その3 グラディエーター

「剣闘士!仮初の闘争に命を賭ける男たち!休むことなく技術を磨いた男たち!」


『遠吠』の精霊術アウラで拡大された実況者の声が、奴隷島クルールの闘技場に響き渡る。


「始まったか」

「タメエモン、見てください、あそこ……ファナの父親です」


 観客席で見守る二人。『遠見』の精霊術アウラでレンズ状に歪めた空間が、百メートル以上離れた闘技場に立つ剣奴たちの顔を判別可能にする。

 二人の拡大視線の先には、人相書きと違わぬ中年男が不安そうな面持ちで鉄槍を握っていた。



「時は百年前!ここクルール島を根城にした魔者マーラの眷属に、偉大な海の護り武人が単身切り込んだ!八面六臂、無双の剣が魔者マーラを残らず斬り倒したかの大戦おおいくさ、本日の模擬戦争でご覧に入れましょう!!」


 頭上から響く実況の盛り上がりに対し、闘技場に集められた奴隷達の面持ちは暗い。

 ただでさえ死と隣り合わせの闘技興行。その中でも模擬戦争は致死率がきわめて高い。


 殆どの奴隷は今日ここで死ぬだろう。

 執行を待つ死刑囚さながら、奴隷のひとり『ソーモク』――ファナの父親は、自身のあやまちが招いた顛末に今更悔いていた。


「おう、しょぼくれたツラしてんなぁオッサン。模擬戦争は初めてか?まあまあ肩の力抜けって!」


 ソーモクのものより長大な槍を携えた屈強体躯ガチムチの男が、やたら大きな声をかけてくる。

 やや早口で高揚気味にまくしたててくるその男の眼は血走っており、薬学に心得のあるソーモクは彼が何らかの薬か処置の影響下にあることを察した。


「うまくやれば死にゃーしねえ。それに生き残れば“不死身”になれるぜえ!?そうなりゃこっちのモンよ」


 男が、ぶっとい幹のような自分の首を指差して見せる。そこには亀甲型の得体の知れない天資ものが緑光を明滅させている。


「“コイツ”のお陰で、俺は模擬戦争に3度も出て帰ってきてる。興行の報酬ギャラは俺達にも入るんだ。そりゃ手元にゃ殆ど残らないがな、こういうでかい興行に出てりゃあそのうち道だって見えてくるぜ!!」

