その7 亜人の凱旋
<<敵性反応、消失。
ルアの
然る後、ゲバルゥードを構成する各ブロックはたちどころに分解。あっという間に移動神殿へと元通りだ。
クロムメタルの
「……
言って、像の据えられた台座に何の気なしに手を置いたゲバは気がついた。
「ん?これ、俺の宝玉じゃねえか!?」
目を凝らして見て。間違いないことを再確認。
いつの間にかゲバの首飾りの宝石はルア神像の台座に嵌まっていた。
石が嵌まっているのは、つるりとした黒曜石色の台座の中央。今は埋まった窪みからは時折いきつかの淡い光が放射状に流れている。
「嵌まってとれねえ!」
ゲバはどうにかして石を回収しようとしたが、石は窪みにピッタリと嵌合して爪の先すら差し込めない。
四苦八苦している所へやってきたタエルが声を裏返して迫ってきた。
「ゲバ、ルア様のお足元で何をやっているんですか!?」
「うるせえ!それはこっちの台詞だ!俺の石を返せ!」
「石?あっ!何ですかこれは!!!ルア様に捧げ物をする時はまず
「捧げたんじゃねえよ!」
「どうしたの、二人とも」
ゲバとタエルが取っ組み合いでも始めようかという所で耳に入った少女の声。
意識を取り戻したルツィノがタメエモンを伴い神殿に入ってくると、二人の大男はぴたりと静かになった。
「……大丈夫か、姫嬢ちゃん」
まだ少々青白いルツィノの顔を見て、ゲバは内心「らしくないな」と自嘲しながら彼女を案じた。
素朴なオークの心遣いに、姫騎士ルツィノは出会ったときからは考えられぬ力無い微笑みを返す。
「ええ。お陰さまで……ごめんなさい、本当に」
ルツィノが金髪の頭を下げる。一国の姫君に謝罪をさせて、と言うよりも、年若い少女が気持ちを落ち込ませている雰囲気にゲバとタエルは戸惑った。
「私、何の役にも立たなくて、あなたの足を引っ張って」
「そんな、姫様が気に病むことなど」
「そう落ち込むな。姫様もよくやっておった」
うつむくルツィノをタエルとタメエモンが励ます。
口下手を自認するゲバはこんな時とっさに口に出すべき言葉を知らない。
――知らないが、知らないなりに口を開いておかねばならぬと思った。
「……違うだろ。俺達は勝ったんだ」
「え……?」
彼女にとって思いがけぬ言葉であったのか、ルツィノは顔を上げてエメラルドの瞳でゲバを見上げる。
「姫嬢ちゃん。あんたも勝ったんだ。戦場で勝った奴ってのはな、生き残った奴のことを言うんだ」
「それがオークの価値観?」
「いいや……俺が勝手にそう思ってるだけだ」
何故だか気まずそうに口ごもるオークの男に、少女は花のように可憐な微笑みを向けた。
「それなら。その考え方、私にも受け入れられるわ」
*
「ううん、どうやっても取れそうにありませんね」
屈めていた身をお越したタエルが、ため息をつき女神像の台座を腕組みして見下ろす。
台座に嵌まったゲバの宝石は、やはりどうやっても取れなかった。
トリモチやら針金、油など考えうる一通りの手段は全てが徒労に終わったのである。
「……厄日だな、どうも」
「この石、大切なものなのか?」
「そこまでの謂れはないけどよ。何年か前に森で拾ってな。お守りにしてたんだ」
「ゲバ。仕方がない……申し訳ありませんが、これはもう“元々こうあるべきものだった”とでも納得しておくしか無いでしょう」
「……そうかもな」
「不満なのはわかりますがね」
「……いや、本当にそうかもな、って思えてきたぜ。この石は
「ねえ、ゲバ?」
言葉とは裏腹に残念そうな顔をしているゲバを見て、ルツィノはひとつの思い付きを実行することにした。
「これ、私の首飾り。貴方にあげるわ。今日のこと、こんなものでしかお礼ができないから」
ルツィノが“こんなもの”と手渡した首飾りは、モア王室御用達の職人が細工を施した特注品だ。
大粒の赤い宝石に、王家のシンボルである鳥翼の意匠が飾られた金のペンダント・トップである。
「……ありがたく貰っとくぜ。ああ、いや、光栄です、って言うんだよな、こういう時」
「貰っとくぜ、で良いわ。あなた、無理して喋るとロクなことにならないみたいだから」
「……へっ、違い無えや」
「あと、もう一つ。これは皆さん三人ともなのだけど……
*
東西南北に走る王都オストリッチの大通り。その中心に建つのがモアの王城である。
ドラゴン討伐の翌日、ギルドラウンジに国王からの使者が遣わされてきた。
タメエモンたち三人は言われるがままに王都の城壁とほぼ同規模の巨大な城門をくぐり、緑の木々に季節の花々が散りばめられた広大な庭園を抜け、天井高い石造りの王宮に入り、ルツィノが羽織っていたマントと同じ臙脂色に金模様が織り込まれた絨毯の上を歩き。
そして、ここガルダ大陸最大の領土を持つモア王国が君主、ロストバド=モア=モミズ=エイヴェス=ジャント四世に謁見の運びとなったのである。
「娘がずいぶん世話になったようだね」
穏やかだが自然と背筋を正される威厳を具えた声で、国王は労いの言葉をかけた。
