その4 シャーク・バーサス・スモウロボット
「
スーサが
タメエモンたち一行は、奴隷島クルール近海を走るスミノエ号の艦長室に招かれていた。
直線的で落ち着いた趣の調度品でかためられた部屋は、女性の個室にしてはいかにも質実剛健だが女丈夫には似合いに思える。
「元々は東の海を仕切っちょった海賊なんやけどね。何の因果か体制の手先ちや」
「……で、その諜報員殿は何が目的なんだ」
「この奴隷島クルールを根城にしちゅう『人攫い組織』の根絶。それに奴隷市場そのもの――あがな商いは本来、おおっぴらにしちゃならんがやき」
「根絶、ですか。あれだけ巨大な人の業をそう簡単にどうにかできるものでしょうか?」
「尻尾の
「その尻尾とは?」
「奴隷島の、
長いウェーブヘアに手櫛の指を差し込みながら、スーサが溜息混じりに微笑んだ。
「これが
「何があるのですか?」
海の女丈夫は立ち上がり、金属の枠が建てつけられた窓越しにうねる波を睨む。
「拠点の入り口には門番が居るねゃ。当然、居る。この前も、海域に
「そうか。ワシらに露払いをやれ、ということだな」
「その通り。頼んますよ、“先生”がた」
*
「艦長!2時の方向に“背ビレ”です!」
「来たな!」
一同注視2時の方向。向かってくるのは海面から突き出した黒い三角形だ。
周囲に大きさを測るものが存在しない海原、その“背ビレ”は迫る。迫る。
「……何だありゃ!?デカ過ぎるだろ、背ビレだけで小型のヨットくらいあるんじゃねえか!?」
近付く背ビレは迫るごとに巨大さを実感させる。
遠見の
「メガロドン!」
誰かがその名を口にする。この海をゆく者なら必ず知ることになるその名は『メガロドン』。
「迎撃ーッ!」
右舷に接地された
だが、海面下の“魚影”は白い
「実は海へ来るのは初めてだったんです!驚いた、海にはこんな
「タエル殿、
言われたタエルは冷や汗つたうスーサの横顔を驚きに二度見返す。
「海に棲む
「敵影、潜水!伏せろーッ!」
甲板の水兵が叫ぶ。スーサは勿論、戦闘経験豊富な
だが、ほんの一瞬対応の遅れた者が居り――彼は、着任間もない新入りの水兵であった。
何をやっている。周囲の水兵がそう叫ぶ間もなく。
初陣で足の
人間ひとりを易々飲み込んで、青黒の巨体がスミノエ号の甲板を横切っていく。
『メガロドン』。姿かたちは紛う事なき“サメ”である。ただ、かの者の全長は実に20メートルを超えている。
スミノエ号から見て3時の方向着水したメガロドンが、海面に白い水壁を立ち上らせた。
「見たか!?」
「……何をだよ」
「アイツの頭に、例の亀甲
「そうかい。アンタ、あの一瞬でよくそこまで見えたモンだな」
「目の良さは自慢ぜよ」
流し目ひとつ送り、艦長スーサは船員たちに怒鳴り声で指示を飛ばす。頬に伝う冷や汗は、いつの間にか引いていた。
「第二波が来る前に総員退避!甲板を空けよ!」
声と同時に、巨鮫、海面より再来!だがその時、来たりしは鮫のみにあらず。
「どすこぉぉぉぉい!!」
広大な甲板に巨大なメタルソップ力士が降り立ち、スミノエ号の艦体が一時大きく傾く。
大口開いたメガロドンの横面へ出会い頭の張り手一発。生え揃った白い牙が数本、根元から吹き飛ばされた。
「スクナライデン!」
「皆の
「……おう、デカいだけのサメなんざ刺身にしちまえ、タメエモン!」
<<“
牙の三割を喪ってなお、サメは口蓋を大きく開き。自らと同格の体躯を誇るスクナライデンを噛み砕きにかかる。
勢いよく閉じられようとしたサメのアギトは閉まらない。下は右脚、上は両腕、スクナライデンは真正面からサメの噛み付きを受け止めている!
