その3 キンじられたチカラ

 樹海。高層ビルもかくやという樹木たちから伸びた枝は、網目のように生い茂って根元に影を落とす。

 巨木へ絡み付くツタ、垂れ下がるツタ。それらが不意に揺れる、揺れる。


 一振りの太い枝が急にしなって、戻った。次に、少し離れた枝がしなって戻り。更に、もっと先が。


――何者かが樹海を泳いでいた。


 枝から枝へと飛び移り、時にはツタにぶら下がり、は木々をく駆け抜けてゆく。


 その、銀色の背シルバーバック。後姿は、人間ヒトていた。



 北の大陸ゲ・ムーの中心には、頂き雲衝く山がそびえる。大陸の何処に居ても見ることが出来るほど大きな山である。

 “現地人”ラムダは、その山を『魔王山シュミ』と呼んだ。


 タメエモンたち一行は、彼女に導かれシュミ山麓の大樹海に到る。


に合わせるなら、此処はさしずめ『竜の隠れ里』といったところだ」


 前後を惑わす木々をくぐり抜けた先に広がっていたのは、大木をくり抜いた家が並ぶ集落であった。

 頭上の木の枝には蔓で編まれたカゴが点々と吊るされており、中に発光する昆虫を閉じ込めて照明にしてある。


 が暮らす村や街とは明らかに異なるものの、確かに何らかの文化、生息でなく生活と呼べるものが見て取れた。

 ラムダの帰還に気付いたか、大木の家からいくつか顔を出す者があり。


「あれは……竜人リザードマン!?」


 彼らの顔、爬虫類トカゲそのものの頭部を見て、タエルは咄嗟にルアを背にかばう。


 褐色の僧侶がこめかみに血管を浮かせて睨みつけると、竜人はすぐに顔を引っ込めた。

 それでも傍にラムダが居ることが気になるようで、おずおずとタエル達を覗き見ている。


「タエル、ここの竜人たちは、先ほどの一群とは行動原理が異なるようです」


 僧侶の背から顔を覗かして集落を見るルアは、ちょうど先ほどの竜人と同じ仕草になっている。

 男達が少女の言葉に合点したところでラムダも頷き、身を隠す竜人たちに呼びかけた。


「恐れずとも良い。この者達は“客人”だ。一通りのもてなしをしろ」


「巫女さま」

「巫女さま」

「巫女さま」


 再び姿を現した竜人たちが、ラムダを呼ぶ。


 応えてラムダ、これまで身を覆い隠していたフードつきのローブを脱ぎ捨てた。


 しなやかかつ筋肉質な肉体美ボディラインが露わになる。

 体にぴったりと張り付いたボディスーツは、灰色と砂色に紫色の隠れた不思議な鱗の光沢縞模様マジョーラ


 銀色に輝く髪の下から、二本の角が伸びている。


 彼女は、竜人であった。



 集落の中心にある巨大な切り株の上に、一行は車座になり。

 円卓の上に座した賓客たちの前に、竜人は大きな葉に盛った肉の塊を運んできた。


「昼にキハヤが仕留めたティラノだ」


 厚い葉の上で湯気を立てる肉を指して、ラムダが主食兼主菜メインディッシュの解説をする。

 タメエモンとタエルがジッと覗きこむ中、キハヤは無造作に肉を千切り、口へ運んだ。


「味がない」


 淡々と感想を言うキハヤを、隣のルアが二度見。


 自分の指についた脂を舐め取るキハヤに、ラムダも淡々とした様子で説明を始めた。


「死体から食えそうな部分を切り取っただけだからな」

「切り取っただけ?この肉、蒸し焼きにされているように見えますが」

「ドラゴンの体組織特性から推測。血液の発熱作用により、加熱調理が同時に行われているようです」


 ラムダの説明にルアとタエルが付き合う後ろで、タメエモンは持参の塩を肉に振り、キハヤはそちらに注目していた。


「ここの竜人リザードマンたちは、こうして暮らしているのですね」

「ああ。の生活をこいつらなりに模倣して生活を営んでいる」

「巫女さま、と呼ばれていたのう。お前が、あいつらのおさをやっているのか」

「そうだ。魔王山シュミの『羅召門ゲート』を祀る巫女として、指導者のまね事もしている」


 竜の骨で用立てた即席の楊枝で肉をつつくのを止め、女神ルアが息を呑む。


「――『羅召門ゲート』――それは」


魔者マーラが遥か異世界かなたより来る門だ。人間ヒト呼んで、諸悪の根源、と言ったところか」


 ラムダが、皮肉混じりの視線を女神ルアに向ける。

 黙ったままの少女を見て小さく鼻を鳴らしてから、竜人の巫女は自らの祀る存在について語り始めた。


「ガルダやアオイタツに生息する魔者マーラは、この地の生き物と混血した連中の末裔だ。だが、我々ドラゴン族は違う。純血の魔者マーラだ。それゆえに力は強く、それゆえに……この地で殖えることが難しい」

「子供を作れんということか?モアのドド山に居たドラゴンは卵を産んでいたぞ」

「卵を産むことはできよう。だが、生まれたばかりのドラゴンは、この地の環境では育つ前に死んでしまう。ドラゴンは皆、我らの異世界ふるさとと繋がる羅召門ゲートを通ってやってくるのだ」

