その6 手打ち

 小国といえどタンニの街道は広々と作ってある。


 戦を旨とする騎士国家は城下の設計も輝機神ルマイナシングクラスの兵器運用を前提としており云々、といった実用的な側面も無くはないが。

 やはりそこは豪放磊落を美徳とする彼らの気風に拠るところが大きかった。


 ともあれ、この必要以上に広々とした道のお陰で、レジスタの森から帰還したラズギフトは城下の建造物にさしたる損害を与えずに、イッテンゴ王邸に機体を横付けすることができるのだ。

 ラズギフトを馬車代わりに乗り付けたタメエモンは、帰りの挨拶もそこそこにイッテンゴ王の執務室へ赴いた。


「親方!こいつを洞窟で見つけた!ゴムワの王邸じむしょまで、この足で行ってきますわ!」


 洞窟で回収したゴムワ騎士の代紋もんしょう入り金バッジを見せながら、力士はいきり立ってみせる。

 マタンドラゴラの残滓が未だ影響を及ぼしているのか。


 言うだけ言って性急に執務室を後にしようとするタメエモンを、イッテンゴは引き止めた。


「おう、待て。まずは落ち着けや」

「悪いが親方、悠長にはしてられん。昨日の今日でも遅すぎる。鼻を明かすには今が“機”だ」


「だからよ、落ち着けや……俺も行くって言ってんだ」


 着流しの帯に二尺三寸の合口を差して、タンニの騎士王はおもむろに立ち上がった。



 ゴムワ国の王邸は、ただいま引き起こされた二つの事件により騒然としている。


 ひとつは軌道に乗っていた大きな国営事業シノギであるマタンドラゴラ製剤の栽培所が壊滅したからだ。

 もう一つは、得体の知れない巨漢とオークの二人組が王邸に乗り込んできているからだ。


「邪魔しますぞ、ゴムワ王!」


 重厚な木造の扉が蹴り破られ、巨漢力士タメエモンの声が部屋中に反響する。


「わ、若王わか……申し訳……こいつら、ムチャクチャだ……!」

「道案内ご苦労ゴクロー……もう用は無ェから帰って寝てろ」


 全身に刺青の入ったオーク戦士ゲバが、首根っこを掴んでいた警備騎士を後ろへ放り投げる。

 扉の向こうには、這いつくばって呻く軽装鎧の男達ものども十数名。皆、ゴムワの若き王を守るべく集められた腕利きの騎士衆であった。


「なんの騒ぎですか、イッテンゴさん」


 家臣の惨状にまるで関心なしとばかりに鉄面皮を決め込んだゴムワの若王。

 タメエモンとゲバを伴って乗り込んできたタンニ王イッテンゴとは二回りも歳が離れているが、若王は豪奢な玉座に据わったまま応対する。


 敬意の欠片もない態度である。

 タメエモンは眉間に皺よせ、手にした金バッジを床に叩きつけた。


「ようもタンニの領土シマ内で好き勝手やってくれたのお!」

「タメエモン」


 逸る力士を静かなる声ひとつで収め、老いも見え始めた男が前へ出る。

 イッテンゴは自分の子供ほどの若者に、つとめて礼をかかさぬ物腰を保つ。


「おたくの騎士殿の“遺品”、返しときます。ゴムワ王、教えて下さい。どうしてこんな代紋モンがタンニで見つかるんでしょう?」

「イッテンゴさん。そりゃあウチも同じだ。さっきのドンパチ、納得のいく説明をしていただきましょうか」

「……そっちが蒔いた魔者タネを始末してやったんだろうが。まだしらばっくれるのかよ」


 できるだけ無駄口は叩かずにおこう、と自身に言い聞かせていたゲバが口を挟む。

 長幼の序を欠く若者の言動が、彼の苦い記憶の古傷を逆撫でしていた為だった。


「亜人は黙ってろ。私はね、イッテンゴ王に訊いてるんだ。こいつは領土問題ですよ。騎士スジ道を通さなくては事業ビジネスは成り立たない。国境で輝機神ルマイナシングを暴れさす――ひとつ間違えれば抗争せんそうです」


 タンニ王とゴムワ王。二王の視線が真正面からぶつかり火花を散らしている。


「……今年は穀物が不作ですなァ。タンニ国年貢とるのも厳しいでしょうに」


 玉座に深く腰掛けた若王の鉄面皮、その瞳には驕りの色が滲む。


騎士スジ道……か。たしかに、その通りだ――ああ、そうだな。先代ゴムワ王あにきにスジ通さにゃ、ならんか」


 自分自身に言い聞かせるように呟いたイッテンゴ王が次に放った眼光に、驕慢なる若王の鉄面皮が揺らいだ。


「ええ加減にせえよ、


 静かだがドスの効いた声色。有無を言わさぬ圧力が、上背も縮み始めた壮年のイッテンゴから発せられる。


民衆カタギを喰いモンにして手前テメエが肥え太るんが騎士にんきょう道か!?おぉ!?」


 イッテンゴの背後に稲妻が迸り、憤怒の火炎が噴出したかのようだ。否、紫電をまとった炎の柱が迸っていた!