ルツィノと同じ美しい金髪、佇まいは眉目秀麗で若々しく、年頃の娘がある身でもなお『美青年』と形容して差支えを感じぬほどだ。
「大方のことはルツィノから報告を受けたよ。特にオークの君――ゲバと言ったね?多くの迷惑をかけた上に、多くの事を学ばせてもらった、とか」
昨晩語った自分の素直な気持ちをかいつまんで説明され、ジャント四世の脇に控えたルツィノは恥ずかしそうに目を逸らした。
王は、ゲバの太い首に提げられた見覚えある装飾の首飾りを目に留めつつ一同に問う。
「……念の為に訊くが、くれぐれも間違いは起こしていないだろうね?」
山で一夜を明かしたことも耳に入っているらしい。
国王がゲバたちに向ける目は、王としてと言うよりも父としての色が濃い。
「あの、王様。この面子で間違いが起こると思いますか?」
質問を質問で返すタエル。王は無礼と咎めず一行をひとしきり眺めて、結論づけた。
「いや、ちっとも」
「こいつはオークにしてはその辺りの品は良いんです。デリカシーは無いですけど」
「ああ、ついでにワシらも心配は要らんですぞ。ワシは相撲一筋、こっちのタエルも彫刻の女神にしか興味があり申さん」
「生身の女性には興味がないと言うのかい?」
「……信心ゆえに」
「そうか。それなら安心だと思えるよ」
タメエモンの説明を受けた王の目は口ほどに物を言う。
ジャント四世の娘と同じエメラルドの眼差しは、タエルに「気の毒に」と言葉をかけているようであった。
*
「姫様はずいぶんワシらのことを良く伝えてくれたようだ。国王様、ルツィノ様も姫騎士であろうと奮戦しておりましたぞ」
目上の者向けの改まった口調で、タメエモンがルツィノの武勇を父たる王に語る。姫騎士から受けた借りを返そうという旨である。
「はるか上空を飛び回るドラゴンに喰らいつくこと小半時!姫様の力が及ばねば、今頃ここにこうしては居りますまい」
朗々と弁士をやるタメエモンだが、ふと見たジャント四世の秀麗な
「……タメエモン。ルツィノが力を尽くしたことはよく分かったよ。だけどね」
少々困った顔をして、美しい姫騎士の父親は心情を吐露。
「王とて人間。我が子が可愛い。一人娘ともなれば尚更だよ。ほら、ルツィノはこんなに可愛いだろう?」
「お、お父様!皆まで困った顔してますから!」
「皆もお前が可愛いと思っているからさ……話が逸れたね。姫騎士とあれば、此度のようなこともある。可愛い娘を危険な目に遭わせたくは、ないんだ」
父の心情を改めて聞き、ルツィノは何か言いたげだが言い出せないでいる。
今に至るまで両親の愛情を一身に享けてきた、そう自覚しているだけに、愛すべき父の思いを無下にはできない。
さりとて自身の願いを曲げることもできぬからこそ、少女は煩悶してきたのだ。
少女の煩悶と父の親心が玉座周辺に混沌とした空気を立ち込めさせる。
それを破ったのは、一人の朴訥な
「……その、姫君はもっと強くなります」
「なに?」
「先日の戦い、いや、最初に刃を交えた時からだ。姫君の太刀筋はなかなか見られるものじゃない、です。この若さであれだけ戦えるなんて、俺の故郷の若衆にだってそう居なかった、であります」
板につかない言葉遣いで訥々と訴えるゲバ。
時として拙さは、拙いからこそ話者の心根を雄弁に語るのだ。聞く者が聞けば。そしてモアを統べる君主は、聞き手としてはこの上がない。
「女の子に『強くなる』は褒め言葉としては、どうかと思うよ」
微笑み混じりに返す王に、ゲバは必至に言葉を紡ぐ。
「いち戦士としてしかモノを見られん自分です。だからこそ“金のタマゴ”が孵らんというのは、勿体無く思います」
しかと意志こもる不細工な三白眼。
属性にして正反対ともいえる眉目秀麗な国王は、いち
「弱ったな。他でもない“
「お父様、それって……」
「ルツィノ。お前が姫騎士をやることを認めなくてはならないようだ。最後の確認だよ。覚悟はいいね?」
「――はい!謹んで王命を賜ります!」
「ゲバ、私も君達のことを私も気に入ってしまったよ。ほら、娘と私は似ているだろう?」
「良き親子ですな。見ているワシらも心が温まる」
「ふふ、君達は見ていると温まるどころか蒸し暑さを感じるけれどね」
「モアは暖かいですからなあ!」
ガハハと笑うタメエモン。つられて王とルツィノも笑い、ゲバとタエルも付き合いで苦笑い。
「さて。こういう時、お三方のいずれかを是非婿に――とでも言うところだろうが、それは言わないからね。絶対に」
「でしょうね」
「絶対にだよ」
「ですよね」
念を押す王は、最後にゲバに目を向ける。
「ゲバよ。君は優秀な戦士だ。我が王国は能力と人柄に優れる者を重用する。君さえ良ければ、我が王国軍の力となってくれぬか
故郷を喪い旅を始めたばかりのゲバに、唐突なほど首尾よい話が転がり込んだ。
だが、ゲバは一瞬だけ思案した後、首を横に振り。
「――俺みたいな
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