「あのシュミという山は、文字通りの魔窟ということですか」

「……かつてのシュミには多数の羅召門ゲートがあった。だが、に戻ってこれば、今やただ一つを除いて門は閉じてしまっている。大方、“潰され”たんだろうよ」


 そこまで言って、ラムダは人界から持ち帰った杯を手に取り。注がれた花の蜜を一息に呷った。

 腕組みをして彼女の話を聞いていたタメエモンが、小さな眼を開いて問う。 


「どうしてワシらをもてなし、わざわざそんな事を話して聞かせた」

「どうして、か。どうしてだろうな? まあ……借りを返したのだと思え」


 フと笑みを浮かべたかと思えば、すぐに褐色の頬を能面のように凍りつかせ。

 ラムダの紫の瞳が、薄闇の中ぼんやりとした光を帯びる。


羅召門ゲートから魔者マーラはやってくる。だが、ゲ・ムーから出てゆく者はわずかだ。人間たちよ。互いに不干渉とはいくまいか?」


「それは――」


 “できません”。


 ルアは、ただその一言を口にすることができなかった。


 かつての“人工知能じぶん”であれば事もなく言ってのけたであろう。この場に大日天鎧ソルアルマをも電送してみせたであろう。


「――一晩だけ、考えさせてください。ラムダさん」


 自身がより一層、人間らしくなったがゆえの逡巡であった。

 コンピュータにあるまじき曖昧な返答を出力した。それなのに、ルアはどこか満ち足りている。


 今や、ルアは自身の思考回路に芽生えたある種の“不自由さ”を、愛おしんでいるのであった。



 夜。力士は、ツタの繊維を編んで拵えたゴザのような寝具から体を起こした。

 隣で眠るタエルらを起こさぬよう、扉もない樹木の小屋を忍び出る。


 小便である。


 だが文化風習がまったく異なる竜人の住処において、いったいどこが用を足す場所なのか。

 皆目見当つかぬながらも、タメエモンはひとまず問題にならなさそうな場所を求めることにした。


 適当な茂みを搔き分けて――目の前の光景に、タメエモンの眠気は一気に吹き飛んだ。


「人間が、繋がれているだと!?」


 草木を刈り設けられた一区画に、数人の女が横たえられている。


 いずれも衣服を身につけておらず、首と木の幹を革のベルトで繋がれていた。

 女達の瞳にはもはや正気も生気もなく、虚ろな眼差しはタメエモンに気付けど注視することなく。


 そして藁を敷いた彼女らの“寝床”に、ソフトボール大の卵を10個ほど見たことで、タメエモンは女と卵と“竜人ども”との繋がりを察した。


「見たな」


 突然、背後から冷酷な声。


「なんだこれは」


 振り返ったタメエモンは、夜闇に溶け込むラムダに問うた。


「――“借り”はもう、返した。ここからは“狩り”の時間だ」

「ラムダ、お前は……!」

「ラムダではない! 私は『ランダ』! 邪竜王の巫女ランダだ!!」


 褐色の美貌が裂けんばかりに口端を吊り上げ、舌を出す。

 全身を覆っていたボディスーツが胸と腰を守る竜鱗の鎧へと変じ、露出した背中からはコウモリのそれに似た翼が伸びる。


 木々の天蓋を抜けて頭上へ飛び去るラムダを見て、タメエモンは仲間たちのもとへと駆け出した。



「みんな大丈夫か!?」


