その4 シャーク・バーサス・スモウロボット

うちは東方アオイタツ列島連合・ジミンの特殊諜報員。ちなみに極秘事項がやき口外するなや」


 スーサが水兵セーラー服のスカーフを裏返し、隠された銀の紋章バッジを見せてくる。


 タメエモンたち一行は、奴隷島クルール近海を走るスミノエ号の艦長室に招かれていた。

 直線的で落ち着いた趣の調度品でかためられた部屋は、女性の個室にしてはいかにも質実剛健だが女丈夫には似合いに思える。


「元々は東の海を仕切っちょった海賊なんやけどね。何の因果か体制の手先ちや」


「……で、その諜報員殿は何が目的なんだ」

「この奴隷島クルールを根城にしちゅう『人攫い組織』の根絶。それに奴隷市場そのもの――あがな商いは本来、おおっぴらにしちゃならんがやき」

「根絶、ですか。あれだけ巨大な人のをそう簡単にどうにかできるものでしょうか?」

「尻尾の根元ねきは、はや掴めちゅう。そこに在る強制隷属装置の天資シングをどうにかして、あとは奴隷達の中に潜ませた工作員が反乱を焚き付ける手筈ちや」

「その尻尾とは?」

「奴隷島の、地下そこ地下そこ。あの島の最深部は『海底迷宮ダンジョン』と繋がっちゅう。いま目指しちゅうのは、迷宮の入り口ぜよ」


 長いウェーブヘアに手櫛の指を差し込みながら、スーサが溜息混じりに微笑んだ。


「これが曲者くせもんながさ。生半可な者じゃあ入り口にも入れん」

「何があるのですか?」


 海の女丈夫は立ち上がり、金属の枠が建てつけられた窓越しにうねる波を睨む。


「拠点の入り口には門番が居るねゃ。当然、居る。この前も、海域にちてきた天資を拾いに行った連中が船ごと沈んだ」

「そうか。ワシらに露払いをやれ、ということだな」

「その通り。頼んますよ、“先生”がた」



 甲板デッキに出ると、船員たちが海面を指差し騒然としていた。


「艦長!2時の方向に“背ビレ”です!」

「来たな!」


 一同注視2時の方向。向かってくるのは海面から突き出した黒い三角形だ。

 周囲に大きさを測るものが存在しない海原、その“背ビレ”は迫る。迫る。


「……何だありゃ!?デカ過ぎるだろ、背ビレだけで小型のヨットくらいあるんじゃねえか!?」


 近付く背ビレは迫るごとに巨大さを実感させる。

 遠見の精霊術アウラで見やる表面には無数の古傷が刻まれていた。


「メガロドン!」


 誰かがその名を口にする。この海をゆく者なら必ず知ることになるその名は『メガロドン』。


「迎撃ーッ!」


 右舷に接地された弩砲バリスタから、全長250cm直径10cmの巨大銛が次々と発射される。

 だが、海面下の“魚影”は白い波飛沫しぶきあげ全身を回転ロールさせ、銛のことごとくを弾き飛ばした。


「実は海へ来るのは初めてだったんです!驚いた、海にはこんな魔者マーラが居るのですね!」

「タエル殿、魔者マーラがやない。あのメガロドンは、れっきとした“ただのサメ”ちや」


 言われたタエルは冷や汗つたうスーサの横顔を驚きに二度見返す。


「海に棲む魔者マーラを喰いまくったが。いま、この海の“支配者”はアイツぜよ!」


「敵影、潜水!伏せろーッ!」


 甲板の水兵が叫ぶ。スーサは勿論、戦闘経験豊富な手錬てだれの者達は即座に身を木板の甲板に這い蹲らせる。


 だが、ほんの一瞬対応の遅れた者が居り――彼は、着任間もない新入りの水兵であった。


 何をやっている。周囲の水兵がそう叫ぶ間もなく。

