その6 鬼虎退魔陣
大羅仙アサヒが召喚した
筋骨漲る金剛力士のような体躯は、白色の岩石のような質感だ。
肩や腰を覆う鎧も純白だが、縁が黄色と橙色に染められている。
アサヒは胸部中央で輝く宝珠に吸い込まれ、内部に設けられた蓮華座に
「久し振りに暴れよう、ビャクライ」
ビャクライが右の拳に左掌を重ね、骨を鳴らすような動作をとる。
黄金色に煌く双眸が見据えるのは、キハヤトゥーマを取り囲むゴーレム群。
おもむろな佇まいから一転、ビャクライは足元の岩肌に右手の爪を勢いよく突き立てた!
「
地面を切り裂き五本の溝が奔る。ゴーレムどもの足元に奔る!
刻まれたレールに、青白い閃光が走る。ゴーレムどもを焼く電撃が走る!
電爪五閃。直撃したゴーレムが数体、黒ずんだ
キハヤトゥーマは跳躍、崩れた包囲網から脱出しビャクライの隣に着地した。
「お前も
「
「競争?」
「どっちがこいつらを沢山倒せるか」
「――やろう」
キハヤトゥーマ、鬼の
鬼面に変じたハーフオーガは、笑っているらしかった。
かくして黒鬼、白虎は左右二手に。
*
左翼のキハヤトゥーマに手近な五体のゴーレムが迫る。地盤を揺らし駆ける巨体が、石柱の片腕を振り上げ次々と打ち下ろす。
鬼は左右に
宙を切った巨腕が一つ、二つ、三つ……五つと地面に叩きつけられたところで、黒鬼は既に一体のゴーレムに肉迫していた。
鬼輝機神キハヤトゥーマの体躯が捻り矯められる。
「シュ!」
その場で黒い旋風が真円を描き。
獄速の蹴りがゴーレムの胴を両断した。
腰から上半身が転げ落ちる。その向こうで、残った4体の岩巨人が愚直に突進してくる。
キハヤトゥーマの迅脚が地を蹴った。
漆黒の装甲に包まれた鬼の
先の蹴りが旋風なら、今度の蹴りは突風だ。
凄まじい破壊力を秘めた胴回し蹴りは、列に並んで突っ込んできたゴーレム四体をまとめて粉砕!
続いて、奥に控えたゴーレムに踏み込むと、岩巨人は両腕で頭部をかばうようにして身構える。
群体集合の
「今更クソみてぇな守りしやがって!
蹴り抜きの勢いそのままに、鬼は跳ぶ。十の眼が
ゴーレムの脳天にキハヤトゥーマの左足がめり込む。
巨大な岩の頭を踏み台にして、黒鬼は跳躍!
別のゴーレムの脳天にキハヤトゥーマの右脚がめり込む。
巨大な岩の頭を踏み台にして、黒鬼は更に跳躍!
跳躍、粉砕、跳躍、粉砕――キハヤトゥーマが宙を駆けるたび、ゴーレムが崩れ落ちる。
さながら飛び石を渡るように。群れる岩石巨人の頭を次々と踏み砕く黒蹴鬼は、最後に残った一体の頭部を両脚で挟み込んだ。
「オラァーッ!」
気合と共に空中で全身を後方に反らす。
神速の蹴りや連続跳躍をやってのける20メートルの巨鬼。
その体躯が具えるすべての
足先でゴーレムの頭部をがっちりとホールドしたまま、キハヤトゥーマは後方心身宙返りの体勢。
フランケンシュタイナーである!
一瞬にして天地をひっくり返されたゴーレムは、一切の受け身も許されず岩肌の
*
ビャクライは鋭い爪を貫き手に揃え、ひたりと構える。
右翼のゴーレム群とビャクライとの距離、歩数にして十二ほど。
白虎獣人が右の足を音も無く滑らせると――先頭のゴーレムの喉笛に手刀を突き立てていた。
貌のない巨人共は一瞬うろたえた素振りをみせるが、すぐに群体判断でビャクライを包囲。
ゴーレム達が岩腕を縦横に振るい、突いてくる。
拳の奇跡が網目のように獣人を捕らえ、叩き潰さんと迫る!
