その2 不器用なよそ者
夕暮れ時の冒険者ギルドラウンジは、いつもに増して賑わっていた。
冒険者同士が酌み交わし談話するラウンジスペースには人がごった返し、多くの者は既に酒を入れているようで必要以上に声が大きい。
そこへ誰かが入ってきたとしても、気に留めるのは受付を仕事とするギルド職員だけである。
「ようこそ冒険者ギルド・王都オストリッチ支部へ。初めての方ですねー?」
20代前半と思しき女性職員が、スイングドアを無造作に押し開け入ってきた男に愛想よく応対。
何気ない挨拶であったが、彼女はこのラウンジに出入りする者の顔をすべて把握していて、男が“よそ者”であることを瞬時に見抜いた。
「飯屋ある?」
男が、カウンターに掛けた受付嬢を頭上から見下ろして尋ねる。彼の身の丈は3メートルに達しようかという大男だ。
上下を黒くつややかな革の服でかため、胸元からは赤銅の逞しい素肌がのぞく。
赤い肌にダークブラウンのドレッドヘアを襟足まで伸ばした――“少年”だ。顔立ちは未だあどけなさも微かに残る少年の相であった。
「あちらが食堂になります」
受付嬢の案内した方へ黙して歩いていく大男の背が、冒険者達の中へ溶け込んでいく。
大国の王都、それも冒険者ギルドにあっては、集う者の外見はおろか種族にいたるまでてんでバラバラである。
赤銅の肌の偉丈夫――受付嬢の見立てでは、おそらくハーフオーガといったところだろう――など、なんら珍しい存在ではなかった。
*
「早くできるやつ」
「日替わりスパゲティでいいかい」
「いい」
注文を受けた店主は、茹で置きの麺を手早くソースと炒め合わせながら
「やかましいだろ。いつもはもうちょっとマシなんだけどさ、今日は特別でね。忙しいのなんのって」
店主の中年男は、叫び声と聞き間違うような笑い声や歓声が響くテーブル席の人垣に苦笑する。
挨拶代わりのぼやきに対し、当の男は特に何の反応も返さない。
ただ、目線だけは店主の方を向いている。無視しているつもりは無いようだ。
「お客さん、初めてだな。良かったら名前、聞かせてくれないか」
「名前?」
「他意はないよ。客と話すのが趣味みたいな所があるんだ」
男は再び沈黙。妙な間ができ、店主が何か切り出そうかという所でようやく口を開いた。
「キハヤ」
「へ?」
「名前」
「あ、ああ!そうか、おたくキハヤって言うんだな。そうかそうか。ようこそキハヤ、オストリッチへ」
キハヤと名乗った赤銅の肌の少年偉丈夫の前に、歓迎の言葉と共に少々多めに盛り付けられた麺料理が供される。
するとキハヤは、視線をやや下に落としてじっと何かを凝視し始めた。
「どうしたんだい。食わないのか?」
「この棒、なに」
人差し指の尖った爪でキハヤが指したのは、カウンターに立てられた箸の束であった。
「箸、見たこと無いのかい。東の方の連中はコレ使って食うから置いてるのさ」
掴み所のない少年がようやく興味を示したとあって、店主は嬉々として箸の使い方を説明。
キハヤはぎこちない手つきで束になった木の棒を二本手に取り、見よう見まねで構えてみる。
だが右手に持った箸は先どころか腕全体が小刻みに震えている。
「難しい」
「ハハハ、頑張るねえ」
震える箸先がようやく麺の箸に到達。
キハヤは店主に教わった通りに箸先を操作しようとして――箸は手元から吹っ飛んで食堂の天井に突き立った。
「難しい」
訴えるような目でキハヤが店主を見る。
「ええと……これなら使えるかい?」
こくりと頷くキハヤに、店主は黙ってフォークを手渡した。
*
口元をソースで汚しながら食事を取るキハヤの耳に、喧騒の一部が漏れ聞こえてくる。
「あそこの連中、姫騎士ルツィノのお気に入りだとよ」
「ドラゴン討伐に
「
『
「オークが、
「お、気になるかい?」
店主はキハヤが興味を持つポイントを見つけるのが楽しくなってきた。
ハーフオーガの少年が頷くのを確認し、張り切って解説を始める。
この国の姫騎士と共にドラゴン討伐の依頼を受けたよそ者連中は
ドラゴンを討伐した姫騎士は明日、正式に叙任を受け騎士団長を授けられること。
店主は、依頼斡旋部署の同僚が話していた内容をそっくりそのまま語って聞かせた。
「――でな、この国の騎士団長は
それは先日タメエモン達が王より直々に知らされた事実であるが、別段隠されたことではない。
王都では毎年の祭りの折、騎士団長を衆目に披露しているのだ。
「
話を聞くキハヤの反応から、このハーフオーガの少年は
「
「そうか」
キハヤの態度は、店主にとっては期待はずれのそっけないものだ。
わざとらしく声をひそめた店主の話は空振りに終わったかに思えた。
店主がうぅむ、と唸り思案を始めようとした矢先、キハヤが握っていたフォークが真上へ吹っ飛んだ。
先ほど突き立った箸のちょうど隣に突き刺さったフォークは、天井の板目に食い込んで落ちてくる気配がない。
唖然としてカウンター向こうのキハヤに目をやれば、彼も同様に呆然と天井を眺めていた。
「手元が狂った」
キハヤは呟くように言って、右手を差し出してくる。新しいフォークをくれのサインである。
「……不器用だねえ、おたく」
店主の呆れ声は、黙々とスパゲティを咀嚼するキハヤの頭上を虚しく通り過ぎていくばかりであった。
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