 初陣で足のすくんだ青年水兵は、左舷より巨大なアギトの餌食となった。


 人間ひとりを易々飲み込んで、青黒の巨体がスミノエ号の甲板を横切っていく。

 『メガロドン』。姿かたちは紛う事なき“サメ”である。ただ、かの者の全長は実に20メートルを超えている。


 スミノエ号から見て3時の方向着水したメガロドンが、海面に白い水壁を立ち上らせた。


「見たか!?」

「……何をだよ」

「アイツの頭に、例の亀甲天資シングが埋められちょったが!やはりメガロドンは“連中”に門番として使われちゅう!」

「そうかい。アンタ、あの一瞬でよくそこまで見えたモンだな」

「目の良さは自慢ぜよ」


 流し目ひとつ送り、艦長スーサは船員たちに怒鳴り声で指示を飛ばす。頬に伝う冷や汗は、いつの間にか引いていた。


「第二波が来る前に総員退避!甲板を!」


 声と同時に、巨鮫、海面より再来!だがその時、来たりしは鮫のみにあらず。


 大顎あぎとを開き迫るメガロドンの前に、透明白金クリアプラチナの巨体が飛び込んできた!


「どすこぉぉぉぉい!!」


 広大な甲板に巨大なメタルソップ力士が降り立ち、スミノエ号の艦体が一時大きく傾く。

 大口開いたメガロドンの横面へ出会い頭の張り手一発。生え揃った白い牙が数本、根元から吹き飛ばされた。


「スクナライデン!」


「皆の、ここはワシに任せろ!」

「……おう、デカいだけのサメなんざ刺身にしちまえ、タメエモン!」


 甲板デッキの水兵たちは迅速に退避を完了、艦橋ブリッジから巨神巨鮫が戦の行く末見守り体勢。


<<“はっけよい、のこったコンバット!”>>


 牙の三割を喪ってなお、サメは口蓋を大きく開き。自らと同格の体躯を誇るスクナライデンを噛み砕きにかかる。

 勢いよく閉じられようとしたサメのアギトは閉まらない。下は右脚、上は両腕、スクナライデンは真正面からサメの噛み付きを受け止めている!


「ぃよいしょお!」


 上顎引ッ掴み白金巨神の下手投げが決まった!甲板に乗り上げた巨鮫を海原へ放流リリースだ。


「いかん!海に返してはいかんぜよ!」


 スクナライデンの戦闘を見守るスーサが思わず声を上げる。


 うおに水を与えればどうなるか?答えは――――


「何ィ!?」


 海に投げ込んだサメが猛烈な勢いで海面を旋回する。

 際限なく速度を増すサメの旋回軌道およぎは、巨大な渦となり、柱のごとき竜巻を生じた!


 柱の中から何かが飛び出す。当然サメだ!錐揉ドリル回転したサメがスクナライデンめがけ突っ込んでくる!


 スクナライデン、腕を縦に構えてたいを捌き、ドリル突撃を受け流す。

 甲板にバラバラジャリジャリと星貨スターがぶちまけられた。スクナライデンの腕部装甲が削られたのだ。


 鋼鉄を凌ぐ硬さを誇る輝機神ルマイナシングの装甲『天資結晶シングセル』に傷をつけられるものの正体とは?


「――なんというだ!」


 魔者マーラを喰らうことで強化され続けたメガロドンの皮は、回転力を加えることで工業機械じみた切削力を獲得していた。


 錐揉み突撃はスミノエ号の左右から交互に襲ってくる。不安定かつ狭い足場で身動きままならぬスクナライデンは防戦一方。白金の装甲に次々と傷が刻まれる。


「いつまでも好きにさせるか!」


 意を決したタメエモン、両腕を開きサメの突撃を迎え入れ――掴みにかかった!

 巨神の両手握力で挟まれているのにも関わらず、メガロドンは回転続行。スクナライデンの両掌がズタズタに切り裂かれる!