取り囲みゴーレム達が、一連の袋叩き動作を終えた。
突ッ立つ彼らの巨体に阻まれ、外側からはビャクライの姿を確認することができない。
そして、棒立ちになったゴーレム達の関節が次々と離れ、岩で形作られた胴体が分解していく。
後にただ一人立っていたのは、一本貫き手の指先に紫電を纏わせたビャクライである。
「
ゴーレムの岩石体を繋ぎ合せていたスライムを、
瞬く間に十を超えるゴーレムを土塊に還し。
ビャクライの内部で
「彼の戦い方は派手だねえ」
ちょうど、キハヤトゥーマがゴーレム相手にフランケンシュタイナーを決めたところを見て、アサヒは「おぉー」と歓声をあげる。
「よし、あれやってみよう、ビャクライ」
アサヒの飄々とした呼びかけに応え、ビャクライの双眸が赤く輝く。
唸り声こそ上げないものの、虎面の牙を剥き、闘志を燃やしている。
生き残りのゴーレムが一体、ビャクライに突進してきた。巨獣人は腰を落として両脚に力を矯め、跳躍。
岩石巨人の首にビャクライの両脚が絡みつく。
キハヤトゥーマは対手と向かい合う格好であったが、ビャクライは肩車に似た体勢である。
ゴーレムの頭上に胡坐をかいているようにも見える状態だ。岩の巨人はビャクライを引き剥がそうともがくが、虎人の足の爪は頭部にしっかりと食い込んでいる。
獣人ぴたりと静止する様、
然る後、極めたゴーレムの頭部を中心に、ビャクライの坐身がぐるりと一回転!
胴体から捻じ切れたところで、ようやくゴーレム頭部は解放され。
ビャクライは岩石の巨体から飛び降り、20メートル弱の巨体を音も無く着地させた。
――息つく間もなく、地面が沸き立つ。
大地の
だが、振り出しに戻された戦場を前にしても、大羅仙アサヒは一向に動じない。
「ビャクライ。やっぱりコイツら、根こそぎにするしか無いや」
言って、結跏趺坐を解いたアサヒはコクピットの蓮華に立つ。
するとコクピットの床と壁から透明な結晶が螺旋状に伸び来たり、アサヒの四肢を固定――接続。
輝機神ビャクライと大羅仙アサヒは一体化したのだ!
「冥土の土産だ。その魂に焼き付けろ!」
――臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前――
アサヒの動きそのままに、ビャクライの両手が九つの印を結ぶ。
そして、激震。
震えるのは大地ではない。
空間そのものが、渦巻き、うねり、廻り始めた!
「見よ! 地獄の鬼も震え慄く、黄金の牙――
ビャクライが見据える正面の空間が、歪む。
「なんだ!? ビャクライの周りが、何やらおかしいぞ!」
「熱で景色が歪んで……いや、そんな生易しいものじゃありませんね! あれは、世界そのものを歪めているかのような……!」
<<ビャクライの前方空間が急速に歪曲しています。高度な空間制御を実行していると推測します>>
そうとも、これはアサヒが念じ支配した空間だ! あらゆるものを破壊する、巨大な螺旋の刃だ!
触れた光すら消し飛ばす故に、暗黒の楔とも形容できる螺旋空間。
目の当たりにしてもなお、思惟すらあたわぬ光景である。タメエモンも、タエルも――更にはキハヤも、息を呑んだ。
三人の男達だけではない。クァズーレにあっては“超常”の代名詞たる
<<
見守る者達の疑問に答える代わり、白き獣人が両手を突き出す。
破と滅を導くドリルが前進し、切っ先を向けた者どもを慈悲なき虚空の彼方へと連れ去ってゆく。
圧倒的な螺旋の
「はい、ボクの勝ちー」
構えを解き、キハヤトゥーマに向き直るや、ビャクライがとった動作はVサイン。
限界まで張り詰めていた緊張の糸を唐突に切られ、キハヤは思わず腰砕け。
「……ズルい」
やっとの思いで、抗議の一言を搾り出した。
*
「ルアちゃん、これ持っていって」
バイフも北端に差し掛かった所で、アサヒは餞別を差し出した。
ミケ寺院にてルアに着せていたミニスカチャイナ服と、一本のペンダントである。
二重螺旋を環にしたペンダント・トップに、細いチェーンが通っている。
全体が透明かつ銀色の不思議な色合いをした“物質”――『
単なる装飾品でないことは、誰の目にも明らかだ。
「これは――
「そ。ビャクライの“
言いながら、アサヒはルアの首にペンダントをかける。
「似合う似合う。
「あの、それは……えっと、はい。ありがとうございます!」
頬を染めて答えるルアの後ろで、よからぬ想像をしたタエルが鼻血を出力しているが一同無視。
人界の境を守る大羅仙の言葉に耳を傾ける。
「確かに託したからね。どう使うかは君たち次第さ。ボクの役目は門番。通るべき者を見極め、然りと見たなら往く術を与える」
突然、辺りに霧が立ち込め始めた。
白霧はアサヒの身体を塗りつぶし、塗りつぶし、やがて真っ白になった視界に中性中庸な声だけが響き。
「往ってらっしゃい。帰りにまた、土産話を聞かせてよ」
山谷に吹く風が濃霧を払う。
アサヒの姿は、既に何処とも知れず消え失せていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます