その5 鎮守の一刀

――数百年の昔、星空の海に魔者マーラの眷属が攻め入った。


 邪悪な翼と爪を持つおぞましき者達は、天をゆく船を襲う。多くの星が、魔者マーラにより海の底へ沈められた。

 その時、ひとつの星は偉大なる守護の武神となり。


 武神は星堕としの魔者マーラを残らず斬り伏せ、天資シングの船の残骸と共に水底へ封じたという――


「こうしてクルール島は生まれた。うちも子供の頃、よく聞かされた伝説むかしばなしちや」

「……その話を真に受けたって事か」

「そう。そして、伝説が事実やき、私達うちらぁはいま此処にこうしちゅう」


 輝機神ルマイナシングがそのまま入れる海底迷宮ダンジョンの入り口を抜けると、海水の浸入を免れた広大な空間がある。

 奇妙な場所だった。所々にハシゴや足場の設けられているが、その先には何もない。

 そして、ハシゴや足場だけでなく壁、床、天井に至るまでが木でも石でも鉄でもない材質で造られていた。


「ずいぶん高い所にまで足場が組んであるな。このハシゴなど、スクナライデンの顔にまで届くぞ」

「元々、それくらい大きな“何か”があったのかもしれませんね」

「……何かってなんだよ」

「ここ、どう見ても全体が天資シングそのものですよ。大きな天資シングがあったのでしょう。輝機神ルマイナシング並みのね」


 スクナライデンを神殿に戻し、スーサを先頭にした四人は広大空間の片隅に見つけたへと進む。


 明灰白色の壁に覆われた通路がどこまでも先へと伸びている。所々の壁には閉ざされた扉、開いた扉、そして破られた扉があった。

 注意深く進み、開け放たれた部屋をのぞく。どの部屋も独房のような無機質な壁に見たこともない“天資なにか”が埋め込まれいる。


 そして壁や床には、しばしば人型をした『骸』があった。


天資シングの人形か……?悪趣味な置物だぜ」


 調度品や装飾の類には無頓着なゲバが嫌悪感を抱いたのは、迷宮ダンジョンの壁同様に無機然のっぺりとした人形たちが一様に姿勢ポーズのままあちこちに転がっていたからだ。

 まるで、かつて動き回っていた者達が一瞬にして時を停められたかのように。海底迷宮ダンジョンは不気味な静寂に充たされている。


 淡々と歩を進めていたスーサが、不意に呟く。


「やはりこの迷宮は“戦艦”やろうか」

「海の底へ沈んだ天をゆく船、か?さっきの伝説になぞらえるとそうなるかのお」


「伝説だけやがない。ペラギクスの学者連中が言うちょったが。天資シングの中には空とぶ戦艦があると」

「ペラギクス帝国ですか。あそこは今の皇帝が即位してから天資シングの研究を熱心に始めていると聞きますが」

「奴隷たちを縛る天資シングの解除方法も、ペラギクスの“大学”に調べてもろうたがやき。どこかに隷属天資シングの大本を統括する本体マザーがあるがと」

「……そいつをブッ壊すのが目的なんだな」


 それから不気味な画一さが続く通路をひた歩き、ひときわ大きな扉を男三人の体当たりで押し破る。


「ここがこの“戦艦ふね”の中枢部か」


「――なるほど。これで沈められたんじゃ」


 スーサが太刀の柄頭で指し示す先には、“中枢部”の床面を――これが戦艦であるならば、ちょうど船底を――突き破った巨大な腕。

 腕一本で輝機神の全身に匹敵するであろうことが窺える、巨大なカギ爪を備えた指は“何か”を握り締めている。


魔者バケモノの手か」

「生気を感じませんね。死骸ミイラのようだ」


 と、タエルはいつも物怖じせず能天気に構えるタメエモンが黙りこくっているのに気付いた。

 見れば、彼は巨大な骸の腕に握られた大樽状の『もの』に魅入られているようであった。


「タメエモン、あれが気になるのですか」

「……うむ。得体は知れんが、見覚えがある……気がする」


「それなら、そこの『天資』を回収したら撤収ちや。は済ませたがやき」