 閃光が轟音と共にイッテンゴとゴムワ若王の頭上を駆け抜けて。

 王邸はキレイさっぱり、上半分だけ削り取られるようにして消滅!


 自身の居城と共に鉄面皮も吹き飛ばされた若王が、驚愕に目を剥いて抜けるような青空を仰ぎ見る。


 そのまま視線を泳がせると、腕の砲身に陽炎をゆらめかすラズギフトの姿があった。


「今のは威嚇射撃です」


 一つ目の照準単眼スコープアイを輝かせたラズギフトから、残響音曳きタエルの一言。 


「先代の代わりに、“雷”落とさせてもらいました。ゴムワ王、これで手打ちだ。これからはお互い仁義通してやっていきましょうや」


 目と口を開けたままガクガクと首を上下させるゴムワ王。

 最後まで立ち上がることのなかった玉座の座面は、人知れずじわりと濡れていた。



「お前ら、よくやってくれた」

「あの、よくもやってくれたな、では無い……ですよね?」

「言葉の通りだよ。特に僧侶ぼうさん――タエル殿にはずいぶん骨を折らせたな」

「いえ、それを言うなら彼女が一番の功労者でしょう」

「なるほど。それなら、褒美はファナが一等か」


 イッテンゴが、ファナとプララに目を向ける。

 ファナはあたふたして口を動かすが、声は出ない。返答を焦るあまり、謙遜の言葉が思いつかなかった。


「今回の報酬は、冒険者ギルドの相場で支払おう。取り分はお前らで決めな。それと、もう一つ。これが俺からの褒美だ」


 執務室の引き出しから取り出した『紙束』をファナに受け取らせる。

 そこに記された内容を見たファナは軽く息を呑み、後ろから覗き込んでいたタエルは「ふむ」と神妙に頷いた。


「――父親の消息が掴めた。そいつは報告書だ。飛んだ先でも博打をやって、今度こそとっ捕まって奴隷商船行きだそうだ」


 プララが、ファナを不安そうに見上げる。彼女の表情はこわばっていた。


 父に対する複雑な思いと、迷いがあろう。

 少女の胸に渦巻く矛盾の中には、“救うか見捨てるか”といった根本の自問もあるはずだ。


「敢えて付け加えるぞ、ファナ。奴隷商船の行き先は商業国家都市『プシタ』だ。あそこにゃシヤモの仁義は通用しない。欲と得だけが全ての場所だ。生半可な奴はにされるぞ」


 身の安全を諭す警告か、覚悟を促す忠告か。イッテンゴ王は少女ファナに答えを与えない。


「親方。ファナの親父さんは、ワシらが連れ戻して来よう」

「タメエモン、さん?」

「どちらに転んでも誰かが犠牲になるのでは、あまりにこの子が不憫じゃないか。ワシらが行けば、親父さんが生きてさえいればどうにかなる」

「お前がそこまで首突っ込む事ァ無えんだぞ?」

「このの咲かせる花は美しいんだ、親方。あんなキレイな花壇に、影を落としちゃならん」

「――許しを出すのは俺じゃねえ。ファナに訊きな」

「そうだな。どうだ、ファナ。ワシらにひとつ任せてはもらえんか」


「…………お願い、します。どうか父を、連れ戻してください」


 薄桃色の唇を堅くした思議の末、ファナは腰を折り深々と頭を下げた。

 その隣では、同じくプララも一生懸命に頭を下げている。


「ワシら、って事は私達も数に入れられているようですね。私は構いませんけど。タメエモンの意見には概ね同意してますからね」


 うなずくタエルの他に、タメエモンが“勘定”に入れているのはあと一人だ。


 一同はゲバに注目し、彼の返答を待つ。


「……あのなあ、そうやって断りにくい雰囲気作るのは結構だがよ。命かかってる事なんだからそう気軽には」


 引き受けられない、と言いかけたゲバが慌てて口を噤む。

 気付いてしまったのだ。足元でこちらを見上げてくるエルフ幼女の、涙混じりの瞳に。


 いつぞやの姫騎士との一件もあり、泣き落とし程度では怯まないと心積もりしていたゲバである。

 心積もりしている時点でこのオーク、実は女の子の涙に非常に弱いのだが、そこは当人の自覚するところではない。


「……エルフに頼まれちゃ、断れるわけ無ェじゃねーか」


 収まりの良い言い訳で自分を騙し、またも貧乏くじに手を伸ばすゲバであった。


「話はまとまったな。ファナ、父親さえ戻って来たなら借金の返済は本人テメエにやらせる。そうすりゃ、こっちはお前の稼ぎをハネることはしなくて良くなる」

「は、はい!私も、もしお父さんが無事帰ってきたら心を入れ替えて頑張るように支えるつもりです!」


 力強く応える少女を見て、タメエモンが腹帯をばん、と叩いて応答を返す。


「必ず連れて帰る。大船に乗ったつもりでいてくれい!」

「信じてますよ、タメエモンさん、タエルさん、それにゲバさんも――あ、そうだ!!」


 ファナが姿勢を正し、両手を腰の前で組む。

 胸を張ってふわりと揺らしながら、花咲く笑顔で溌剌はつらつと。


「長旅に役立つお薬、たくさん用意してありますから。必要ならうちの薬屋おみせ、利用してくださいね!」

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