第四章 任侠国家のお花畑

その1 少女の花壇

「結局、あなたの出自はよくわかりませんでしたね」

「そうだのお」


 汲んできた水を如雨露じょうろに移し、広々とした花壇をまんべんなく濡らしていくタエル。

 傍らのタメエモンは、別の鉢に植えられた花についた虫の幼虫を見つけては一つ一つ取り除いている。


 二人は一連の作業をこなしながら、タンニ国王イッテンゴから聞かされた話を思い起こす。



――あれは一年前。

 シヤモ傘下の小国タンニの王、イッテンゴ=ボルトは信じがたい光景を目の当たりにしていた。


 懇意にしていた隣国の王の葬儀の帰り。夜空の大きな星が光って弾けたかと思えば、天空から光の巨柱が目の前に伸び降りてきた。

 光は辺りの塵をかき集めるようにして、見る間に1つの大きな塊を為した。塊は形を変え、一人の男の姿となったのだ。


 呆気にとられるイッテンゴと従者たちの目の前で、塵から生まれた男が動き出そうというその時だ。またも空から何か落ちてきた。

 鋳鉄のようだが異様な存在感を放つ『金属柱』だ。

 太く長い鉄の棒は、塵から生まれたばかりの男の脳天に直撃。


 イッテンゴはそれまで驚きの連続で、巨大な鉄棒が頭に当たった男がタンコブ一つ作って気絶しただけである事はまるで不思議に思えなかったという。


 従者数人がかりでようやく持ち上がった鉄棒と、いきなり現れて全裸のまま気を失った巨漢。


 それこそが今日こんにちの金属柱と、記憶を失ったタメエモンである――



「イッテンゴ様の話からすると、あなたはどう考えてもただ者じゃありませんよ」

「そうなるかな」

「……他人事ですね」

「いやいや、そんなつもりはない」

「そう、ですか」


 自らの不明瞭な出自をまるで気に留めていないと見えるタメエモン。

 タエルが何を言おうかと考えている所に、エプロン姿の少女がやや小走りでやってきた。


「タメエモンさん、タエルさん。そろそろお昼ですから休憩してください」

「ああ、もうそんな時刻ですか」

「お昼ごはん、用意しました。あの……量が足りないかもですけど」

「いやいや、かたじけない。そう気を遣わんでも良いぞ、ファナ」


 ファナと呼ばれた少女は、人懐こい笑みでタメエモンに礼を言う。


 背丈はタメエモンたちの半分少々の小柄な少女は、来た時と同じく小走りで自宅のキッチンへ向かう。

 彼女の体が跳ねる度、薄桃色のショートヘアが、同じ年頃の娘と比べても発育の豊かな胸元が、ふわふわと揺れた。


「お二人とも本当にありがとうございます。花壇の手入れまで手伝ってもらっちゃって」


 テーブルにサンドイッチを並べ、花壇の主であるファナは頭を下げる。


「なに、これくらいお安いご用だ。あの花壇は“薬屋”の大事な元手なんだろう?あれだけの広さ、女子おなご一人では骨が折れすぎるわい」

「お目付け役と言っても、監視人をやるつもりはないですからね。私たちのことはお手伝い役だと思ってください」


 タメエモンとタエルは、このファナという少女の“お目付け役”についていた。

 一年ぶりのふるさとに帰るなり、タメエモンが“親方”と呼んで慕う恩人イッテンゴ王から頼まれたのだ。


「しかし災難だのう。ある日気がつけばこの一軒家と借金だけが残されたとは」

「……大丈夫です。頑張ってお返ししますから。お金もだけど、王様へのご恩も一緒に、です」

「うむ、その意気だ。そういう娘だからこそ親方も一肌脱いだのだろう」

「国民の借金を肩代わりする王様なんて初めて聞きましたよ。さすがは『任侠国家群シヤモ』の一国といったところですかね」


 シヤモは『任侠騎士国家群』と呼ばれている。モアのような王国とは体制が異なり、国と言うよりも小規模な自治組織の集合体に近い。

 貴族を守護していた騎士の一団が実力を背景に領地の自治を始めた経緯があり、各国の騎士団がより力を持つ騎士団の傘下に入り結束している。


 原則的に実力主義の荒くれ集団だが、それゆえ義侠心を重要視した『任侠主義』と呼ばれる独特の美学価値観を標榜し領民を守っているのだ。


「それに、お父さんも探してくれるって。イッテンゴ様には感謝してもしきれないです」



 ファナの父親はある日突然、娘を一人残して失踪した。


 早くに母も亡くした少女は独り取り残され、居なくなった家族の代わりに隣国の騎士を名乗る借金取りがやってきた。

 真面目一筋だったはずの父が、いつの間にか博打で多額の借金を拵えていたのだと言うのだ。


 突きつけられたのは2000星貨スターもの負債だった。現代日本の貨幣価値に換算すればおよそ百万円にのぼる。

 そこへ更に利子がつき、額面は十倍に跳ね上がっていた。いち庶民、まして年端もいかぬ少女が“まともに”働いて返済できる金額ではない。