 スーサが親指で示した先には、巨大な砂時計を横倒しにしたような形状のオブジェが壁に埋め込まれていた。統括天資マザーシングである。

 男三人が巨腕に気を取られている間に、天然の爆弾であるドラゴンの鱗を幾重にもして時限爆弾にしたものが仕掛けられている。


 セーラー服女丈夫は元海賊ならではの躊躇いない動作で腰にいた太刀で骸の指を事も無げに切断。

 樽型天資シングを戦利品とばかりに担いで海底迷宮ダンジョンを後にした。



 轟音と共に迷宮の一角が揺らぎ、奴隷達の自由を奪い不死身の力を与える亀甲天資シングの制御機構が破壊される。


――迷宮の底には、人知れず眠る者が居た。眠らされている者が居た。


 その者の全身には蛍光を明滅させる亀甲の戒めが施されていたが、たったいま戒めの明滅はすべて消灯。


 海底に眠る“旧き支配者”が、数百年の時を経て覚醒に身震いした。



 ダンジョンを抜けスミノエ号に戻るや海面が沸いたように大きく波打つ。


「とてつもない威力だな。迷宮ごと破壊するつもりだったのか?」


 問われスーサは緊張の面持ちで首を横に振った。


天資シング戦艦があれしきの発破で壊れる筈がない。まっことイヤな気配よかんがする……!」


 予感に応じたか。沸き立つ海面は次第に渦まき、“渦”はたちまち“まが”となり――冒涜的なる魔者まがが姿を現す!


 甲板に輝機神ルマイナシングを立たせることのできる巨大なスミノエ号が船体を激しく揺さぶられる。

 スーサをはじめとした海に暮らす船員たちは皆一様に、目の前に立ち上がった超巨体を見上げその名を口にした。


――『クルールー』と!――


 蛸に似た頭部、ずんぐりぶよぶよとした胴体の背中にはコウモリのような翼。太い腕の先には鋭いカギ爪が海水を滴らせる。

 全高100メートルの頭上で濁った双眸をたたえるその姿は、知らぬ者なき伝説の“眷属マーラ”そのものであった。


 さらに注視すれば、巨体のいたるところにフジツボのごとく張り付いている大量の亀甲天資シングの存在に気付く。


「……そうか!あの天資はもともとコイツを封印する為のモノやったがか!」


 海面から上半身を出した伝説の超巨大魔者クルールーが動き始めた。行く先に在るのは奴隷島クルールである。


「いけない!あんな魔者マーラが暴れでもすれば、島の者達は全滅です!」

「よし、もう一度スクナライデンでいくぞ!」


「その必要は無いが。供をつけるき、タメエモン殿らぁは退避しとおせ」


「し、しかし……!」

「おいタエル、何食い下がってんだ!?海の上じゃ船乗りに従え!こいつらの足を引っ張るんじゃねえよ!」


 既にタメエモンを伴い端艇カッターに乗り込んだゲバに怒鳴られ、スーサを見返すと無言で視線のをかけてくる。

 これ以上の是非も有無も言えず、タエルは脱出用の小船に飛び移った。


「……足引っ張るなってんだよ。水軍こいつらがみすみすフネを沈めるワケ無ェんだ。勝算がある、だろ?」


 ゲバが船頭役の男に目配せすると、屈強な海の男は不敵な笑みをもって頷いた。



「総員持ち場につきや!“擬装”解除ぜよ!」


 にあらず、なり。艦長室に戻ったスーサが伝声管に指令を受け、艦内各所に配置された乗組員たちは木造の内壁に隠された金属製のレバーやスイッチを操作開始。

 スミノエ号が鳴動を始める。


「目には目を。刃には刃を。伝説には、伝説を!」


 古代のガレー船にも似た木造戦艦から外装が剥がれ落ち、同時に艦体各部の形が変わってゆく。


 マストのあった部分から艦橋が突き出したかと思えば、勢い余って更に何かが飛び出し――両腕だ。

 両腕が生えたならば勿論、喫水線の下では両脚伸びて艦体の変形した佩楯はいたて状の装甲に守られる。

 戦艦たちまち四肢持つ武者へと変じ、竜骨となっていた大々太刀だいおおたちを携えて。


 巨大な艦は天資シング戦艦の本性を表し、瞬く間に圧倒的威容具えの輝機神ルマイナシングとなり顕れたのだ!


