第三章 巨神たちの戦い

その1 王様がくれるもの

「そうだ、君たちには何か褒美を与えないとね」


 たった今思いついたとばかりに、モア国王・ジャント四世は脇に控えた侍従に目配せする。


「これはどうだい。棒」


 王の合図で、侍従が木の棒を高級感漂う台の上に載せタメエモンたちの目の前に運んできた。


「棒?」


 一見なんの変哲もない、まっすぐな木の棒である。


「ただの木の棒じゃないよ。バイフ大霊山脈の奥地にあるという神仙樹の枝から削り出したものと言われている」


 説明を聞いても、やはりただの木の棒にしか見えない――などとは一国の王を前にして言えるはずもなく沈黙する三人。

 ルツィノはどことなく恥ずかしそうに、居心地悪そうに三人と父である王を見比べている。


「こんなものもある。棒」


 侍従が新たに棒を一本持ってきて、台の上に並べた。


「棒」


 一見なんの変哲もない、まっすぐな木の棒である。一本目とは若干色合いが異なる。


「ただの木の棒じゃないよ。バイフ大霊山脈の裾野で見つかる世界大樹の根の一部から削り出したものと言われている」


 三人のうち誰かがゴクリと唾を飲み込んだ――説明を聞いても、やはりただの木の棒にしか見えない。


「こいつはすごいよ、棒」


 嬉々とした様子で三本目の棒を持って来させる王である。


「棒……」


 一見なんの変哲もない、まっすぐな木の棒である。よく見れば端の方に“バイフ銘木”などと彫刻されていた。


「ただの木の棒じゃないよ。バイフ大霊山脈の寺院集落で珍重される香木から削り出したものと言われている」


「似たような棒どんだけ持ってるんだよ……」


 ゲバがつい言葉を漏らす。

 王の得意げな表情は、まるで少年のように輝いていた。


「それぞれ保存用、観賞用、こういう時に渡す用と三本ずつ準備しているんだ」

「なかなか高尚な趣味ですね」


 タエルはバイフ出身である。彼はこれらの棒に見覚えがある。

 王が見せた木の棒は、いずれもバイフの集落で旅人相手に売られているものだった。


 この王がどういうつもりで単なる土産物に過ぎない木の棒を蒐集しているのかは知れない。

 まさか本当にこれらの棒が霊験を持つとは信じていまい。説明している最中の王の目は明らかに笑っていたからだ。


――趣味とはそういうものだ。それが、下々の者とは生活の質を異にする王族ともなれば、理解が及ばずとも無理はない。

 タエルはひとまずそうして理解を示しておくことにした。


「王様の棒はどれも立派だ。だが、受け取れぬのです、王様」

「私の棒が受け取れない?どうしてだい」

「このたびの顛末、必ず噂となって街辻流れましょう。ワシらが褒美を賜ったとあらば、姫様に下心持つ輩が擦り寄ってくるやも知れん。娑婆シャバで立ち回るには邪魔なしがらみの種になる」


 タメエモンの言に「なるほど」と肯きを返すジャント四世は賢明な君主であった。


「我が姫を案ずる君たちの心意気、改めて好ましく思うよ」

「……純粋にあの棒は要らねえけどな」


 余計なことを言うゲバの口をタエルが塞ぐ。

 寛大なる王は特に気にした風もなく、三人に告げる。


「だが私にも王としての面子がある。そこでどうだ、褒美代わりに我が王国の騎士団長に会わせてやる、というのは」

「騎士団長、ですか。その方にお会いするのが褒美と?」


「ああ。モア王国うちの騎士団長はよ?」


 若々しい王が、またも少年の顔で得意気に微笑んだ。



 モアの王城は他国の者からも「王都へ訪れたからには見ておくべし」と言われている。それはひとえに外見の特異さゆえである。


 モア王国の建築物は基本的にレンガや石造りで仕上げられ、城も基本的には同様だ。

 人間が住まい行き交う“部分”は今日の我々が想像する西洋の城によく似ている。特異なのは、西洋城の後方に癒着するようにして巨大な『円筒』が据えついていることである。

 半径にして数十メートル、高さは百メートルに達しよう。巨大さだけでも目を見張るが、円筒表面を厳重に補強した鉄の竜骨も異様。モアの王城は豪奢な王城と無骨な円筒が共存しているのだ。


 そして、かの円筒が何のためにあるのかは王都の民であれば誰しも知る所であった。


「ここは……」


 通されたのは王城の地下。周囲を見渡して言葉を発しようとするタエルに、ジャント四世が先回りして答えた。


「王城の『出陣筒』の真下だよ」

「出陣筒とは?」

「読んで字の如く。“彼”が出陣するために建造されたんだ」


 帳で天蓋された円筒の底に、王の合図で明かりが灯されるや、タメエモンたち三人は一様に目を見張り頭上を仰いだ。


「……こいつは」

輝機神ルマイナシングか!?」


 無数のランプの灯りが煌々と照らすのは、全身を紅い鎧にかためた巨人の騎士であった。

 様々な深みを湛える紅い装甲の騎士は立てた大剣の柄頭に両手を預けて王城の地下に佇む。

 輝機神ルマイナシング特有の透き通った装甲の美しさに加え、背中に折りたたまれた巨大な翼も、かの巨人の威容を際立たせている。


「紹介しよう。これが、我がモア王国の騎士団長。輝機神ルマイナシング『ガルドミヌス』だ」


「巨神の、騎士団長……ガルダの主ガルドミヌスですか」

「ああ。どうだい、“すごい”だろう?」


 呆気に取られる三人を見て、王は得意気にウインク。その後、ついてきたルツィノに目を合わせた。


「ルツィノ。姫騎士ルツィノ。今こそ君に、筆頭騎士最大の任を与える」

「最大の任――――!」


 王の言葉が意味する所を完全に理解したルツィノが神妙に頷く。


「三種の神器、最後の一つ『おおとりの冠』を授けよう。これより君は、騎士団長の操者となる!」

「――王国の為、民の為、この大空の為、我が魂を燃やしましょう!」


 背に負った宝剣ガルダラウザーを目の前に恭しく構えた“捧げ剣”の敬礼をとる姫騎士ルツィノ。

 王は厳粛な面持ちを一拍続けた後、元の父親の顔に戻って言った。


「式典は三日後に執り行おう。臣民みんなに言う言葉、考えておいてね」

「はい!」


 目の前で一国の一大事が一息に行われ呆気にとられていた旅人三人。

 最初に“正気”へ帰って来たのはタメエモンである。


「こいつはめでたい。姫様、いや姫騎士様か。ワシらも前祝いをさせてくれい!」

「タメエモン、それにタエルも、ゲバも。私の事は“ルツィノ”でいいわ。姫騎士は皆さんのような人びとと共に戦う者。皆の戦友なのだから」


「そうだね。前祝いは気の置けない者達同士、無礼講でやるといい。ああルツィノ、あとで冒険者ギルドに志を送っておくよ」


 娘に微笑む国王が、はたとタメエモンに声をかける。


「タメエモン。これはひいきじゃない。娘に小遣いを持たすようなものなら問題ないだろう?」

「その辺はまあいい加減に行きましょうや!こいつは相当な席になりそうだ。なあゲバよ、ひょっとしたら戦場よりも過酷かもな?」

「……ほどほどにしとけよ」

「絶対ほどほどじゃ済まないんでしょうねえ」


 異様に乗り気のタメエモン。ほぼ確信めいた一抹の不安をおぼえるゲバとタエル。

 男たちの思惑が交錯する飲み会が幕を開ける――

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