その2 不死身のラムダ

 タメエモン達は闘技場の地下にある奴隷市場へ。

 似顔絵を頼りに、並べられた男奴隷を見て回るがそれらしい者は見当たらなかった。


「おたくら、さっきから中年オッサンばかり見て回ってるね」


 巨漢三人が連れ立っているのはよほど目立つようで、興味を持った商人が話しかけてきた。


「他には特に用がないからな」

「ふぅん。もしかして、そういうシュミ?実は俺も」

「人探しです」

「……なんだ、そっちかい。見つかったのかい?」

「くまなく見て回ったが、それらしい男は居なかったな」

「それなら、まだ”控え室“かもよ。売り出す前だったり、ここで直接使う連中は、もう一つ地下したに囲われてんの」

「……まだ下があんのか。あのオヤジが“飛んで”から日が浅い。居るとしたらそっちか」

「よし、”控え室“とやらへ行ってみよう。通りすがりに良いことを聞けた。かたじけない」

「なに、良いってことよ。こっちも目の保養をさせてもらったしね」


 そう言って商人の男は唇を舐める。

 彼の視線は、タメエモンやゲバの胸板や尻に注がれていた。



「ん……その紋章バッジは」

「シヤモ国傘下、タンニの使いでタメエモンと申す。ここが新入り奴隷の控え室と聞いて参った」


 タメエモンが着けてきた襟元の金バッジを見るや、奴隷市場の管理役は身構えた。


 シヤモの騎士がプシタの実利主義を警戒するように、プシタの商人たちも利益損得を勘定に入れないシヤモの任侠をはかりかねているのだ。


 ゆえに、対応も慎重になる。下手を打てば明日にも騎士達が大挙して殴り込んでくるかもしれない――偏見混じりの認識ゆえだがあながち間違ってもいなかった。


「……檻つきが新入り房、扉の部屋ばウチの囲い房だ。何かあれば、俺に言ってくれ」


 鉄格子の中扉から錠前が外され、回廊に通される。

 円の外周が扉で、内側は等間隔に鉄格子。中には無造作に押し込められた人間たちだ。一応、男女の別はつけられているらしい。


「女奴隷の価値が下がらないようにだよ。中には生娘も居る。勝手に手ぇつけられちゃかなわんからな」


 淡々と言い放つ管理人の口ぶりにタエルは密かに眉をひそめた。

 眉間のシワをごまかすように、出来るだけ遠く――回廊の向こうを見やる。

 すると、上階ちじょうに続く階段を降りてくる人影が見えた。


「……さっきの変な槍使いか」


 遠目にもよく判る褐色の肌と真っ白い髪は、こちらに近づいてくる。

 地下二階の薄暗さのせいで見えなかった女の体が、近づくにつれ仔細明かになり――三人はぎょっとした。


 目の前にまで近づいた女剣奴は、満身創痍であった。

 半裸同然の装束はあちこちが切り裂かれ、深い創傷からは赤い血が流れ出している。


「あ、あなた、大丈夫ですか!?」


 僧侶であるタエルが思わず声をかけると、重傷を負った女はいま気がついたとばかりに一瞥。


「三十人組手の直後に熊蜥蜴ファラミーヌと一騎討ちをやって生きてるとはな。おい、明日も同じ時刻からだ。よく休んでおけ」


 女が無表情に頷くのを見て、管理人の男はフン、と鼻をならして持ち場へ戻っていった。


「おい、早く手当てせねば」


 重傷の女は何も答えない。


 タメエモンが言葉を次ごうとしたとき、女の褐色の肩口に深く刻まれた傷が見る間に塞がった。

 男三人は唖然、次々と塞がり癒えていく傷を見届けるが、その視界の端で緑色の蛍光が発せられているのに気付く。


「……あなた、まさか身体に天資シングが埋め込まれているのですか?」


 タエルの指差す女の胸元では、鈍色の六角形が皮膚に直接食い込んでいた。

 亀甲模様に彫られた溝が蛍光色に明滅発光する度に、出血は止まり創傷は癒えていっているようだ。


「……そいつが不死身のってことか」


 女は無言、無表情。


 ただ、紫色の瞳で三人を見据える。


「黙っているばかりだのお。なまじ不死身ゆえ、心が折られてしまっとるのか?」


 物言わぬ女剣奴にタメエモンが目を合わせる。


――力士は立ち合いの際、対手に目を合わせ気を合わせ、互いの気迫を同時に頂点まで高める。

 そこにあるのは、言語を超えた阿吽の伝心である。


「そうではないだろう?そのぎらついたまなこは土俵際で踏ん張る者の眼だ」


「……があるから逃げられない。死からも、奴らからも」


 ようやく口を開いたかと思えば、女は帷子のもろ肌を脱いで僅かに隠れていた褐色の柔肌を男たちの目に晒した。


 タメエモンたち三人は驚きに息を呑んだ。