 娼館へ連れていかれそうになった所へ、タンニ国の騎士王イッテンゴがやってきて借金をすべて肩代わりしたのだった。


「すまん。お前のオヤジを止められんかった」


 国王はまずファナに詫び、事の次第を話して聞かせた。


 ファナの父ははじめ、友人に誘われ誘われタンニ国営の賭場カジノに訪れたという。


 ビギナーズ・ラックという言葉の通り、生まれて初めてのサイコロで手持ちの金が二十倍になった。

 それから彼は一人で賭場に訪れるようになり、博打にのめり込むようになる。射幸心の虜になった彼は持参した金を使い果たすまでやめないという有り様だった。

 そこへたまたま国営賭場の視察に訪れていたイッテンゴ王は、彼の博打に呑まれる様子を見て出入り禁止を命じたのである。


 だが不幸にも、博打狂いの男は目先のサイコロを取り上げただけでは収まりがつかず。遂に隣国ゴムワの国営賭場に出入りを始めた。


 ゴムワは先代の騎士王が亡くなり息子が跡目を継いでから、無茶なシノギをやるようになっていた。

 国営の賭場でもえげつないイカサマを行い、負けの込んだ客に国から貸し付けをしては多額の利子で更に搾取する。

 返せなければ男は奴隷市場、女は娼館がお決まりの末路である。


「イッテンゴ様はお父さんを助けようとしてくれたし、私も助けてくれた。せめて少しでもお金を返したいんです」


 シヤモの任侠騎士王イッテンゴは、返済無用と言ってもなお食い下がる少女ファナの心意気を汲むことにした。


 利息なしの百万星貨スター、そうは言っても返済はやはり容易ではない。

 王は早まった少女が“無茶”をしないようにと、ちょうど帰って来たタメエモンと連れの男にお目付け役を命じたのである。



「さて、仕事に戻るか」

「あっ!タメエモンさん、ちょっと!」


 立ち上がろうとテーブルに手をついたタメエモンを見て、ファナがやや大袈裟に声をあげ駆け寄った。


「ここ、ケガしてるじゃないですか!」


 言われて見るタメエモン。右小指の先に、いつの間にか小さな切り傷ができている。


「ん?カスリ傷だな、そのうち治るわい」

「ダメです。こんな手で土を触ってたらバイ菌はいっちゃいますよ!ちょっと見せてください!」


 小柄なファナの勢いに押され、タメエモンは素直に小指を差し出す。


「……うん、これくらいなら薬まで使わなくても済みます。タメエモンさん、ちょっと楽にしててね」


 力士の倍以上に大きく分厚い掌を取った少女が、患部に自分の小さくたおやかな掌をかざした。

 ファナが手をかざした部分が熱感を帯びる。見れば少女の掌から淡い光が発されて、光を浴びた切り傷がみるみるうちに塞がっていった。


「――これでよし、です」

「おお、傷が治った!……こいつはもしや……」

「治癒の精霊術アウラ!しかもファナ、君は外精霊術ワイ・アウラ使いだったのですか!?」


 ファナが施した治療を隣で見ていたタエルが、にわかに目を見張り身を乗り出した。

 精霊力アウラの流れを視ることができるタエル。少女ファナが行使する精霊術アウラが非凡であることを即座に理解したのである。


「え、あ、あの、はい。精霊術アウラは小さい頃から得意なんです。治癒とか遠視みたいな生活に役立ちそうなものしか使えないですけど……」

「こんな高度な治癒の精霊術アウラ、あなたの年齢で使えるなんて信じられません。それに外精霊術ワイ・アウラだなんて」

「あの、タエルさん。外精霊術ワイ・アウラって何ですか?」

「知らずに使っていたのですか!?普通はですね、精霊術アウラは自分の中の力を消耗するものなんです。君は、今みたいなことをしても全く疲れないでしょう?」


 頷くファナに、タエルは天才はこの世に実在することを知らされる思いだった。


「――居る所には居るものなんですね。バイフの修行僧にも君ほどの使い手はそうそう居ないですよ」

「そんな……私、お花が好きで、精霊術アウラはいつもお花に力を借りてて。ただ、それだけなんです。そんなに大したことじゃ、その、なくって」

「つまり花限定の外精霊術使いですか。大したものというか、君はとてつもない女の子ですよ、ファナ」


 ファナは自分のことをここまで称賛されるのに慣れていないのか、タエルの言葉に戸惑い混じりのはにかみで応えるばかりであった。



「……そうだ、これから私のとっておきの場所に案内します!」


 妙に自分が持ち上げられる空気に居心地の悪さを感じたファナが、唐突に二人へ提案。


「お二人もきっとわかります。あそこへ行くと、なんだかすごく力が湧いてくるんですよ!」


 既にその場所のことを思ってか、ファナが花咲くような笑顔になる。

 後ろ手を組んで反らした胸が、またふわりと揺れた。

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