第二十七戦 VS無心

 草原を踏みしめる一定間隔いっていかんかくの靴音がこちらに近づいてくる。見れば、上半身裸の筋肉質きんにくしつな男がこちらに向けて全力ぜんりょく疾走しっそうしていた。


 むかえ撃つために、前蹴りを放つ。相手は紙一重かみひとえでかわすと、拳を放ってきた。これを腕で防ぎ、お返しにこちらも拳を叩き込もうとしたが、間合いを取られてしまった。


「速いな……」

「オレの能力は『何も考えずに行動できる能力』だからなぁ! 考える手間てまはぶける分、考えている奴らよりも速く動けるのさぁ!」


 そういって、再び攻撃を開始する。俺の拳をさばくと同時にひじを叩き込んできた。間合いを取ろうとした瞬間に足の甲を踏みつけられてバランスを崩され、頭突きを顔面にらった。

 ひるまずに顔面を殴り返したが、腰の入っていない拳では大したダメージにもならず、逆に腰の入った拳で殴り返された。


 おそらく、俺と相手の実力は互角ごかく。ただ、何も考えていない分だけ、相手の攻撃速度が俺の一歩先を行っている。

 こちらも何も考えずにいくか? ――逆だ。相手が考えない分も俺が考えろ。同じ実力の持ち主と戦うのは、これが初めてじゃない。あの『シーンをスキップする能力』者も、俺と同じ実力の持ち主だった。


 あいつも、この相手と同じような戦法せんぽうをとってきた。こいつほど何も考えていないわけじゃないが、とにかく感覚で動いていた。あいつの攻撃速度に負けないように、俺も感覚任かんかくまかせで戦った結果が、あれだ。あんなの、偶然勝利できたようなものだ。どっちが勝ってもおかしくない戦いだった。それを、もう一度繰り返すつもりなのか。

 いいや、違う。もう、相手のペースに合わせるのはやめる。俺は、俺の戦い方を貫き通す。


 視線を読み取れ。呼吸を合わせろ。相手を観察し続けろ。先の先の先へ。決着を思い描け。

 相手の攻撃をもらうことは、何も損失そんしつばかりだけではない。重心の場所。込められた力の配分。間合いの取り方。タイミング。攻撃の全てが情報源となる。相手の情報が俺の脳内に蓄積ちくせきされていく。


 『シーンをスキップする能力』者を思い出せ。あのフィニッシュブローを思い出せ。つちかった経験を総動員しろ。目の前の相手と、俺の動きを合わせるんだ。


 89%――95%――98%――100%!! ここ一番のカウンターブローを、相手の顔面に叩き込め!!


「ァアアアアアアアアアッ!!」「ォオオオオオオオオオッ!!」


 互いの拳が、同時に互いの顔に向かって飛んでいく。相手の左腕と自分の右腕が交差する。俺の拳は、頬をとらえている。相手の拳は、わずかに外れていた。

 『シーンをスキップする能力』者に、偶然叩き込んだクロスカウンターを、意図いとてきに叩き込むことに成功した。

 俺はあいつを、相手を、今までの俺を超えたんだ。


 意識を手放した相手は、地面に発現はつげんした渦潮うずしおに飲み込まれて沈んでいった。荒い呼吸を整えながら、前髪をき上げる。


「何も考えずに勝てるなら、苦労しねえよ」


第二十七戦 勝利

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