「いいえ!」


「うむ! そうだな、大丈夫ではないな!」


 タエルたちは、弓矢を構える竜人たちに取り囲まれていた。

 集落に棲む者達がほぼ全員、集まってきている。数にして50にもなる包囲網だ。


「おかしな 動きをしたら ころす!」


 指揮役と思しき竜人が、たどたどしい言葉をタメエモンに投げつける。


「何もしなくたって、殺すつもりだろ……!」

「キハヤ、冷静になりなさい。この数、この距離では、私達が輝機神ルマイナシングを出すより早く矢が飛んでくるでしょう」


<<大日天鎧ソルアルマの電送から電磁障壁バリア展開までの予測所要時間は約5秒です>>


 敵に実情を気取られぬよう、ルアが念話テレパスで告げる。


――どうやって5秒“も”稼ぐ?


 考えあぐねる男達。


 彼らの喉奥から漏れる唸り声と、弓を引き絞る音が夜の樹海に吸い込まれ。


――突如、木々が作る暗闇の向こうから、巨大な何かが飛来した。


 全高20メートルの飛来者は、着地によって地面を揺るがす。

 ちょうどタメエモンから見て対面になる竜人包囲網が、衝撃で吹き飛んだ。


 言語にならぬ叫び声をあげてうろたえる竜人たち。

 彼らが体勢を整えるまでの僅かな隙に、ルアは大日天鎧ソルアルマ――移動神殿バリアフォートの電送シークエンスを完了した。


「ギャアーッ!」


 数人の竜人が、木々をなぎ倒して降ってきた神殿の下敷きになる。


「ギャアーッ!」


 更にその周囲に居た者達も、電磁障壁バリアに全身を焼かれた。


 ルアを抱きかかえたタエルに続き、タメエモンとキハヤも移動神殿に身を寄せる。

 それからようやく、乱入者の姿を仰ぎ見た。


「見たことない輝機神ルマイナシングだ」

「うん?いや、ワシはどこかで見たような気がするぞ」


 キハヤとタメエモンが見上げる巨体は、彼らをかばうようにして、残った竜人たちに向かい合っている。

 大きな背中は、塗装を施していないむき出しの金属装甲シルバーバック


「ルア様、なにかお判りになりますか?」


 敵と味方が見守る中、謎の輝機神ルマイナシングは悠然と前へ一歩踏み出す。

 脚よりも長い腕の先、拳を地面に着けたナックル・ウォークである。


 頂きの盛り上がった頭部、顔面は武骨な金属板を組み合わせて人間に似た顔を象っている。

 眼窩にあたる部分は一文字のスリットになっているが、竜人たちは頭上の眼溝から威圧的な視線を感じた。


未確認機体アンノウンの反応を既存データと照合……あれは」


 一瞬でデータ検索を完了したルアが何か言う前に、前傾姿勢の巨体が立ち上がる。


 上体を起こし二足直立となるや、自身の胸部装甲へ両の拳を打ちつけ始めた!


「ゴリラ型です」


「ゴリラ」

「ゴリラ?」

「ゴリラ!」


 異世界クァズーレにも類人猿は居る。我々の知るゴリラとほぼ同様の生物が存在する。

 いま一行を窮地から救ったのは、巨大な機械メカゴリラであった!


 メカゴリラ、ドラミングからの巨腕アタック!


「ギャアーッ!」


 打ち下ろされた右のゴリラチョップで5人の竜人が圧死!

 続いて左のゴリラフックで10人以上をなぎ払い!


