『ルマイナ・シング』～雄・雄・雄・ときどきロボット～

その４ 地属性最強の竜

　山の頂から、炎が噴き上がり、煌々としたマグマの鮮血が流れ出す。

　螺旋状にうねる禍気がシュミの山頂へ吸い込まれ、噴火したのだ。

「なんだか分からんが、とんでもねーことやってやがるな！　あの女（アマ）！」

　紫色に可視化するほど濃密な邪気を放つランダ。

　ゲバルゥードは手斧を全力で投擲するが、邪気の壁に阻まれて魔女ランダには届かない。

「精霊力（アウラ）ではない、なにか、もっと混沌としたものが大気に満ちています――これが、あの首飾りの力なのですか！？」

「我が虜囚の辱めも、無駄ではなかった！　邪竜王よ、この魔力（まりき）、納めたまえ！」

　山頂、爆ぜる。

　マグマと炎と邪気の柱、その中に巨大凶大な影が見えた。

「私が殖種帰化船団（サクセッサー）から奪い取った輝機神（ルマイナシング）！この螺旋の触媒！すべては我らが王のため！」　

　黒い闇に、炎の赤。瘴気立ち込める山頂、玉座なり。

　現れた。四肢持つ巨体だ。

　立ち上がった。二足（にそく）の巨体だ。

　焼鉄色をした多角形の甲殻が、背中を厚く覆っている。甲羅だ。

　甲羅から、機械的（メカニカル）な後脚と前脚、先端に蛇頭のついた尾、そして下顎に巨大な牙を二本具えた頭が生えている。

――巨大（おおき）な巨大（おおき）な、二本脚で立つ亀だった。

　半透明で硫黄色をした装甲（ウロコ）の内側には、どす黒い筋肉が脈打っている。

　機械（てつ）と魔者（にく）が混沌とした“その者”は、紫色に灯した両眼（アイ）で、この世界そのものを睨みつけた。

<<特異な反応を検出――加速分析（クロックアップ）――“目標”は、魔者（マーラ）と輝機神（ルマイナシング）が混合した個体です>>

「――あの、野郎ッ！」

　『敵』の手に落ちた輝機神（くぐつ）の姿に、キハヤの憎悪が燃え上がる。

　足下を見下し魔女ランダ、シュミ山の方角へ翼をはばたかせた。

「魔者（マーラ）の本領は進化だ。邪竜王は、天資（シング）力をも取り込み進化を果たしたのだ！」

　ランダの飛来に応じ、魔亀の手足が甲羅に引っ込む。

　四肢の代わりに青白い炎が噴射し、巨大な亀が空を飛ぶ。回転しながら空を飛ぶ！

　機械頭（メカヘッド）が装甲扉（ハッチ）を開放する。

　高速回転をしているにも関わらず、ランダは迷うことなく装甲の内側へと吸い込まれた。

「幻舞天魔（グランドマスター）・黒瑠魔羅王（くるまらおう）！　今こそ、この地を魔者（マーラ）の大地と為したまえ！」

　巨魔亀――黒瑠魔羅王（くるまらおう）の頭部に格納されたランダに、ヒダや吸盤をもった無数の触手がまとわりつく。

　黒瑠魔羅王（くるまらおう）の触手は、搭乗したランダの皮膚と粘膜を通じて機体と生体接続（コネクト）。

　魔女と魔王は、一心同体（ひとつになった）。

「羅召門（ゲート）、開放！」

　亀甲にひしめく六角形、それら一つ一つが蓋のように展開。

　甲長５０メートルの巨体から、無数の翼竜（ワイバーン）が飛び出してくる！飛び出してくる！

　黒瑠魔羅王（くるまらおう）は羅召門（ゲート）そのものなのだ！

<<あの機能（ちから）は、殖種帰化船団（サクセッサー）由来です。数百年前にロストした空間転移（ワープ）航宙母艦を鹵獲し、超生体融合を果たしたものと結論しました>>

