その4 閃紅のハイパラディン
王城の庭園に設けられた祭壇に、国王ジャント四世は立つ。
焚かれた護摩に香木をくべ、燃え盛る炎を背にして視線を落とす。
かしずくのは姫騎士ルツィノ。普段から着用する王家の
絹糸を複雑な紋様に編んだレースの羽衣だ。鳥の羽を散らしたような紋様に、朱色の装甲と少女の肌が美しく透けている。
「これよりそなたは新たなる姫騎士となる。『
黙して額を捧ぐルツィノに、王が手ずから黄金色のカチューシャに似た冠を授けた。
庭園に集まった観衆臣民から拍手と歓声が上がる。
民は、平生より王都で民と共にある姫騎士を心から祝福する。
湧き上がる声を一身に受け、ルツィノは自分の身も心も染め上げる『姫騎士』を感じていた。
*
「めでたしめでたし、だな」
「……頑張れよ、ルツィノ」
民衆の中に混じり式典を見守るタメエモンたち三人。
戴冠を終え人びとに敬礼を返すルツィノを見上げる彼らの耳に、裏方で警護についている兵士たちの声が入ってきた。
「全滅だと?」
「はっ。ドド山へ向かった
声をひそめて話す兵士だが、騒然とした気配を発する不穏当な言葉が裏付ける。
「何者の仕業だ」
「
「二頭目のドラゴンだと!?」
「部隊を一瞬で全滅させた後、こちらへまっすぐに向かっているとのことです!」
「よりによってこんな日に、なんてこった!」
血相を変えた指揮官と思しき兵士が、報告役の部下に指示を飛ばす。
「
兵達の動きが目に見えて慌しくなる。一連の会話に聞き耳を立てていた三人は、王都の外で何が起きたのかをさとった。
「……俺達ゃ、ヤブを突いちまったのかもな」
ゲバの呟きから程なくして、王都の兵による避難誘導が始まった。
逃げ惑う人びとの頭上は青空。その青空に紛れ飛来する者がある。青空と同じ蒼の鎧鱗をもった
「来たぞーッッッ!」
王都至る所から怒号があがり、飛来した
「続けて第二陣、放てッ!ローテーションを崩すな!」
指揮者の号令に従い、軽装の鎧を装備した兵士が一斉に銃剣に似た武器を空に向ける。幾重もの破裂音と共に、音と同じ数のソフトボール大の火球が上空へ放たれる。
3段構えの横陣に並ぶ彼らが手にしているのは、先端に刺突用の短剣を括りつけた『杖』である。
銃のように見える部分には
射撃と同時に、指揮者は自らの眼球に意識を集中。視力を強化する
対空砲火、効果なし!
「総員、弾幕を張れ!撃ち返してくるぞォォォ!」
枯れそうな喉で怒鳴る彼の眼に映っているのは、上空で口中から陽炎を漏らす蒼ドラゴンである。
いま明らかに、今まさに、モアの王都に、
――その時、王城の頂から一筋の光が飛来した。
*
王城の地下、何も言わず立つばかりの騎士団長と姫騎士は向かい合い。
「ガルダ・ラウザァァァァァ!!」
巨体を見上げる金髪の少女が背に負った宝剣を抜き頭上にかかげると、真紅の騎機神は呼び声に応えた。
猛禽の嘴を模す頭部兜装甲から赤色の光が伸び来て、ルツィノの全身を捉える。
姫騎士の小さな体は
この中に立つのは生まれて初めてのルツィノ。だが知識はある。ここにこうする為の教育は、今まで充分に受けてきた。
宝剣の切っ先を下へ向ける。足元の床に設けられた放射状の彫刻が拡がる
するや薄暗かった空間が急速に明るむ。ルツィノが立つのは狭小な密閉空間ではなく、全周囲の風景がそのまま目に映る空間だ。
ルツィノは、自分が透明なガラス球に入れられて空中に浮かべられたような感覚をおぼえていた。
ルツィノの足元、ガルドミヌスの足元では十人の兵士が天蓋から吊るされた鎖を引っ張る。
巨大な滑車が動作し王城の天蓋が開放されたのを、ルツィノが見上げる。ガルドミヌスが見上げる。
鳳の冠がルツィノの意志をガルドミヌスに伝え、ガルドミヌスの五感は
人騎一体。姫騎士ルツィノは騎士団長ガルドミヌスであり、
「騎士団長、出陣!」
「姫騎士ルツィノ様、ご武運を!」
「ご武運を!」
「ご武運を!」
背中の大翼が守るべき者達の声をはらめば、飛翔。百メートルの縦穴を一瞬で抜け、王都の青空に真紅の巨神が舞う。
*
蒼ドラゴンの口から火炎の柱が放たれる。
火勢を押し留めんと、地上から
街を焼かれる寸前、炎より紅い何かがドラゴンの前に躍り出た。
両腕の篭手装甲と一体化したカイトバックラーを正面に構え、ガルドミヌスがその身に炎を浴びる。
閃紅の
「あれは、鳥だ!」
「
「空とぶ騎士だ!」
「モア王国の、俺達の、
空を見上げた人びとの声を、ルツィノはすべて背中の翼で受け止める。
これは『風』だ。騎士という『帆』は、民の声を受けて前へ前へと進むのだ。
「
名乗りを上げたガルドミヌスが蒼ドラゴンと対峙して両腕を構える。バックラーから刀身が展開。
「
残響音のかかったルツィノの声が兵士に届く。
巨体で戦場を俯瞰する
後退を始める兵士を
ガルドミヌスがループ回転を決めドラゴンに突進!山なりの軌道を描いてから、バックラーによるシールドバッシュだ。
「グオォン!」
思いがけない速度で踏み込んできた
続け様、腕に展開した剣で首と胴へ連撃。斬撃が触れた鱗が爆発して両者の間合いを引き離す。
空中で体勢を立て直したドラゴンの火炎放射!ガルドミヌスを火柱が襲う!
