第二十九戦 VSクロロホルムと気配消去
「ほら、終わったよ」
「……ありがとよ」
「ふふん、どういたしまして♪」
病院の一室。どこからか持ってきた医療セットで白衣の少女は俺の治療を終えると、椅子から立ち上がった。
「情報を
ペラペラと、
こいつは『相手が自分の能力をペラペラとしゃべりだす能力』によるものではなく、ただの話し好きだろう。
「そういえば、キミの名前を
「ナナシとでも呼べ」
「ふぅん。もしかして、名前がないのかい?」
「……よくわかったな」
「ふふん、これでもボクはIQ180の超天才児だからね!」
「ありがちだな」
「うるさいな! それは漫画やライトノベルの話だろう!? ボクの存在は現実だぞ!
「わかったよ、すまなかった。敬うから」
「ふふん、わかればいいのさ」
ペースが狂わされる。戦闘以外で、ここまで人と話したのは初めてだからだろうか。
「どうして
「その方が特徴的で
「……まあ」
「あははっ、正直だね!」
「白衣は能力に合わせた支給物か?」
「私物だよ。ほら、制服の上に白衣を着ていると頭が良さそうに見えるだろう?」
「……本当に頭がいいのなら、そういう外見アピールは必要ないと思うぞ」
「よく言われるね。でもね、こういったアピールの積み重ねが大事なんだ。
「世界じゃないのか」
「まだボクは十七歳の女の子だからね。近寄りがたい存在になるのは、悪い天才だ。ボクは
「それキャラづくりだったのか……」
「当たり前だよ。こんな変人が現実にいてたまるか。ボクを何だと思っているんだ」
ぷんぷんと、頬を膨らませて怒ってくる。顔が近い。心臓の鼓動が高まってくる。
初めてだった。人の名前を知りたいと思ったのは。人の名前を訊こうと思ったのは。
初めてのことだから、緊張した。心臓の音が目の前の少女に聞こえるんじゃないかと思うくらい、高鳴っていた。
落ち着け。落ち着け。落ち着け。慌てたときは深呼吸だ。胸に手を当て、いつものように空気を吸い込もうとした。
いつの間にか、鼻と口にハンカチが当てられていることにも気づかずに。
「もがっ――!?」
薬の匂いが鼻をつく。背後で、少女の
「ごめんね。これはバトルロワイアルなんだ」
「――――!」
「きゃっ!」
椅子を引き倒して、少女の腕を強引にふりほどく。何が起きたのかはわかっているから、すぐに対応出来た。だが少し薬を吸ってしまった。俺の脳が活動を休止していく。何も考えられなくなってくる。
「よかったよかった。薬は効いているみたいだね。じゃあボクは、念のため離れたところからキミの敗退を見届けることにするよ」
そういって、白衣の少女は引き戸を開けて部屋を出て行った。
「ま…………て…………」
間に合え、間に合え、間に合え。
力尽きて、
意識は
◇◇◇
ナナシの動きが完全に止まる。引き戸の
「抵抗されたから少し驚いたけど、
誰に言うでもなくそう言ったあと、引き戸を開けようとして、固まった。
ナナシが、動き出していた。ゆっくりと、ゆっくりと、立ち上がっていく。ふらふらと、
「ね、
わずか三秒。目を開いた白衣の少女はどこかへ向けて話し出した。
「おい
『だって能力で動いてるし』
「くっ……! やっぱりそうか……!」
だっ、と少女はすぐさま逃げ出した。廊下の突き当たりまで行くと、階段を駆けあがっていく。
(『気配を消す能力』によってボクの足音も匂いもしないはず。なのに
リノリウムの廊下に両手と両膝をついた。肩で大きく呼吸を繰りかえす。
「もう、限界だ……。ボクはインドア派なんだ……。全力疾走なんてしたら、一分も持つわけないじゃないか……」
顔を上げ、どこからか見ているだろう主催者に伝えた。
「主催者。ボクは降参するぞ」
『ダメ』
「は?」
『降参させたら私が殴られる』
「……なっ、ふ、ふざけ」
ごっ、と背後で
「ひっ」
お尻を引きずりながら、両手を使って廊下をずるずると下がっていく。どん、と背中に衝撃が伝わった。後ろを振り返ると、廊下の突き当たりの壁だった。少女は
「IQ180の超天才児であるボクの頭脳なら、この場を乗りきる
ナナシの顔を見上げる。半笑いと半泣きの表情で
「眠っている相手に……交渉なんてできるわけないじゃないかぁ……!」
少女は泣きながら、いや、いや、と繰り返し
非情にも放たれた、
◇◇◇
目が覚める。真っ白な
『
「能力は……発動したみたいだな」
『そうだね。まさか、君の能力にあんな使い道があるとは思わなかったよ』
くすくす、とベッドに
『君は自分を殴る前に『男女を平等に殴れる能力』を発動した。〝男も女も同じ威力で殴れる〟という意味ではなく〝男を殴ったあと女も殴る〟という意味合いでね。威力の面ではなく、回数に
「……眠らされた俺は、退場にならないのか?」
『そこは私の
帽子をかぶり直して、ひらひらと手を振ると、銀髪女は扉を閉めて去っていった。
個室のベッドで俺は、白衣の少女が巻いてくれた包帯に触れながらしばらく天井を見つめていた。
第二十九戦 勝利
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