「大きさは５メートルってとこか……数が厄介だな、数え切れねェ」

　夜空を雲霞の如く多い尽くす竜の群れ。

　見上げる男達に、哄笑と共にランダが言い放つ。

「輝機神（ルマイナシング）の強さは一騎当千と理解している。ならば、こちらは万の軍勢であたるまで！」

――その時、夜空に紅の疾風、一陣。

　数匹のワイバーンが翼をもがれ墜落。地表へ激突し爆死した。

「あら、そう。じゃあこちらも、数を増やして対抗するわ」

　刀身で黒煙くすぶる血糊を払い、月夜に紅の装甲が照り映える。

「――『飛空聖騎（ハイパラディン）ガルドミヌス』！　姫嬢ちゃんか！」

「ごきげんよう、皆さん。友好国ペラギクスとの盟約により――姫騎士ルツィノ、これよりあなた方に助力します！」

　モア王国の騎士団長、閃く剣の切っ先向けて、翼竜の群れに宣戦布告だ！

　ルツィノの凛とした声に続き、ワイバーンの群れが所々で爆発を起こす。

「私（うち）らのことを、一騎当千と言（ゆ）うたがかぇ？　舐めたらいかんぜよ！」

　拡声器越しに女丈夫の啖呵が響く。

　振り返れば遥か後方（むこう）に、それでもハッキリとそびえ立つ武者の姿が確認できる。

「何万やろうが一匹残らず撃ち落すき、覚悟しちょきや！」

　海神武者（オーシャンセイバー）スミノエライズの頭部艦橋（ブリッジ）で、スーサが不敵に微笑んだ。

<<ルツィノ様、スーサさん、敵性体排除――“露払い”をお願いします>>

「ええ。騎士団長の名にかけて、あなた方の背中は護ります！」

「その為に来たんやき！　女神さんにも、モアの姫騎士殿にも、恥ずかしい所は見せられんきに！」

＊

「ガルダセイバー！」

　両腕二刀を一刃となし、夜空を翔（と）ぶ聖騎士が次から次へと翼竜を斬り伏せる！

　紅甲冑、縦横無尽。

　慣性、自由落下、滑空、背中の大翼を巧みに使いこなし、最小限の消耗で戦場を飛び回る。

　操縦室（コクピット）で動作を同調（シンクロ）させているルツィノは、未だ汗一つかいていない。

「ガルダセイバー真空斬！」

　ガルドミヌスが更に速度を増して天を駆ける！

　音速に迫る機動力が、衝撃波を生む！

　鳳（おおとり）は巨大な刃と化し、無数のワイバーンを両断する！両断する！

「もう、これじゃ全然運動にならないわ」

　ルツィノは不服そうに口を尖らせ、一斉に爆発するワイバーンを見やった。

　鎧に覆われていない臍のあたりをさすって、つまんで、それからキッと正面を睨む。

「ほら、どんどん掛かってきなさい！　さっき、お腹いっぱい食べてきちゃったんだから！」

＊

　本能で鏃（やじり）の編隊を組んだワイバーンが、一斉に火球を吐き出す。

「敵魔、直上！」

　観測員の声が金管を伝ってくるや、スーサは舵輪を傾けた。

　スミノエライズが上体を捻り、左肩の佩楯でもってワイバーンの火球を受け止める。

　天資結晶（シングセル）の装甲板は無傷。補強の鉄骨が僅かに焦げたのみだ。

「仰角最大、対空砲撃！　続けてアンカーハンマー発射ぜよ！」

　両肩の佩楯がめくれ上がり、巨砲六門が連続して雷炎（プラズマ）を放つ！

　夜空が明るむほどの爆光が炸裂する中へ、鎖つきの錨が突っ込んでいく！

　高さ１００メートルを誇る巨大武者は、頭上で錨を振り回しながら前進！

　一歩進む度に大地が揺れ、空ではワイバーンが爆ぜ、前進。武者、前進。敵陣只中へと、前進！

「抜刀伐魔準備よし（ヨーソロー）！」

　大太刀、正眼から――上段の構え（ふりかぶり）。

　海神（わだつみ）は、踏み込みと共に縦一閃！

　巨艦武者の“打ち込み”は、陸海空を真っ直ぐ切り裂いた！

　太刀筋の延長線上にあるものは、樹海も山も、海原も、雲に隠れる翼竜も、一切合切まとめて粉砕！

「全乗員に告ぐ――我らが世界の興廃（よあけ）、この一戦にあり！　各員、一層奮励努力ぜよ！」

＊

「隕蹟着装（アームドメテオ）ッ！　先にいく！」

　虹色の光を浴びたキハヤトゥーマの両手に、漆黒の二挺自動拳銃（オートマチックガン）が出現。

　黒鬼跳躍！

　ワイバーンを空中で踏みつけて、二段跳躍！

　前方に回転しながら宙に躍り出たキハヤトゥーマ、十の眼（まなこ）からレーザーを照射した。

「ロックオンだぜ！」

　十の視線（レーザー）が十の敵を捉えると、同期したトリガーが引かれ連続発砲（マルチファイア）！

　天資（シング）による自動照準（オートマチック）の銃弾は、空飛ぶ魔者（マーラ）をすべてヘッドショットだ！

　翼竜を足場代わりに飛び移り、鬼は空中で銃弾の舞いを披露する！

＊

「さて、ひとつ『花道』を作らんとな」

　際限なくワイバーンを召喚する黒瑠魔羅王（くるまらおう）は、流れるマグマの川に囲まれ、ちょうどほぼ円形になった荒地に立っている。

　行く手を遮るのは魔者（マーラ）の群れ。邪竜の僕、ドラゴン軍団である。

「任せてください、タメエモン。ルア様、今こそお美光力（ちから）を！」

<<了解。機神構築（ビルドアップ）『ラズギフト』。星光力（エネルギー）急速充填（チャージ）シークエンス――『赫力雷電（かくりきらいでん）』実行！>>

　ゲバルゥードが分解し、ラズギフトへ。

　四輪輝機神の完成に合わせて、虚空より四柱の稲妻が降り注ぎ巨体に光の力を充たす。

<<充填率１５０％。全武装、同時運用が可能>>

「では二人とも、手伝って下さい！　我らが女神の、御心のままに――“一斉射撃”です！！」

　腕部、胸部、腰部、肩部。

　ラズギフトの全身に搭載された『火力』が解き放たれた。

　機体から放射状に拡がるビーム！ビーム！ミサイル！ビーム！

　そして、はるか前方に陣取った敵の総大将を直接狙った――ビーム！！

　光撃の命中と同時に、ドラゴンどもの体組織が爆発。

　巻き上がった煙が幾重ものカーテンとなり、視界を遮った。

「何も見えねェ！」

「やり過ぎたか！？」

「構いません！」

<<――吶喊、強襲開始（つっこみましょう）！>>

　猛る四輪、唸りをあげて。

　男三人女神一柱を抱く輝ける機械の巨神（ルマイ・シング）は、地に立ち込める黒雲の中へ――邪竜の王待つ土俵へと、発気揚々（はっきようよう）、いま入る！