その3 魔者ハンター

「この子にスパゲティを食わしてやりたいんですが、かまいませんね!」


 のれんをくぐるなり、タエルはカウンター向こうの店主に声をかけた。

 なし崩しに終わった決闘騒ぎの後、タメエモンたち三人はしゃくり上げ始めた姫騎士ルツィノを連れて街の食堂へ向かったのだ。


 10席ほどしかないカウンターのみの手狭な店内である。二人前の体積をもった大男三人を見た中年の店主は一瞬嫌そうな顔をしたが、構わずイスに腰掛ける。


「なに、場所をとる分ひと3倍は食うから大目に見てくれ」

「姫様どうぞ。奥の方へおかけください」


 タエルは店奥の座席にルツィノを案内し、自分、タメエモン、ゲバの順に着席した。

 狭い店内を外からのぞけば、巨漢がぎゅうぎゅうにひしめいているように見えよう。


「うう……お腹すいた……」


 臙脂色のマントを肩に羽織った姫騎士が、涙の滲んだ目をこすりながら情けない声を出す。衆目から隠されることで少々落ち着いてきたようだ。

 タエルがわざわざ小さな食堂を選び、姫を奥へと誘ったのはこの気遣いが為である。


「ご注文は、麺料理スパゲッティで?」

「ええ。私は日替わりを特盛りで」

「ワシも同じものを特盛りで」

「俺も同じく特盛りで」


「ウチの盛りは他店よその5倍はありますが、よろしい……ですね」

 店主はみなまで聞かず頷く。「この男たちなら絶対食える」としか思えなかった。


「姫様はどうされますか」

「私?ええと、何をいただくか言えばいいのかしら」


 きょとんとした顔で訊き返すルツィノ。彼女はこういった大衆の利用する場で食事を摂った経験が無いのだ。


「ええと、皆様と同じものを。仔細はお任せします」

「お客さんも特盛りですか?」

「はい」


 ルツィノは怪訝そうに、いや心配そうに注文を確認してくる店主の意図を察して答えた。


「とてもお腹すいてますから、きっと大丈夫」



 店主の心配をよそに、ルツィノはそびえ立つ山のように盛られたオイルベースのスパゲティを上品な所作でもくもくと平らげた。


「ふう!お腹いっぱい。ああ、お腹いっぱいになったのって久し振り!最近、王宮の食事は物足りなかったの」


 すっかり涙も引いたルツィノが満足げにフォークを置いて一息つく。美しい花のような微笑みで店主に礼を言う姿は、歳相応の少女である。


「物足りない?王宮ともなれば良いモノが出るのではないのか」

「不自由しているわけではないわ。贅を尽くした素材を技巧を凝らして拵えたものが“良いモノ”と言うのならそうでしょうけど、その、量が」


 うつむいた姫騎士は、頬をほのかに赤らめながら小さな声で呟いた。


「そういうことか。姫様くらいの年頃は育ち盛り食べ盛りだろうからな」

内精霊術ネイ・アウラはかなり体力を使います。それもあるでしょうね」

「ええ、二人の言うとおりなの。最近、この鎧もきつく感じて」

「体型をその鎧に合わせねばならんのか」

「いえ。この天資鎧は装着者の体型に合わせてくれるのだけど、どうも変化が追いついていないようで。特に胸の辺りが……困ってしまうわ」

「女子は大変だのう。ワシのようにり出すわけにも行くまいて」


 タメエモンが自分の乳肉を両手で寄せ、衣の胸元に谷間をつくってみせる。

 ルツィノが「あら、もう!」と笑う中、ゲバとタエル、そして食堂の店主は表情を凍りつかせていた。



「姫様はどうして冒険者ギルドに出入りしているのだ」


 入店時の宣言通り、二皿目の特盛り麺料理をつつきながらタメエモンが気になっていたことを単刀直入に問うた。

 煎り豆を煮出した茶を噴出しそうになりながら顔面に緊張を走らせるゲバとタエルであったが、当の姫騎士ルツィノは特に気にした風も無く紅茶のカップから唇を離した。


「姫騎士を続けるためよ」


 物憂げなルツィノの横顔に揺れた金髪がかかる。

 彼女は、タメエモンたち三人に小鳥のさえずるような声で語り始めた。


「皆からは姫騎士と呼ばれ、そう名乗っているけれど……正確には姫騎士“候補”なの。姫でありながら王家を護る騎士となるには通常の騎士並み、いえ、それ以上の剣の腕が求められる」

