その8 そして風物詩へ

 ミンゴ村の広場は年に一度あるかどうかという賑わいを見せていた。

 中心には、熊蜥蜴ファラミーヌの肉と村人達が持ち寄ったキノコに香草、野菜を加えた大鍋がぐつぐつと煮えている。


 この日訪れた突然の客人達は、善き者と悪しき者との別あれど、一様に大きな者達であった。

 奇妙な巡り会わせは凶事も呼んだが、今は救いの主たる移動神殿の前で宴を催すに至っている。


 なお、一時は輝機神ルマイナシングスクナライデンとなった移動神殿は、戦闘後にタメエモンを排出するとたちまち元通りの形状に組み換わった。


「馳走になった」


 喧騒の輪から一歩離れた場所で、ゲバは空になった器を置いて立ち上がった。


「もう行くのか。夜明けまではずいぶん時間があるぞ」

「俺も魔者マーラだ。夜闇は俺達の時間だよ」


 ごわごわとしたローブをまとってズタ袋の荷を肩に担ぐゲバの背中を、タメエモンは引き止めるでもなく眺める。


「縁があればまた会おう」

「……お互い、くたばってなけりゃな」


 帰る故郷いえなきオーク・ゲバが夜の闇に消えるのを見届けてから、タメエモンは人びとの輪の中へ戻った。



「ほら、できましたよ」

「すげえ!スクナライデンだーっ!」


 タエルが手渡した木彫りの像を受け取り、ナモミがはしゃぐ。

 薪用の端材が、タエルの小刀ひとつで昼間に大立ち回りを演じた輝機神ルマイナシングの像に生まれ変わっていた。


 手にした木彫りのスクナライデンを掲げて子犬のように走り回るナモミ少年。

 放っておけば一晩中こうしていそうだ。


「浮かれすぎだって、ナモミ。ったくよお」

「トハギ君。ほら、君の分もありますよ」

「え……あ、ありがと!えへへ」


 背伸びをやめて笑顔になったトハギ少年は、受け取った木彫り像おもちゃを小脇に抱えて友人のもとへ駆けていく。

 くるくると走り回る二人の少年を見守り、タエルは合掌して微笑んだ。



 翌朝。村を発つタメエモンとタエルを、多くの村人が見送りに立った。


「お二方、またいつでもお立ち寄りくだされ」

「今度はカエル抜きでな!」

「ほらナモミ、泣くなよ。ちゃんと手ぇ振ろうぜ」

「うん……うん」


「村のも、元気でな!今度来た時はまた相撲をやろう!」


 大きく分厚い手のひらを朝日に掲げてから、大きな柱を担いだ力士・タメエモンが歩き出す。


「女神ルアのご加護が、皆様にあらんことを」


 牽引用のロープを懸けられた神殿の土台が地面から三十センチほど浮かび上がる。

 女神に仕える筋肉僧侶・タエルはロープを牽き、力士のあとに続いた。


 かくして三人の男は皆、村を発ち。残されたのは大きな鍋、木彫りの神像、そして相撲の思い出だ。



 その後、村では毎年この日に祭りが開かれるようになった。

 昼間は村広場で男たちが力比べで競い、夜になれば旅の力士が伝えた『ちゃんこ鍋』なる料理を大鍋にこしらえ、村人達で囲むのだ。


 鍋のレシピは時と共に村独自の形にアレンジが加えられ、名称も現地人に親しみのある発音に変化していった。


――これが、今日こんにちモア王国南西部の片田舎ミンゴ村で名物として供される『魔者マーラチンコ煮』発祥の言われである。

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