 両腕と引き換えにようやくサメ回転の勢いは収まるも、突進の運動力が残っている!


 力士たるタメエモン、サメに押し出し喫するわけにはゆかぬ。組み付いた上半身を捻ってメガロドンを海面に放り投げようとするが、損傷したスクナライデンの両腕が握力操作コントロールに僅かな齟齬をきたし。


「ああッ!スクナライデンが……神殿が海に落ちてしまう!?」


 巨鮫と巨神は、同時に甲板から海原へともつれ込んだ。


 海中にて間合いをとったメガロドンが口蓋を開く。先にへし折られた牙の一角は既に生え揃い元通りだ。


「むぅ……スクナライデンは泳げるのか!?」


 タメエモンが身をよじれば、彼の動きに同調した輝機神ルマイナシングも同じく身をよじり。

 体表各部に隠された姿勢制御機構バーニアが作動して体勢を操りはするものの、海往く魚と渡り合うにはあまりにも心許ない。


<<戦闘環境コンバットフィールドの変化を確認。最適な機関モジュール検索サーチを開始――>>


「手立てはあるのか、ルア様よ!?」


 海の支配者が牙を剥き向かってくる。最高速度50ノットに達する水中突進を回避できる者はこの海には居ない。


<<適合機関検出――機構接続プラスコネクト開始>>


 寸での間際、スクナライデンの中枢機関コアブロックが反重力フィールドを放出!メガロドンの牙は見えざる壁に弾かれた。


 敵を弾く神殿の不可視力は、逆に海底から何かを手繰り寄せ。手繰り寄せ――手繰り寄せられたのは、二つの天資シング機関ブロックである。

 紡錘形の機関ブロックは傷ついたスクナライデンの両前腕に覆い被さるようにしてされると、それぞれ片端から猛烈な水流を放出し始めた。ハイドロジェット推進だ!


「これなら互角タメを張れる。二本目はこちらが貰うぞ、メガロドン!」


 スクナライデンが海の支配者に勝るとも劣らぬスピードで水中を駆ける。

 両者は縦横無尽の軌跡を描き、喧嘩ゴマのように激突を繰り返した。


といくぞォ!」


 何度目かの激突の後、スクナライデンが水中で転進。バレルロールの軌道でメガロドンに向かい、腹側から抱え込むようにして組み付いた。

 尾びれの推進力を生かせぬ巨鮫を、巨神の推進力が押し上げていく、押し上げていく!そのまま海面へ押し出しだ!


 水面破って飛び出し力士と大鮫はスミノエ号の甲板に降り立って。


「それ、サバ折りだ!!」


 スクナライデン、メガロドンのえらに手を掛け頭部を強引に背側へ曲げる!


 確かな手ごたえ。背骨をへし折られ動かなくなったメガロドンを海へ投げ入れるリリース

 巨大鮫メガロドンは、サバ折りからの上手投げで海底へ沈んだ。



「メガロドンは例の天資シングを埋め込まれちゅうがやき、暫くすると生き返る。と先へ行くぜよ」


 予め用意してあった潜水球に、スーサ、タエル、ゲバの三人が乗り込む。

 大男二人と長身の女丈夫がすし詰めになった潜水球を抱え、スクナライデンは再び海中へ。


 海底目指して進むと、意外なほどすぐにへと辿り着く。


「……こいつが、海底迷宮か!?」


 潜水球の小さな窓にへばりついたゲバが、三白眼を見開いた。

 窓は一つしかなく、まるで身動きがとれないあとの二人は同じものを見ることができない。


「見えたがか、ゲバ殿」

「……ああ。見えるぜ」


 ゲバは、海底に沈む巨大な“構造物”――海底迷宮ダンジョンの入り口に既視感を覚えていた。


「とんでもなくデカい海底“神殿”がよ」


 クァズーレの地上に在る建築物のどれとも似ない異様なの造形は、見慣れた『移動神殿シング』を想起させたのである。

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