「それだけなら、姫様は十分な太刀筋だったじゃないか」

「ありがとう……だけど、見たでしょう?私、長期戦に持ち込まれるとああなってしまって。実力が拮抗する相手には勝つことができなくて」


 直接ルツィノと立ち合ったゲバは、今のところ沈黙を守っている。

 ルツィノの戦い方に思うところがないではなかったが、彼はせっかく持ち直した姫の機嫌を不用意に損ねることを恐れたのだ。


「先日の試験試合でも精霊力アウラ切れで不合格。今のままでは姫騎士不適格と見なされてしまうの。そうしたら普通の“お姫様”になるわ」

「お姫様は、いやか」

「……ええ。贅沢な物言いだと言われるかも、しれないけど。王室の姫は世継ぎを産む為だけの存在なの。生きることの全てをそこに注ぎ込まなくてはならない。そんなの嫌よ」

「蝶よ花よと言われても、カゴの中の鳥ではいられん、か」

「私、剣が好きなの。女の子なのに変わってるでしょう?モア王室には姫騎士制度があるから、男子に生まれなくても剣が認められれば“そのように”生きられる。自分で選んだ道を生きられる」


 桃色の唇を固く結び、姫騎士ルツィノが自分自身に言い聞かせる。


「だから、ドラゴンを討伐して証明しなくてはならないのよ。私は王家を、民を――モア王国を護る姫騎士足りうると」


「……店主オヤジ、ここに置いとくぞ」

 立ち上がったゲバがカウンターに代金ちょうどの星貨スターを置き、店の出口を向く。


「ゲバ、あなたは行くのですか」

 斧を背負った背中に、タエルの声とルアの視線が投げかけられる。

「ああ、行く。こんな所でいつまでも時間は潰せん」

「ゲバ……あなたには迷惑をかけました。私をよく思えとは申しませんが、どうかモア王国このくにのことはお嫌いになりませんよう――」


 長い睫を伏せて亜人に丁寧な言葉をかける姫騎士に、無骨なオークは首だけを振り向かせて無愛想に答えた。


「何言ってんだ。これから“四人”してドラゴン討伐に行くんだろ?さっさと準備しねえと日が暮れるぞ」


 エメラルドの瞳をぱちくりさせてオークを見上げるルツィノの横で、タメエモンが笑う。


「ハハハ!いつの間にかワシらも数に入れられたな!」

「お前はどうせ頼まれなくてもついていくだろうが」

「当然。ここで手を貸さんで何が任侠おとこか」

「まったく、勝手な方ですね。ええ、私も行きますよ?行きますとも。ですが、ゲバ、あなたの為ではありません。姫様の話を聞きましたし、ちょうど複製女神像の材料に使う石粉粘土の材料を採りに行かなくてはなりませんでしたから」


「み、皆さん――!」


 かくしてたった今、王都オストリッチ場末の食堂にて一つの狩猟団パーティが結成された。


 メンバーその1。美少女姫騎士ルツィノ。武器は天資宝剣シングソード『ガルダラウザー』。

 メンバーその2。巨漢力士タメエモン。武器は突っ張り。あと大きい棒。

 メンバーその3。筋肉僧侶タエル。武器は光子ビーム大筒バズーカ

 メンバーその4。亜人勇者ゲバ。武器は斧とか、色々。


 総員4名。新進気鋭の実力派が、王都をおびやかす魔者マーラドラゴンの討伐に挑む。



「何はともあれ耳栓だ」


 ギルドラウンジにある売店に着くと、狩猟に一日の長のあるゲバが残る三人に言った。


「ドラゴンの咆哮――“圧縮言語”対策、ですか」


 頷くタエルは、ピンとこない様子の残る二人に解説を始める。


「この前戦った女王様蛙フロッグクイーンは私たちと同じ言葉を話していましたが、ドラゴンも言葉を話します。ですが、連中が話す“圧縮言語”は私たち人間にはまともに理解し聞き取ることができません」