 海の旧支配者クルールーは突如立ち塞がった海神わだつみの武者をまさしく同胞眷属無数に屠りし仇敵と見做し、両腕のカギ爪を構える。


「夜明けぜよ――――海神武者オーシャンセイバー『スミノエライズ』!!」


「スミノエ号が輝機神ルマイナシングに!?しかし、でかいな!こいつはでかい!スクナライデンの五倍はあるか!」

「……大した奥の手じゃねえか」

「もしや、かつてあのクルールーなる魔者マーラを調伏した武神というのは、あのスミノエライズなのでしょうか?」


 遥か足下で口々に感嘆する男たちの声は、集音装置により艦に同じく変形した狭小空間コクピットにひとり座すスーサにも届いている。

 水兵セーラー服を脱ぎ、健康的な肌にサラシ巻きの上半身を露わにした出で立ちは彼女の戦闘態勢モードだ。


「人界脅かす魔者眷属おまんら、許さんぜよ!」


 女艦長はコクピットに競りあがってきた舵輪を握り、伝声管に声を張る。


「抜錨抜刀伐魔準備よしヨーソロー!横陣斉射ァ!」


 巨体各部の水兵達が指令を受けて各管制機関ブロックを操作。鎧武者に似た全高100メートルの輝機神ルマイナシングスミノエライズが動く。

 反りの入った片刃のつるぎを鞘から払い、横一文字に構える。然る後、肩の佩楯はいたてに隠された砲頭が首をもたげた。


 口径50センチ超の大砲、左右合せて6門が一斉に火を噴き。焼尽雷炎プラズマの塊がクルールーに真正面からち当てられる!


 閃光のカーテンを貫け、クルールーの頭部から十の触腕伸び来り。先端を硬質化させた触手槍が十通りの軌道でスミノエライズに迫る、迫る。


単身ひとり輪形陣!凌げや!」


 下段に構えた太刀の切っ先が円月を描く。

 十方から同時に襲い来た刺突は総て、白刃真円の縁に触れるや斬り落とされ水底へ沈んでいった。


 顔触手の先端を再生させながらクルールーがくぐもった叫び声をあげる。左右の双眸は邪神の怒りで赤色に怪しく光っている。

 苦悶する敵魔者が体制を立て直す前に、スミノエライズの左腕に装備された“射出装置”が発射準備を完了。


「梯形陣構えよ!アンカーハンマー撃てぃ!」


 武者輝機神の左腕より特大の鎖つき錨分銅が飛び出し、クルールーの右腕を絡め取る。

 鎖の巻上げにより魔者巨体が引き寄せられ、剣を蜻蛉トンボに待ち構えた武者が太刀を一閃!


 ゴム質の胴体が袈裟懸けに切り裂かれ、青紫色の鮮血が噴き出して海水を汚濁してゆく。


 生理的嫌悪感を催す咆哮と共に、クルールーは右腕を自切!目の前のスミノエライズへと踏み込んで左のカギ爪を振るう。

 身をかわし武者の肩佩楯が、掠った爪の衝撃で捻り飛ばされた!


 だが武神は怯まない。当たれば即死の一撃が間近で振るわれようとも仔細なし、胸据わって進むなり!


「隙あり!単縦陣!これでトドメぜよ!」


 巨腕振るったクルールーが一瞬晒した無防備な眉間に、大太刀が突き立てられた!