 ゴリラパワーの前には、竜人リザードマンが集まったところで無意味だ。

 応戦の弓矢や投槍はすべて分厚い胸装甲に弾き返され、反撃のゴリラ攻撃アタックにより竜人集団は呆気なく全滅した。


 ゴリラが振り返り、タメエモンたちを見下ろす。

 無機質な頭部から響いてきたのは、聞き慣れたダミ声であった。


「相変わらず危なっかしいな、お前らは」


「ゲバか!?」

「――データ照合完了。あれはペラギクスで建造中の量産試作型『クスコX』です」

「完成していたんですか。しかし、なぜその輝機神ルマイナシングにゲバが乗っているんですか?」

「ゲバよ、やはりお前さんも付き合うことにしたのか!」


 突貫工事で設置された頭部コクピットの中。

 窮屈そうに背中を丸めて座る大男は、自分の名を呼ぶ力士と僧侶をモニタ越しに見下ろしている。


「……ったく、いっぺんにまくしたてるんじゃねェよ」


 ぼそりと呟いて、蓑のような白髪に手を突っ込み頭を掻く。

 牙が覗く口元は、よく見れば微笑んでいた。


「……モアにでも戻ろうかって時に、スーサと会った。そこで余計なことを聞いちまったのさ。我ながら、いつも間が悪いんだよな、俺ァよ」

「何を聞いてきたんだ」

「クルール島の奴隷商人ども、皆殺しにされていたらしい。手筈にあった奴隷達の反乱を待たずにな。やったのは“あの女”だ……とんでもないだったらしいぜ。人間業じゃあなかったってよ。そいつが向かった先が、北の大陸。そこまで聞いちまったら、もうじゃねーか。得物エモノを借りに女皇帝と学者先生に頭下げたら“お前の意志を連中に示すことが条件だ”なんて言われたよ」


 本来の口調よりもやや早口で話すゲバは、息継ぎをひとつしてから「ヘッ」と自身を鼻で笑い。


「一回しか言わねェからな……同じ釜の飯を食った連中が、俺の知らねえ所でくたばる――そんなのは、後味悪くて仕方ねェ。そんなのは、二度とゴメンだ」


 言い終えて、ゲバは自分の頬と耳が火照るのを感じた。

 モニタ越しにの顔を見れば、いっそう顔が熱くなり。

 操縦席の中で、やり場のない気恥ずかしさに悶えるゲバ。


 そこへ、頭上から冷酷な声が浴びせられた。


「八百長の次は伏兵か。小賢しいオークだ」


 蝙蝠に似た翼を夜空に拡げ、月光を背にしたランダが宙に佇んでいた。


「出やがったな……こういうのはな、恩を仇で返すって言うんだぜ、トカゲ女」


 出会いがしらに放ったオークの一言に、冷徹に凍るランダの美貌が憎悪と怒りに歪んだ。


「恩。知っているさ。私はその言葉を何度も聞かされながら、痛めつけられ、嬲られ続けたのだからな!」


 紫色の瞳がギラリと光る。そして、大地が爆ぜた。


 巨木を根元から押しのけて突き出す三本の角、三本の角、三本の角。


 角の主、四脚で地を踏む巨竜が地中より這い出してきた。

 シロサイのような灰白色の、巨体。高層ビル並みの樹木に勝るとも劣らぬ体躯である。 

 先に突き出た角はすべてこの竜のものだ。


 巨竜の体からは、三つの首が生えていた。


「ゆけ、トリケルベロトプス」


 尾を除いても輝機神ルマイナシングの倍を誇る巨竜が咆哮。

 樹海が戦慄した。震える空気に、木の葉が一斉に揺れ、騒々しくざわめく。


「……体勢立て直せ、お前ら。この試作機デクノボーだけじゃあ、さすがに無理がある」


大日天鎧ソルアルマを電送と同時に機神構築ビルドアップシークエンスをかけます! 戦闘中枢体コンバットナビゲーター、スタンバイしてください!」


 女神ルアの指令コマンドを受け、夜空に光の環が出現。

 放射された虹色の光柱が白い神殿をび寄せた。


 各機関ブロック、分解。

 四輪車輌型の下半身に光撃ビーム砲満載の上半身を載せた、三色走破砲兵トリコロールガンナーへと姿を変える!