「そ、そんなうまくいくでしょうか……」

「そうでなきゃココでくたばるだけよ!どうせ捨てるならデカいバクチに張るのさ!」


 バクチ。


 その言葉を聞いて、ソーモクの口端から自嘲の吐息が漏れる。

 バクチで堕ちた身を救う唯一の手立てがバクチとは、何とも皮肉なことではないか。


「そうだよなあ、ラムダ!」


 高揚ゆえソーモクの表情の機微など意に介さぬ男が、やや離れた立ち位置で蛇矛を担ぐ女剣奴を呼ぶ。

 “不死身のラムダ”は男を一瞥だけして、これから“対手”が登場する闘技場の片岸に再び視線を戻した。


「……あいつなんか、もう10回以上は模擬戦争やってるって話だぜ。まあそういうワケで、運が良きゃ生き残れるって!せいぜい駆けずり回ろうぜっ」


 血走った眼をヒン剥いて笑顔を作る男に、ソーモクはしょぼくれた愛想笑いを返した。


――その時、楽隊のラッパが鳴り響く。興行じごくの始まりを告げる旋律だ。


 地面の一部が跳ね上がり、地下から巨大な姿がせり上がって来る。見世物の剣奴たちを取り囲む者達から歓声が上がる。


「伝説の武人、満を持して登場ォォォーッ!!」


 数十メートルの巨人が、歓声に応えて両腕を振り上げた。


 もとは別の色であった体表は青色の塗料を塗り込められ、欠損した本来の両腕は木製の箱型をした“義手”を括り付けられ。

 ハリボテ頭部の造形は大味。

 模擬戦争メンイベントの主役は、伝説を謳う巨人の贋物であった。


 だが、まがい物であったとしても。

 途方も無い巨体に身一つで対峙させられる者からしてみれば、恐怖と絶望そのものである。


「おい、あれ何だ?」

「見たことないのかよお前。輝機神ルマイナシングだよ!」

「あ、あれが……初めて見た!」

「無駄口叩いてないで走れ!散り散りに逃げねーと、近くに居るヤツから踏み潰されるぞ!」


 雁物武人が足を踏み出す。それだけの動作が容易く人間を殺め得る。

 恐慌する奴隷達はクモの子散らして逃げ惑い、ある者はあえなく踏まれ、ある者は無造作に振り下ろされた木腕に叩き潰された。


「ヒュー!相変わらずキョーレツだぜぇ!エキストラ諸君!俺達もちったぁ攻撃しないと興行ショーになんねーぜ!オヒネリこねーぜー!!」


 ひとりハイテンションな男が、首筋の天資シングを輝かせながら槍を投擲。

 同じくラムダも、既に持ち主の居なくなった鉄槍を拾い上げては投げ放つ。


 何本もの槍が木腕に突き立ったが特に影響なし。男とラムダに狙いを定めた巨武人が身をかがめ横なぎに木腕を振るう。


「チッ!」


 舌打ちと共に跳躍したラムダは、迫る腕に突き立った槍の柄に掴まった。

 そのまま振るわれる腕の運動力を利用して自らの身体を飛ばし、巨人と大きく間合いをとる。


 一方、高揚した男には巨大な拳が直撃。引きつった笑顔のまま闘技場の端まで吹き飛ばされた。


「ヒェェ……!」


 ソーモクは、目の前で繰り広げられる巨人の蹂躙に腰を抜かした。

 槍を取り落とし、尻餅をつく。立ち上がれない。


 巨人が自分の方を向く。迫ってくる。悠々と歩いてくる。


 しょぼくれた中年ソーモクの脳内に走馬灯がオンエアされる!

 震えて仰ぎ見る彼の全身に影が落ちる。巨人の影が落ちる。


 から輝機神ルマイナシングの影が落ちる。


「――え?」


 ぐるり囲んだ観客席、にわか沸き立ち。


 呆然と天を仰ぐソーモクの目に映るのは、暴虐蹂躙の青い雁物武人に対峙する逆足異形巨神。

 深緑の輝機神ルマイナシングゲバルゥードの乱入だ。両腕のクローを回転させる姿が、奴隷達の目に救いの神として焼きついた。



「……せっかく見つけたんだ。こんな下らん見世物で殺させてたまるか」


 中枢機関コアブロック内部の相互伝達式格納宮フィードバック・コネクト・ゲルに包まれたゲバは呟いて、ゲバルゥードを通して視える眼前の“ぼろ輝機神ルマイナシング”を睨む。


「おおおーっと!あれは、かの伝説武人と激戦を繰り広げた魔者マーラの親玉、深海支配者だァァァ!伝説再現ッ!今ここで百年前の決着が再びつけられるゥゥゥ!!」


 熱狂煽る実況に乗って、向かい合う巨体同士が身構えた。

 そびえ立つ両者の足元では、奴隷達が一目散に逃げ出し距離をとる。


 言わずもがな、これから始まるのは輝機神ルマイナシング同士の拳闘デュエルであり――ゲバの持ちかけた“演目変更の筋書き”であった。


「先に仕掛けたのは我らが武人だァ!」


 左右木腕のフックとストレートが深緑の戦士を打つ。

 逆脚をずらし半身の体勢をとったゲバルゥード、片腕で大振りフックを弾いた続けざまストレートをクローで受け止めた。


 つとめてスローな動作で反撃のクロー突き。

 雁物の武人は両の木腕でゲバルゥードの右クローを十字ブロック、防御動作をぎりぎりの所で間に合わせる。


 巨腕が一合する毎に客席からは声があがり、雁物武人の木製義手からパラパラと木屑がこぼれていく。


「伝説武人、怪力の異形魔者に一歩も退かずッッッ!拮抗ッ!両者の力はまさに互角ッ!」


 実況の精霊術士は予め準備された筋書きを高らかに読み上げている。

 過剰に盛り上げられた闘技場で気の抜けた打ち合いを続ける戦士ゲバは、思わず溜息を漏らす。


「……ブッ倒すよか何倍も難しいぜ」


 ゲバが提案したのは“八百長”だ。伝説武人ヒーローが接戦の末に悪役ヒールを倒す、単純明快な内容ブックである。

 しかしながら、主役たる輝機神ルマイナシングはゲバが想定していたよりも遥かに役者不足。ゲバルゥードが少し力を入れて小突いただけで崩れ落ちそうに思えた。


「さあ打撃戦は平行線、ここから先は気力の勝負だァァァーッ!」


 合図に応じて組み合うゲバルゥードと雁物武人。ゲバは両クローの力加減に細心の注意を払う。

 だが相手役の方はそうもいかない。操り手は機機神ルマイナシングを一通り動かすのに手一杯であり、実際のところ「人間を蹴散らす」程度のことしかできない程度の腕前であった。


 先刻の無気力拳闘により、既に間に合わせ木腕には耐久力の限界が訪れていた。

 そこへもってレスリングじみた組み合いで負荷をかければ――木腕は根元からもげる。


「……マジかよ」


 クローに握った巨大な木箱のような“両腕”を、ゲバは呆然と眺める。

 事情を知らない観客たちは変わらず歓声をあげるが、当事者にしてみれば気が気ではない。


 見れば、の挙動が明らかにうろたえている。


「だ……大ピンチーーーッッッ!伝説武人、窮地ッ!こうなったら手立ては一つ!一か八か捨て身の攻撃しか無いぞォォォッッッ!!」


 輝機神ルマイナシングの乗り手は素人同然だが、実況者は玄人プロだった。咄嗟のアドリブ実況により場を盛り上げつつ、闘技場の“演者”たちに展開を示唆!