「……仕留めたか!」


 端艇カッターにしがみつきながら戦を見届けていたゲバが、頭部を貫かれ微動だにせぬクルールーを睨む。

 ゲバの観測みたてに異を唱えたのはタメエモンである。


「いや、だ!ヤツはまだ斃れておらんぞ!」


 邪神のゴム質巨体はいつの間にか石のように硬くなっていた。そればかりか、先に切り裂かれた胴の傷も、自ら切り離した右腕も元通りに再生している。


「とんでもない再生能力ですね。ああして数百年の間、海中に潜み続けていたんでしょうか……」



「しょうまっこと、厄介な相手ぜよ。このまま剣を突き立てゆうがなら動きは封じれる。やけども、は何も出来こたわん……」


 舵輪を握る掌がじっとりと湿るのを自覚して、スーサはようやく追い詰めた海の仇敵に引導を渡す術を思案した。

 思案したが妙案浮かばず。さもありなん、スミノエライズはかつてもクルールーを“封じ込め”はしたが、打倒しきれなかったのだから。


「過去は過去がやき、うちらぁは前へ進まねばならん。何か。何かある筈ちや。未来あすの日の目が――!」


 思案はいつしか思念へと変わる。そして、戦う意志を一心に念ずる者にこそ勝利の“女神かぎ”は微笑むのだ。


<<機構接続プラスコネクト要請信号シグナルを検出。機神構築ビルドアップを開始>>


 スーサの脳裏に直接響く、平板なほど純正調な少女の声。無意識のうちに誘導された視線の先には、波に揺られているだけだった“移動神殿”がひとりでに分解を始める光景であった。

 傍の小船には驚きの表情で神殿の変形合体を見る三人の男たち。彼らにとっても未知の現象であるらしい。


 乗り手を取り込まぬまま始まった変形は、間もなく集束した。

 完成したのは並みの輝機神ルマイナシングと同等の巨大さを誇る“武器”である。


 それは銃――今日こんにちわれわれが知るところの『回転式拳銃リボルバー』の形を成しており、グリップは規格外巨大武神スミノエライズの掌にちょうど収まった。


<<戦略級光射砲『リボルバスター・ギガ・カノン』接続完了コネクテッド――発射権限トリガーを『スミノエライズ』へ譲渡します>>


「ふ、ふふっ!天命は……こじゃんとハンパないがやき!」


 舵輪中央からせり出してきたトリガー・コントローラーを武者震いする両手で握り締め、スーサはスミノエライズの視界に投射ディスプレーされた照星ターゲットに意識を集中。


 スミノエライズはクルールーの頭部に太刀をつきたてたまま距離をとり、艦内のスーサ同様の体勢ポーズで巨大な拳銃を構え。


 凄まじい閃光と空気の振動を伴って、六発の光弾が放たれる!

 小型の太陽に喩え得る光の弾丸は、海の旧支配者クルールーの巨体を着弾と同時に跡形もなくかき消していった。


「――――過去きのうは終わった。これが、この海の夜明けぜよ」


 絶命の断末魔も消滅の余韻も、何もかもは一瞬にして消し飛ばされた。まるで、“クルールーなる魔者マーラ”そのものが白昼夢の産物であったかのように、海面には何者も残っていない。


「どうやらでスミノエライズは暫く動けんようぜよ。まあ、何はともあれ一件落ちゃ……!?」


 スーサが目を剥く先は海面。青い海の底から猛烈な勢いで浮上して、否、昇ってくる影を見た。


 水面から跳ね上がり姿を現した影は『右腕』であった。クルールーが自切した右腕が驚異的な再生力により一個体の魔者マーラとして蘇ったのだ!

 右腕一本分でも輝機神ルマイナシングに匹敵する大きさ強さを秘めた魔者マーラが、無防備な“仇敵”スミノエライズの喉元めがけ飛んでいく。


 空中を泳ぐようにクルールー右腕!迫る殺気に抗う術なきスーサが息を呑む!その時!


「バグンッ!」


 突如海面から第二の怪物が乱入! 全長20メートルを超す巨大な“魚影”が空中を横切る!

 獰猛な牙の生え揃う口蓋が上昇中の右腕に真横から喰らいつき、そのまま深き海中へと連れ去っていった。


 に駆けつけたその者の名を、居合わせた者達はよく知っている。


「――メガロドン――!」


 そう、サメだ。隷属天資シングの戒めから解かれ復活した巨大鮫『メガロドン』が、往生際心得ぬ『旧き支配者』に引導を渡したのだ!


「……これで貸し借りなしやきね。流石は我等うちらぁの好敵手、まっこと味な真似をする――」


 スーサは伝声管を通してスミノエ号の乗組員総員に号令を飛ばし。


 海を往き、海に生きる者達は、名実共に新たなる『海の支配者』に対し一斉に敬礼の動作をとるのであった。

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