<<『ラズギフト』、全兵装有効ドライブ。タエル、トリガーを渡します>>


「御意!先手をとります!」


 ラズギフトと同期シンクロしたタエルの視界に、三つの照準サイトが表示される。

 各照準が前方の三つ首を同時に捉え、射撃トリガー


 両腕の光子ミサイルランチャーと二連装ビームキャノンから、曲と直の光撃が伸びてゆく!伸びてゆく!

三つ首巨竜へと、伸びてゆく!


 着弾の直前、トリケルベロトプスが三つの首をもたげて吼える。

 すると巨竜の全身を青白い光の壁が取り囲み、頭部を狙った光線を残らず掻き消し跳ね返してしまった!


<<敵性魔者マーラ電磁障壁バリアーを展開!>>


 次いで、完全防御を達成したトリケルベロトプスの『三つある三つの角』が発光。

 バチバチと何かが弾けるような音と共に、三条の稲妻が迸った!


 ルアの制御によりラズギフト腰部のビームバズーカが弾幕を展開。

 機体前方で炸裂した光のカーテンで、竜の雷撃を相殺する。


<<敵方障壁バリアを突破する為の出力が不足しています>>

「右肩の巨大砲でかいやつを使ったらどうだ」

<<ギガ・カノンを使用した場合、一時的に掻き消すことは可能ですが、障壁を再展開される可能性80%以上と推測します>>

「このままでは息切れは免れませんね……!」


 思案の最中にも雷撃は飛来。

 樹海の木々は機体と同等の高さがあるため、身動きのとれないラズギフトは足を止めての弾幕展開で防御する。


 反撃にビーム砲と光榴弾を発射するが、やはり障壁に阻まれた。


隕蹟着装アームドメテオッ!」


 光撃戦を展開するラズギフトの後方でキハヤトゥーマ顕現。

 樹木の頂点から頂点へ跳ねながら、トリケルベロトプスへ接近!


「あの野郎と並ぶのは複雑な気分だがな……!」


 その下では、ゲバの駆るクスコXがドラミングで胸部動力機関エンジンを活性化させる。

 巨大な木々の枝から枝へと飛び移り、キハヤトゥーマの後を追う。


 トリケルベロトプスの三つ首は、正面で撃ち合うラズギフトだけでなく、上下から迫る黒鬼と銀機猿をも補足し稲妻を放つ。


「飛び道具で互角、なら殴り合いならどうだ!?」


 雷撃かいくぐり、巨竜の横腹に肉迫したクスコX。キハヤトゥーマも頭上へ飛び込む。

 ゴリラパンチと空中連続蹴りの上下同時攻撃だ!