「か、かかってこいー!実はこの俺も限界だぞぉー!」


 大根ぼうよみ口上を外部に発し、両腕を開くゲバルゥード。

 両腕をうしなった雁物武人、やぶれかぶれに身を投げ出して体当たり!


「……今だ!」

<<全機関ブロック強制自切カット>>


 八百長炸裂!体当たりを受けると同時に、ゲバルゥードは全身を構成するパーツの結合を全て切り離した!


「逆転!逆転ッッッ!!伝説武人、決死の攻撃で見事ッ!邪悪の元締めを八つ裂きにしたァァァーーー!!」


 勢いに任せた実況の“決着宣言”と共に楽隊がファンファーレを鳴らす。

 闘技場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれ、模擬戦争の主人公ヒーローは雨あられと降り注ぐ星貨スターを浴びた。


「こりゃあ、まっこと……まっこと妙な連中を拾ったもんぜよ!」


 一連のを見届けた長身の女丈夫スーサは愉快そうに呟き。

 濃紺の袴を翻して、スタンディングオベーションに沸く客席を後にした。



「約束通り、この男は買い取らせてもらうぞ」

「払うものさえ払ってもらえば、文句はない。おかげさんで模擬戦争の興行も大成功だったしな」


 どことなく上機嫌の管理人の男が、手枷てかせを嵌めた中年男をタコ部屋から連れてきた。

 手元の人相書きでしょぼくれた顔が一致することを確認し、タエルが頷く。


「タンニ国のファナを知ってるな?」

「ええ……娘です」


 伏し目がちに応えるソーモク。タメエモンは彼のしょぼくれた顔を掴み、強引に自分と目を合わさせた。


「懲りたか?」

「ヒィッ!は、はい!もう懲り懲りです!博打はもう、二度と……!」

「二度とこのような事をせんように、親方の所で汗水たらすことだ」

「ヒィ!わ、わかりました!」


「……その前に、娘から平手打ちの一つも貰っとけよ」

「仰る通りで……本当に、情けないことで……」


「そうだな。情けない」

「情けねェな」

「恥を知りなさい」


 三人の大男から順繰りに詰られ、中年ソーモクはどんどん小さくしょぼくれていった。



 地下奴隷市場をあとにして、タメエモンたちは約束した船舶の係留所でスーサを待つ。


「……こいつを送り届けりゃ使完了、だな。おい、お前のに使った金も借金に乗せとくからな」


 ゲバが睨むとソーモクはか細く「はい」と頷く。薄い頭髪から、更に数本はらりと抜け落ちていった。


「もう少しここに留まりたかったがなあ」


 ふと、タメエモンが腕組みをして思案に頭を捻る。


「何か心残りでもあるんですか?」

「ああ。奴隷達に埋め込まれておった『不死身の仕掛け』がどうにも気になって仕方がない」

「……正義感も結構だがな、ヤバい事ばっか首突っ込んでると命がいくつあっても足りねえぞ」

「いや、確かに商人連中の非道な行いは気分が悪いが、それだけでもないのだ。何やらこう、得体の知れない胸騒ぎを感じる」

「なるほど――があるんですね、タメエモン?」


 タエルの指摘にうなずく。自らの記憶ひみつに辿り着く手がかりが、きっとこの奴隷島にあるのではないか。タメエモンにはそう思えて仕方がなかった。


「同じなのだ。初めてスクナライデンに乗り込んだ時、頭の中に不思議と言葉おもいが浮かんできた――それと同じ心持ちがするのだ」


「……いいけどよ、まずはこのオヤジの件を片付けようぜ。その後で好きなだけ調べに行けよ」

「ううむ。じれったいが、それもそうか」


「その男を運ぶなら、うちが手配しちゃるよ」


 声に振り返ると、係留されている『スミノエ号』の甲板に鋲つきなめし革の鞄を担いだスーサが立っていた。


「おんしらにも、奴隷島クルールの秘密を暴くが手伝てつとおて欲しいがやき」

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