 胸元の天資シングから伸び伸びた縄のようなものが、発光する溝と同じく亀甲模様に女のからだ中を這い巡り戒めていたからである。


「逆らえば痛みと同時に自由を奪われる。私はもう、逃げられない」


 彼女を縛る『縄』が、天資シング由来のものなのは見るに明らかだ。

 この奴隷を縛り付けるものは、まさしく人智を超えた絶対力なのであろう。


 力士タメエモンは、そこまで理解した上で。


「それでも、ぎらついているのお」


 やはり、全身を亀甲に戒められた女からは諦めぬ意思を感じたのだ。


「ワシはタメエモンと言う。ここの元締めと話をつけに来た者だ」


「――ラムダ」


 紫色の瞳で目の前の巨漢をしかと捉え、不死身の女剣奴は名乗った。


「ラムダか。覚えておこう。ああ、覚えておくとも」




「“あれ”は何ですか」


 回廊を巡視していた管理役は、浴びせられた質問の意味に一拍の間を置いて思い至った。


「反抗的な奴隷に取り付けるのさ。言う事を聞くようになるし、前よりもになる」


 言って、鍵束と一緒に腰に提げたポーチから亀甲型の天資シングを取り出し、顎をしゃくってみせる。

 鉄格子に押し込められた奴隷たちの中、屈強な体格の男が一人。彼の首筋にも“亀甲”が埋められ蛍光を放っていた。


「奴隷商にうってつけの便利な天資モノだろう。他じゃこんなの持ってないからな」

「……ああ。羨ましすぎてヘドが出そうだぜ」

「もっとも、つけた所で死んじまう事も多いがな」


 顔をしかめるタエルをゲバが肘で小突く。

 二人の前に立つタメエモンは、既に平生の顔色ポーカーフェイスで懐から人相書きを取り出す。


「こういう男がここに居ないか」

「ああ、三日前にこんなのが来たな。このショボくれた感じ、そっくりだ」

「こいつはウチの国のでな。返してもらえんか」

「ここに居る連中は既に奴隷島の商品だ。こちらも金をかけてんだ。引き取るというなら、代金を払ってもらう」

「……金払えば文句無ェってんだな」


 という言葉の裏に如何なる手段が並ぶのかを想像しつつ、後ろからゲバが口を挟む。

 だが、管理役の男は首を横に振った。


「明日の闘技場でメンイベントに使う。大掛かりな“模擬戦争”でな、今更エキストラに穴を開けられん。買い取りはその後だ」

「その模擬戦争とやらは、どういう出し物なんだよ」

「この島にまつわる大戦おおいくさを再現するんだ。伝説の輝機神ルマイナシングが海を支配するを蹴散らすって筋書きさ」

「……要するに、のエキストラに奴隷を使うってワケか」


 そうだ、と頷く管理役だが、ゲバはふと気になって闘技の仔細を問う。


輝機神ルマイナシングどうすんだよ。山車だしでも見立てて使うのか?」

「そこが見所なのだ。輝機神ルマイナシングは本物を使う」


 自慢げに言い放たれ、ゲバとタエルは絶句。


輝機神ルマイナシングを持っているのか」

「ああ。この世を動かすのは金。金さえあれば、何でも手に入るって事だ」

「それじゃあ、あの闘技場で本物の輝機神ルマイナシングを人間相手に暴れさせるって事ですか!?」

「その通りだ。闘技場の名物興行だぞ」

「……ンなもん、参加した奴隷やつらは絶対死ぬじゃねえか」

「絶対じゃあない。九分九厘は死ぬが、運が良ければ生き残れる」


 三人の矢継ぎ早な質問に答えながら、奴隷商はガシャリ、と腰のポーチに手を突っ込んだ。


「あの男をこちらに渡さんと言っているようなものではないか!」


 興奮を抑えきれず、太い声を回廊に響き渡らせるタメエモン。

 巨漢三人を前にして、管理役は動ずることなし。亀甲型天資シングを片手で弄びながら、タメエモンを見上げ。


「そんな事は言っていない。ここは奴隷島クルールで、これは奴隷島ウチやりかたなんだ……そこんとこ、もお分かりでしょう?」


 わざわざ国名で読んだ謂いは、タメエモンたちが強硬手段に出ることに対する牽制だ。


 シヤモの騎士にんきょう道とプシタの拝金主義にも交わる点がひとつある。“面子めんつ”だ。

 よそ者に好き放題やられて黙っているようでは、彼らの商いは成り立たない。


 己が利益を害されるとあらば必ず応報する。それが、プシタの商人であった。


「タメエモン、早まってはいけませんよ」

「うむぅ。親方に迷惑はかけられんしな。困ったことだのお」


 歯噛みするタメエモンの傍ら。思案していたゲバが考えをまとめ終え、三白眼を光らせた。


「……なあ、よ。その演目、ちょいと筋書き変えてみねえか?」

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