「ぃよいしょお!」
上顎引ッ掴み白金巨神の下手投げが決まった!甲板に乗り上げた巨鮫を海原へ
「いかん!海に返してはいかんぜよ!」
スクナライデンの戦闘を見守るスーサが思わず声を上げる。
「何ィ!?」
海に投げ込んだサメが猛烈な勢いで海面を旋回する。
際限なく速度を増すサメの
柱の中から何かが飛び出す。当然サメだ!
スクナライデン、腕を縦に構えて
甲板にバラバラジャリジャリと
鋼鉄を凌ぐ硬さを誇る
「――なんという鮫肌だ!」
錐揉み突撃はスミノエ号の左右から交互に襲ってくる。不安定かつ狭い足場で身動きままならぬスクナライデンは防戦一方。白金の装甲に次々と傷が刻まれる。
「いつまでも好きにさせるか!」
意を決したタメエモン、両腕を開きサメの突撃を迎え入れ――掴みにかかった!
巨神の両手握力で挟まれているのにも関わらず、メガロドンは回転続行。スクナライデンの両掌がズタズタに切り裂かれる!
両腕と引き換えにようやくサメ回転の勢いは収まるも、突進の運動力が残っている!
力士たるタメエモン、サメに押し出し喫するわけにはゆかぬ。組み付いた上半身を捻ってメガロドンを海面に放り投げようとするが、損傷したスクナライデンの両腕が
「ああッ!スクナライデンが……神殿が海に落ちてしまう!?」
巨鮫と巨神は、同時に甲板から海原へともつれ込んだ。
海中にて間合いをとったメガロドンが口蓋を開く。先にへし折られた牙の一角は既に生え揃い元通りだ。
「むぅ……スクナライデンは泳げるのか!?」
タメエモンが身をよじれば、彼の動きに同調した
体表各部に隠された
<<
「手立てはあるのか、ルア様よ!?」
海の支配者が牙を剥き向かってくる。最高速度50ノットに達する水中突進を回避できる者はこの海には居ない。
<<適合機関検出――
寸での間際、スクナライデンの
敵を弾く神殿の不可視力は、逆に海底から何かを手繰り寄せ。手繰り寄せ――手繰り寄せられたのは、二つの
紡錘形の
「これなら
スクナライデンが海の支配者に勝るとも劣らぬスピードで水中を駆ける。
両者は縦横無尽の軌跡を描き、喧嘩ゴマのように激突を繰り返した。
「がぶりといくぞォ!」
何度目かの激突の後、スクナライデンが水中で転進。バレルロールの軌道でメガロドンに向かい、腹側から抱え込むようにして組み付いた。
尾びれの推進力を生かせぬ巨鮫を、巨神の推進力が押し上げていく、押し上げていく!そのまま海面へ押し出しだ!
水面破って飛び出し力士と大鮫はスミノエ号の甲板に降り立って。
「それ、サバ折りだ!!」
スクナライデン、メガロドンの
確かな手ごたえ。背骨をへし折られ動かなくなったメガロドンを海へ
巨大鮫メガロドンは、サバ折りからの上手投げで海底へ沈んだ。
*
「メガロドンは例の
予め用意してあった潜水球に、スーサ、タエル、ゲバの三人が乗り込む。
大男二人と長身の女丈夫がすし詰めになった潜水球を抱え、スクナライデンは再び海中へ。
海底目指して進むと、意外なほどすぐにそこへと辿り着く。
「……こいつが、海底迷宮か!?」
潜水球の小さな窓にへばりついたゲバが、三白眼を見開いた。
窓は一つしかなく、まるで身動きがとれないあとの二人は同じものを見ることができない。
「見えたがか、ゲバ殿」
「……ああ。見えるぜ」
ゲバは、海底に沈む巨大な“構造物”――海底
「とんでもなくデカい海底“神殿”がよ」
クァズーレの地上に在る建築物のどれとも似ない異様なそれの造形は、見慣れた『
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