その6 赫力(かくりき)
王都の道々に弾け飛んだ神殿の各ブロックが再び浮き上がる。
「させるか!」
ブロックが集まる中心に
が、ブロックが吸い寄せられる中キハヤトゥーマだけは中心に到ること叶わず。蹴鬼の巨体はまるで水平に落下したかのように押し返された。
<<重力操作反応を検出>>
キハヤの脳裏に、目の前で起きている現象を端的に説明した声が響く。
鬼機神を退けたのは巨大な
キハヤは敵の防御機能を強力な見えない壁として認識理解した。
<<『
見えない壁に守られ、
「待たせたな」
強敵との大相撲を前にして、力士の腹に滾っていたのは闘志ではない。怒りだ。
街が戦闘の余波で破壊されている。所々で火の手も上がっている。死傷者もあろう。
「最初に“返せ”などと言っていたな。狙いはさしずめ
キハヤトゥーマは答えない。沈黙を肯定と受け取り、タメエモンは声をいっそう荒げた。
「
「巻き込む?ただそこにあっただけだろう」
鬼の返答は挑発を意図してのものであったか、そうでなかったか。挑発の意図であれば効果は十二分だ。
「……小僧、かわいがってやる。その曲がった根性がまっすぐになるまでな!」
「本物の戦いなら
*
機先をとったのはキハヤトゥーマ。袈裟懸け情報から踵を浴びせる。スクナライデンは踵の速度に勝るとも劣らぬ張り手を繰り出しこれを迎撃。
脚を突き弾かれキハヤトゥーマ、軸足も跳ねて追撃の回転蹴り!
だがまたしてもカウンターだ。小型の竜巻の如く連続で蹴りを放つキハヤトゥーマだが、ことごとく突っ張りによって防御される。
そしてスクナライデンは、焦れてぶちかましてきた相手の前蹴りをからめとり小手投げの要領で気を合わせた。
王都の石畳にキハヤトゥーマの巨体が叩きつけられる。
「うっ……く!?」
自らの威力を利用されすっ飛んだ蹴鬼は、自分が投げられたことを理解するのに一拍の時を要した。
「
「なめるな!」
全身のバネを使い立ち上がったキハヤトゥーマはすぐさま地を蹴って跳躍。
低い軌道で宙を駆けての空中連続蹴りだ。単なる跳躍でありながら浮揚しているかのような滞空時間である。
「防御が
地に足着けた白金力士を空から攻める黒い鬼。キハヤは天性の直感で防御の手薄な部分を狙う。
「うぬ、速い……!」
踏みつけと薙ぎ払いを組み合わせた脚撃の集中豪雨は、対空突っ張りを
蹴り砕かれた装甲の一部が正六角形の破片となって大通りにばら蒔かれていった。
スクナライデンを駆るタメエモンにも衝撃は浸透しているが、彼の
「ううむ、奴も速いが、こちらはこちらで何やら体が重い。この前はこんなことは無かったのだが」
<<
女神ルアの警告が脳裏に響くと、タメエモンは逆に一喝した。
「どうにかせえ!どうにか!ここ一番で力が出せんで……何が横綱か!何が、何が男かあ!!」
<<――
力士の激情に空が応えたのか。
王都オストリッチの空は晴天。青空に霹靂と共に四柱の稲妻奔り、白金力士の頭頂に集い落着すれば――
「これは、こいつは何だ!?力がみなぎる!たぎってくる!これは、これは――!」
力士の五体に稲妻注がれ、スクナライデンの
それと同時に、タメエモンの記憶の奥底からひとつの
「――これぞ
*
「スクナライデンの色が変わったのか!?」
力士と鬼の主戦場から距離をとり趨勢を見上げていたゲバとタエルは、スクナライデンの新たな姿に驚く。ただ驚くばかりではない。
「
特にタエルの口にした疑問は、「なぜ自分ではなく」という思いと共に抱いたものだった。
足元の人間が何を思うか。
<<
「やかましいやつ!」
落雷を一身に浴びたスクナライデン仁王立ち。そこへキハヤトゥーマの跳び蹴り迫る。
鬼の蹴りが力士の胸板に到達した!が、胸板堅し!蹴りは跳ね返される!
「ちぃぃ!」
スクナライデンの右掌に白い光の粒子が集まってゆく。
一掴みの光がアンダースローで撒かれ、辺りを粒子が霧のように舞う。
それはあたかも、土俵に注ぐ清めの塩のようであった。
次にスクナライデンがとったのは、股を大きく割り巨体を沈めた中腰の体勢――そう、四股だ。
天衝くほどに振り上げた左足で大地を踏みしめた瞬間、霧と舞っていた光の粒子が一気に大地へ降り積もって層をなす。
光の層は円形の台座となってスクナライデンと、対手キハヤトゥーマを空中にせり上げた。
これぞ、スクナライデンの形成する空に浮かぶ光の土俵――『相撲結界』である!
*
<<
ルアの掛け声と共に背部
虚をつかれたキハヤトゥーマの頬を張る!まずは左だ。そして右で、次に左だ!
キハヤは後方に足を捌き張り手の射程から逃れると同時に自らの放つ蹴りの有効射程の確保をはかる。
そこへ追っ付けて白金力士。張り付いてくる。何度退いても、張り付いてくる。張り付いてくる。張り付いてくる。
張り付けば突っ張りだ。怒れる赫力機神の突っ張りからは、絶対に逃れられない!
「野郎!」
キハヤトゥーマの左膝、突起した黒角装甲がスクナライデンの脇腹を刺す!が、脇腹堅し!膝頭刺さらず!
今度は力任せに投げ飛ばされたキハヤトゥーマ、辛うじて受身をとり即座に立ち上がる。
――拮抗していた力は、才と技の均衡は、ここに崩れた。
白金の豪腕が流星群と見まごうばかりの突っ張り応酬。キハヤトゥーマの黒い装甲の端々に亀裂が入る。次々と。
力士の突っ張りに蹴りを応酬するキハヤトゥーマだが。ハイキックは出ばなを抑えられ、廻し蹴りの軸足は足刀で掬われ、ハンドスプリングを用いた逆立ち奇襲は重心を捉えられ、悉く黒い巨体を光の土俵に叩きつけられた。
「うぐ……!!」
土俵に這いつくばる鬼が悔しさに呻く。天賦の才を享けた蹴鬼は、実に初めての敗北を体験していた。
「
弓を引き絞るが如く、白金の右
狭い土俵に逃げ場なし。突風さながらの初速を乗せて、超大質量絶大威力の張り手が迫る。迫る。必殺が迫る!
<<
巨神力士の掌底が鬼の顔面に達して首がもげる寸前、虹の光が漆黒の巨体をさらった。
上空に出現した光の環から伸び来た光束は、見上げるほどに巨大なキハヤトゥーマの体躯を吸い上げるようにして消し去ったのである。
「けじめも着けず逃げるのか!?小僧、そいつは
空振りした張り手を突き出したまま、スクナライデンは動きを止める。右腕の噴進器が虚しく燻りの煙を立ち上らせて――
*
戦い終えた光の土俵がゆっくりと下降し、ただ一体残されたスクナライデンを王都の石畳に着地させる。
低い地響きを立てて大地に降り立った白金力士に駆け寄るのはタエル。
「タメエモン!返事をしてください!タメエモン……聞こえていないのですか!?」
通常であれば、斯様に声を張り上げずとも
それが一切の返事がないということは、つまり。
――
限界に至るまで
タメエモンもまた、精根を尽き果たし意識を失っていたのである。
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