「遅い!」
真紅の巨体が翻って火炎を回避。同時に再度の突撃。右の剣先が鱗の爆風を貫いてドラゴンの肩口に突き立つ。
苦悶する蒼ドラゴンが胴をよじる。更に追撃を試みるガルドミヌスを前肢のカギ爪を振るって引き剥がした。
「もっと一撃を重くしないと……!」
ルツィノの声に応えガルドミヌス、刃を畳んで両の拳を突き合わせる。
飛空騎士の正面に火焔の柱が伸びて、両腕に格納された刀身が焔と共に一つの大剣を形成。
「ガルダセイバー!」
大剣を正眼に構えたガルドミヌスが背中の翼を大きく拡げた。ここから放たれる剣撃の威力が推し量れ、対手に強烈な重圧感を与える。
「グオォ、ギャオオオオオオオ!!」
対手ドラゴンが空に居ながら点を仰ぎ咆哮。生身の人間が耳にすれば気絶必至の圧縮言語だ。
ガルドミヌスの装甲に守られたルツィノは咆哮の影響を受けず、ドラゴンの行動の意図を読もうと目を凝らし身構えた。
研ぎ澄ました感覚が背後から迫る殺気を捉え、考えるより早くバックラーによる裏拳が放たれる。
「仲間を呼んだのね!」
火球を連続で放ち飛来、紅ドラゴン。火球を盾で捌いていると逆方向から火柱。紅蒼つがいドラゴンによる挟み撃ちだ。
二種類の炎と爪に牙、そして巨体による突進が絶え間なくガルドミヌスを襲う。
多くは回避し受け流すルツィノだが、全く無傷とは行かず透明真紅の装甲の表面が徐々に煤と傷で汚れていく。
「く、私だけじゃ捌ききれない!私だけで無理なら!」
左右の翼端から雲をたなびかせ大空を縦横無尽に駆けるガルドミヌスが、地表に視線を移した。
「
姫騎士ルツィノがとった行動は、仲間への指示であった。
かつてであれば独力のみを恃みとしていた少女は、かの男たちとの共闘を通じて自らの身の程と役割を理解し始めているのだ。
「東は――頼んだわ!」
そして最も信頼に足る者に、全幅の信頼を寄せるに足る戦士に、己の背中と命運を預けることにした。
「……新手の方は任せろ!」
王都の城壁を悠々跳び越えて大通りに着地したゲバルゥードが、腕の
手斧を握り深緑の
*
紅ドラゴンの脚に
城壁外の地表に引きずり落とされた紅ドラゴンに弩砲と
爆煙と血煙を地上で撒き散らす紅ドラゴンは身動きすらかなわず苦悶の唸りをあげるのみ。
ゆっくりと迫るゲバルゥードの携える斧が、雌竜の命運を決定付けた。
「無法なる魔者よ!モア王国にガルドミヌスある限り、お前たちの好きにはさせないわ!」
残された雄竜に大剣ガルダセイバーを向け、高らかに宣言する姫騎士ルツィノ。
騎士の心の昂ぶりに応え、
つがいを屠られ自身も手傷を負った蒼ドラゴン。唾液と陽炎が大きく裂けたあぎとより垂れる。
これまで我が物顔で大空を駆け回ってきたのであろう翼をはばたかせ、目の前の“脅威”にやぶれかぶれの体当たりを敢行だ。
「剣よ燃えろ!星のごとく!」
正眼の大剣から白光が溢れ、真紅の飛空騎士も全身に炎を纏う。
大空に顕現した光の
「ガルダセイバー鳳凰斬!!」
まっすぐな太刀筋がドラゴンの脳天に到達。
凄まじい熱量と速度を伴った斬撃は、ただ一閃にして巨大な雄のドラゴンを頭から尾の先まで真っ二つに切り裂いた。
*
王城の広い庭園に、真紅の騎士と深緑の戦士が並び立つ。
誰もが皆、王都を守り抜き凱旋した巨神の雄姿を仰ぎ見て喝采を送った。
――ただ一人を除いては。
再び王城に集まった群衆の中から、一人の男が飛び出した。しかも縦方向に飛び出した。
並の人間では及びもつかぬ跳躍。赤銅の肌を黒ずくめの革服に包んだ男は、近くの建造物の屋上に着地して。
その男――キハヤが天を仰げば、青空の向こうに光の環が出現。
「
天に顕れた光の環から虹色の光束が降り注ぐ。キハヤの総身に降り注ぐ。
人びとは、しばし呆気にとられていた。
これから始まるのは、まさに叫喚であるがゆえに。
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