――だが巨人たちの攻撃は三つ首竜に届かない。


 パンチはバリアに弾かれた。キックは対空雷撃に阻まれた。


 側面にはり付いたクスコXに対し、トリケルベロトプスは棘のついた尾を振るう。

 跳躍して辛くも尾撃を回避したゲバは、距離をとって一時後退。


 下がったのクスコXの隣に、キハヤトゥーマも叩き落されてきた。


「ち、ゲンコツまで弾きやがるか!」

「なあ、あの光の壁、頭の上には隙があるぞ」

「上、か……厄介だな。ただ飛び込んでも撃ち落とされる。空でも飛べりゃ話は違うが」

「こういう時は気合でどうにかするんだろ?タメエモンが言ってた」

「……気合それしか無ェならな」


 操縦器コントローラを握るゲバの掌に汗が滲む。

 空中での姿勢制御と雷撃回避、更には攻撃動作。クスコXは、あらゆる挙動を手動操作マニュアルで行う必要があった。


 気合だけではどうにもならない技術的な問題。それが、ゲバの抱く唯一の不安である。


「……無理でも無茶でも、やるしかないか」

<<――ゲバ。機体の動作は私に任せてください。遠隔制御リモートをかけます。あなたが戦闘に専念できれば、成功率は上がります>>


 腹を括ろうとしたとき、ルアの念話こえが脳裏に響いた。


「……遠くからでも輝機神ルマイナシングを操れるのか。なるほど、女神様とは上手く言ったモンだ」


 コクピットで背中を丸めたまま、ゲバはほくそ笑んだ。

 数多の戦場を駆け抜けてきたオークの勇者ヒーローは、勝利の道筋を見たのだ。


「……おい、そっちの“燃料”はどんだけ残ってる」

<<残存星光力エネルギー7%。ラズギフトの兵装運用は不可能です>>

「……それだけ残ってんなら充分だ――ルア。俺の考えてること、


 ゲバからの伝心承認テレパシーを読み取り、女神の声が“喜び”に弾む。


<<――はいっ! 戦闘中枢体コンバットナビゲーター、交代――機構陣ビルドログ『ゲバルゥード』展開!>>


 クスコXの顔面装甲が開放され、中から飛び出すオークの巨体。

 既に構築分解ビルドアウトを開始していた大日天鎧ソルアルマ中枢機関コアブロックにゲバを格納!


 三人目の怪力男を胎蔵し、新緑の逆脚戦士ゲバルゥードが敵地ゲ・ムーに降り立った!


「……同時にブッ込むぞ。出来ンだろ? オーガの坊や!」

「上等だ。アンタこそ遅れんなよ、オークのおっさん!」


 ジャンプする巨人は三体!


 ゲバルゥード、キハヤトゥーマ、そしてルアが遠隔操作するクスコXだ。


 跳躍の軌道は全く異なる三方向。

 三つ首竜の迎撃は完全に三手に分割された。


 クスコXは囮役、稲妻を全身に受けて空中で爆発!

 ゲバルゥードは手にした斧を高速回転させ、雷撃を防いだ!


 キハヤトゥーマは――正面からぶつかった!

 命中はしている、当然ダメージはある! それでも怯まず、飛び蹴り続行!


 黒蹴鬼の全体重と執念を乗せた流星キックが、三つ首竜の右頭部に着弾!

 電撃放出を司るツノを三本まとめてへし折った!


 更に着地と同時に大地を蹴って、逆立ち体勢からの浴びせ蹴り!

 弧を描くカカトが中央頭のツノも刈り取り完了!


 キハヤトゥーマ怒涛の二連撃。その横では、ゲバルゥードも左頭をカチ割っていた。


「折ったツノの数なら、俺の勝ちだな」


 角竜の額から斧の刃を引き抜くゲバルゥードに、キハヤが得意気に声をかける。

 ゲバは「あン?」と一声の後、右腕のクローで手斧の柄を握り直し。


「……いや、俺の勝ちだ」


 勝利宣言と共に、ゲバルゥードの上半身がコマのように高速回転。

 緑色の竜巻の中から、同じく猛烈なスピンのかかった手斧が投げ放たれた!


 今や二つ首竜となったトリケルベロトプス。

 ツノを折られたばかりの右頭と中央頭に、力任せ高速回転断頭台トーマホークギロチンが飛来!


 斧は中央の頭を胴体から切り飛ばし、そのまま右側の頭に食い込んだ。

 八割方まで達した斧の刃と巨竜の頭蓋との境目から、発火性の血液と脳漿がブスブスと燻り始める。


「ちぇっ」


 キハヤは絶命し大地に伏す首なし竜の巨体を見下ろして、残念そうに舌打ちした。



 使い魔を屠られたランダだが、慌てる素振りもなし。


「合格だ」


 むしろ空の上から余裕たっぷりに言い放ち、たなごころに隠していた煌めくものを取り出して見せる。


<<あれは、アサヒさんのペンダント!?>>


「む? ルア様、返してもらったろう?」

「――贋物、ですか」


 ランダが全身から禍々しい気を放つ。

 ありとあるもの皆悉くを侵し冒す邪気が、竜身の魔女に漲っている。


「この“手土産”持参でわざわざ会いに来たのだろう? 喜べ、魔者われらが邪竜王に謁見させてやろう!」

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