「難しい言葉だからか」

「いえ。圧縮の文字通り、とんでもない量の言葉を一瞬にして聞かせてくるんですよ。以前、かなり遠くからドラゴンの声を聴いてしまったことがありますが、あれはなんと言いますか……濃縮した早口言葉を直接頭の中に流し込まれるようでしたね」


「まともに聞いてしまうとどうなるの?」

「頭痛、めまい、吐き気、場合によっちゃ鼻血と耳血出して気絶ってとこだな。その後、爪か牙にやられておしまいだ」

「ペラギクス帝国の学者にはドラゴン言葉を聞き取れる者が居るというウワサですがね。眉唾ものですよ」


「それじゃあ、この高級耳栓(ドラゴン対応)ってのを四つと。あとはどうする」


 荷物持ちを買って出たタメエモンがカゴに耳栓を放り込む。


「携帯糧食だな。干し肉と押し麦」

「おう」


「クッキーを」

「おう」

「このラスクも」

「おう」

「あ!クリーム入りのガレット」

「おう」

「赤福餅」

「おう」

「塩キャラメル」

「おう」

「ココアシガレット」

「おう」


「……お前ら待て。ちょっと待て」


 ルツィノが菓子を手に取り、タメエモンが片端から受け取る。売店にて早速、息の合ったコンビネーションが展開。

 即興のパーティにしては完璧な動きである。ゲバが制止した時には菓子の山は既にカゴ二つ分に達していた。


「お前ら何しに行くつもりだ」

「狩りよ?」

「狩りだろう?」

「……それが狩りの準備か?」


精霊力アウラ切れ対策よ。さっきタメエモンと一緒に考えてたの」

「試合ならいざ知らず、狩りに堅苦しい決まりは無い。戦っていると腹が減るなら、食いながら戦えば良かろう」

「手段は選ばないって決めたの。これは私の覚悟の表れよ!」


 饅頭を手に鼻息を荒くするルツィノ。ゲバは何も言う気になれず、白髪頭をボリボリと掻き毟りながら会計に向かった。


「あんたら何しに行くの?」


 目録を見て素朴な疑問を口にする店員を、ゲバは眉間にしわ寄せた三白眼で理不尽に睨み付ける。


「狩りだっつってんだろ」



 午後のうちに王都近くの“ドド山”へ赴いた一向。


 山道からはみ出す大きさの移動神殿が、引っかかった樹木を電磁障壁バリアで焼き倒しながら進んでいる。


「そいつ、どこまで引っ張っていくつもりだ」

「中腹あたりですかね」

「悪目立ちして仕方ねえな。まったく、どいつもこいつも……」

「何を言っているんです。目立って結構でしょうが。野生動物相手にはこちらの存在を知らしめる方が良いのですよ」

「……“野生動物”なら、な」


 ゲバが溜息をつくと同時に、大木の根元から何者かが飛び出してきた。


魔者マーラにとっちゃ、狙ってくださいって言ってるようなモンなんだぞ」


 そう言って、ゲバは抜いた斧で足元に飛び出してきたモノを指す。

 斧の先には、濁った緑色のぶよぶよした何か。大型犬ほどの不定形の粘体――『スライム』と称される魔者マーラである。


魔者マーラですか。魔者マーラの場合は、当然」


 タエルは神殿の牽引ロープを手放し、大筒を担いでスライムの右側面へ素早く移動。


「こうやって」


 徒手空拳のタメエモンは、タエルに合わせ左側面へ。


 速やかに戦闘態勢に移った大男を前に、スライムは不定形の体を後ずさらせ逃走準備。

 が、駄目。タメエモンの影から現れたルツィノが宝剣を構えてスライムの退路を塞いだ。


「袋叩きよ!!」

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