に屈した。
「……ああ。毎晩、這いつくばってブツブツ言ってるアレか」
「まさにコケの一念だのう」
「ハハハ、こやつめ中々の変態である!」
「負けていられないわね、姉さん」
期せずして
そこへ、いつもは頭に直接響く少女の声が耳朶を介して染み込んできた。
「タエル。私は理解しています。あなたが、ただのコンピュータだった私に『女神ルア』という
毎日脳内で聴いているあの声が、脳裏に思い浮かべるあの微笑みが、妄想の中の
正負の混濁した衝撃に揺さぶられ続けた生真面目な変態の精神は、ここに平衡を失し。
「う、うおおおおおおおおおお!ルア様ァァァァァ!それでけでこの不肖凡愚、いかなる恥辱も救いと転じました!やはり、ルア様は
鼻水と涙を撒き散らして少女の足元にひれふす
「――新たな情緒テンプレートを構築」
「ルア、それがいわゆる“気持ち悪い”という感情よ」
「
「ああッ! さっそく
もはや、誰にもかける言葉は見つからなかった。
五体投地の体勢で身をよじるタエルは後に述懐する――あの時は実際、勃起していた、と――
*
タエルが落ち着いてから、一同はガルダ最大とも謳われるペラギクス帝国の
ペラギクス特有の石材を用いた直線的な
その内部にもむき出しの配管が天井に走り、金属製の柱に仕切られた区画で人びとがせわしなく行き交う。
所々から金属同士がぶつかる音や得体の知れない脈動音が響き渡る、灰鉄色の空間。
この場所を
「あ、“私”――」
ルアが指さす先は、ずらりと並んだ整備ハンガーの一角だ。スペースの中心に在るのは移動神殿『
神殿を覆うように組まれた足場には、数名の技術者が見たこともない器具を用いて何らかの作業を行っている。
「“私”のメンテナンスをしてくれているのですね。感謝、ありがとうございます、ミネル博士」
少女の姿をしたルアは端末で、彼女の本体はやはり巨大な
本体の置かれている状況は、端末である女神ルアにリアルタイムで共有されていた。
「制御ユニットを増設するからついでに、ね。これまでは不完全な部品がセットされていたから性能が引き出せなかったでしょ? ケタ違いのパフォーマンスが出るから、期待してて」
「今までの状態は、本調子ではなかったというのか!?」
タメエモンが驚きの声を上げる。ゲバもタエルも然りだ。
男達は、今まで彼ら自身が駆り戦果をあげてきた『スクナライデン』『ゲバルゥード』『ラズギフト』の姿を、力を思い浮かべる。
いずれも凄まじい力を持った
立て続けに示される
「ゲバ君、はいコレ。あなたのモノだったそうじゃない?」
あくまでマイペースなミネルから何やら手渡されるままに受け取ってから、ゲバは自分の手に持たされたモノを確認した。
「……ようやく取れたのか」
掌の上で青く輝くのは、宝玉。オーク勇者時代のゲバが肌身離さず身に着けていた“御守り”の珠であった。
初めてゲバルゥードに乗り込んだ日、
「ちなみにこれ、
「……ンなこと、俺にゃ関係ないね」
「でしょうね」
ぶっきらぼうに言いながら、ゲバはミネルに会釈して宝玉を頂き、長らく隙間を空けていた首飾りの隙間に珠を通した。
「それにしても、帝国の兵器工廠は噂以上ですね。こんなに大規模な施設で武器だけを作っているとは」
感服を口にするタエルは、内心では首をかしげている。
ここクァズーレに於いて、一般的に兵器と呼ばれるものは
そもそも大規模な生産ラインを敷いて絶えず物品を供給する仕組みが希薄なため、際限なく同じものを生み出し続ける施設の存在はとりわけ異質なものと映るのだ。
「そう、武器だけを作っているのだ」
自ら先頭に立ち工廠を案内していたマンコが、タエルの言葉に口端を吊り上げた。意を得たりという不敵な笑みだ。
「
先に通った
「見よ!」
頭と腕のない巨人が立っていた。巨体を囲う足場には、幾人もの人間が
彼ら技術者が手にする道具は、
「まさか、これは――
「これが私たちの言う“武器”よ。人員も素材も現地調達、機械部分に使う“潤滑剤”までイチから開発しなくてはならないから、骨が折れるけど」
「……あのローションはこいつの為のものだったのか」
「む? あすこに積んであるのはドラゴンの鱗か」
「ええ。精製すれば動力源に利用できるわ。他にも
直方体で構成された質実剛健なボディラインは、装甲と
建造途中の肩口を見れば、金属配管にシリンダーといった工業的構造物と、
――人智を超えた
かつてそう呼び称えられた存在は、今や人の手により製造されようとしていた。
「……こんなものを作ってどうするおつもりですか?」
信じたくない現実を目の当たりにし、タエルは掘りの深い眼窩に陰を落として女帝に問う。
信仰者に対する回答は、
「……タエル、いま“
「左様である。
どこからか取り出したバスケットボール
「この惑星に目をつけたのは
「これが『
順に惑星儀の各部を示すミネル。最後に示したのは、北半球に位置する“名も無き大陸”。
「この『北の未開大陸』こそ、忌まわしき因縁の根元、我らが目指す先である」
誰かがゴクリと喉を鳴らした。
変わらず金属が打ち合う音や
「そこには“何”がある」
「――もっとも強力な
「
「この危機に立ち向かうべきはあくまでもクァズーレに住まう者たちだ。後の世に来る友好的な共存のため、
「要するに、君達がこの
「そのような一大事が、私達に……」
「できぬ、と申すか?できぬ
「タエル、腹を決めい。ルア様の信徒なのだろう? ワシお天下の横綱を目指す以上、東西南北の
「
「ルア様がそのように仰るのなら……! 不肖タエル、一命を賭して救星の任を負いましょう!」
「変わり身の早さ、天晴れである」
「
タメエモンとタエルが思い思いに気合を入れる中、ゲバだけは渋面を崩さぬままであった。
しばし能天気な男二人と目の前にそびえ立つ『造り掛けの巨人』を見比べてから、歴戦の
「……盛り上がってるとこ悪ィが、俺は今度こそ抜けさせてもらうぜ」
彼の一言に、これまで共に旅してきた男二人がぴたりと表情を固める。
口下手を自認するゲバは、この時ばかりはと自らが舌禍を招くことを恐れぬことにした。
「俺達オークも
これまで腐れ縁と称し折り合いをつけてきた道中を思い起こし、それらを清算するつもりで一息に言葉を吐き出す。
長年かけて身に染みついた“孤独な自分”に揺さぶりをかけてくる者達、変えられそうになる自分、どちらも恐ろしく感じた彼が選んだ道は“
“仲間たち”が彼を見る目は一様でなかったが、ひときわ純粋な困惑の視線を向ける少女がまっすぐに問うてきた。
「ゲバ、本当にそう思っていますか?あなたの情緒波形からは――」
「……黙れ。断り無く人の頭ン中覗くんじゃねェよ」
ルアの問いを一蹴すると、ゲバは踵を返し。
段々と離れ、小さくなっていく戦友の背中を、タメエモンとタエルは無言で見送るのみであった。
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