第二十九戦 VSクロロホルムと気配消去

「ほら、終わったよ」

「……ありがとよ」

「ふふん、どういたしまして♪」


 病院の一室。どこからか持ってきた医療セットで白衣の少女は俺の治療を終えると、椅子から立ち上がった。


「情報をせいする者は戦いを制す。ボクは常に勝利特典で情報をもらってきたんだ。この『クロロホルムで眠らせる能力』は怪我けがを負わずに勝利できるからね。ちなみに二つ目の能力は『気配を消す能力』だよ。クロロホルムと併用へいようすれば、相手が『視線を感じる能力』でもない限り勝利できるね。基本的にこのバトルロワイアルという形式は奇襲きしゅうがしやすいからね。『生徒会に特権とっけんを持たせる能力』でトーナメント形式にされていたら一回戦で負けていたよ。ボクはかよわい女の子だからね」


 ペラペラと、いてもいないことをどや顔で話してくる白衣の少女。

 こいつは『相手が自分の能力をペラペラとしゃべりだす能力』によるものではなく、ただの話し好きだろう。


「そういえば、キミの名前をいていなかったね」

「ナナシとでも呼べ」

「ふぅん。もしかして、名前がないのかい?」

「……よくわかったな」

「ふふん、これでもボクはIQ180の超天才児だからね!」

「ありがちだな」

「うるさいな! それは漫画やライトノベルの話だろう!? ボクの存在は現実だぞ! うやまえ!」

「わかったよ、すまなかった。敬うから」

「ふふん、わかればいいのさ」


 ペースが狂わされる。戦闘以外で、ここまで人と話したのは初めてだからだろうか。


「どうして一人いちにんしょうがボクなんだ?」

「その方が特徴的で可愛かわいいだろう?」

「……まあ」

「あははっ、正直だね!」


 人懐ひとなつっこい笑みで、笑いかけてくる白衣の少女。


「白衣は能力に合わせた支給物か?」

「私物だよ。ほら、制服の上に白衣を着ていると頭が良さそうに見えるだろう?」

「……本当に頭がいいのなら、そういう外見アピールは必要ないと思うぞ」

「よく言われるね。でもね、こういったアピールの積み重ねが大事なんだ。世間せけんに、ボクという天才の存在を知らしめるためにはね!」

「世界じゃないのか」

「まだボクは十七歳の女の子だからね。近寄りがたい存在になるのは、悪い天才だ。ボクはい天才だからね、話しかけやすいようにキャラづくりしているのさ」

「それキャラづくりだったのか……」

「当たり前だよ。こんな変人が現実にいてたまるか。ボクを何だと思っているんだ」


 ぷんぷんと、頬を膨らませて怒ってくる。顔が近い。心臓の鼓動が高まってくる。


 初めてだった。人の名前を知りたいと思ったのは。人の名前を訊こうと思ったのは。

 初めてのことだから、緊張した。心臓の音が目の前の少女に聞こえるんじゃないかと思うくらい、高鳴っていた。


 落ち着け。落ち着け。落ち着け。慌てたときは深呼吸だ。胸に手を当て、いつものように空気を吸い込もうとした。


 いつの間にか、鼻と口にハンカチが当てられていることにも気づかずに。


「もがっ――!?」


 薬の匂いが鼻をつく。背後で、少女のもうわけなさそうな声が耳を打った。


「ごめんね。これはバトルロワイアルなんだ」

「――――!」

「きゃっ!」


 椅子を引き倒して、少女の腕を強引にふりほどく。何が起きたのかはわかっているから、すぐに対応出来た。だが少し薬を吸ってしまった。俺の脳が活動を休止していく。何も考えられなくなってくる。ひざが床につき、うつ伏せに倒れ込んだ。


「よかったよかった。薬は効いているみたいだね。じゃあボクは、念のため離れたところからキミの敗退を見届けることにするよ」


 そういって、白衣の少女は引き戸を開けて部屋を出て行った。


「ま…………て…………」


 弱弱よわよわしい、力のこもっていない腕を床から、なんとか数センチ上げた。もっとだ。もっと持ち上げろ。

 間に合え、間に合え、間に合え。


 力尽きて、ひじがリノリウムの床についた。そのまま流れるように腕が倒れていき、自分の顔に拳がぶつかった。


 意識は喪失そうしつし――深い眠りに落ちていった。


 ◇◇◇


 ナナシの動きが完全に止まる。引き戸の隙間すきまから様子をうかがっていた白衣の少女は、胸をで下ろした。


「抵抗されたから少し驚いたけど、警戒けいかいしすぎだったかな。ボクの能力は『クロロホルムで眠らせる能力』。たとえ少量でも、吸い込んだ者は必ず眠りにつくのさ」


 誰に言うでもなくそう言ったあと、引き戸を開けようとして、固まった。


 ナナシが、動き出していた。ゆっくりと、ゆっくりと、立ち上がっていく。ふらふらと、身体からだのバランスを確かめるように揺れている。その目は閉じられており、かすかな寝息ねいきがナナシの口かられ出していた。


「ね、寝相ねぞうが悪すぎて動きだす能力!? ま、まて、落ち着けボク。このIQ180の超天才児であるボクの頭脳なら、すぐに答えをみちびき出せる!」


 わずか三秒。目を開いた白衣の少女はどこかへ向けて話し出した。


「おい主催者しゅさいしゃ! どうせ見ているんだろ! 何であいつ眠らせたのに退場させないんだよ!」

『だって能力で動いてるし』

「くっ……! やっぱりそうか……!」


 だっ、と少女はすぐさま逃げ出した。廊下の突き当たりまで行くと、階段を駆けあがっていく。


 静寂せいじゃくに満ちた病院内で、ばたばたと走り回る足音が〝一人分〟響き渡っている。


(『気配を消す能力』によってボクの足音も匂いもしないはず。なのに何故なぜ、あいつはボクの位置を正確に把握はあくして追いかけてきているんだ……! くそっ、くそっ、こんなはずじゃなかったのに!)


 リノリウムの廊下に両手と両膝をついた。肩で大きく呼吸を繰りかえす。


「もう、限界だ……。ボクはインドア派なんだ……。全力疾走なんてしたら、一分も持つわけないじゃないか……」


 顔を上げ、どこからか見ているだろう主催者に伝えた。


「主催者。ボクは降参するぞ」

『ダメ』

「は?」

『降参させたら私が殴られる』

「……なっ、ふ、ふざけ」


 ごっ、と背後で地鳴じなりがする。恐る恐る振り返ると、ナナシがすぐそばまで追いついていた。


「ひっ」


 お尻を引きずりながら、両手を使って廊下をずるずると下がっていく。どん、と背中に衝撃が伝わった。後ろを振り返ると、廊下の突き当たりの壁だった。少女はかわいた笑いをもらす。


「IQ180の超天才児であるボクの頭脳なら、この場を乗りきる交渉こうしょうじゅつくらい……」


 ナナシの顔を見上げる。半笑いと半泣きの表情でなげいた。


「眠っている相手に……交渉なんてできるわけないじゃないかぁ……!」


 少女は泣きながら、いや、いや、と繰り返し懇願こんがんする。ナナシは眠っているから、それがわからない。


 非情にも放たれた、渾身こんしんの右拳が少女の顔面に突き刺さった。


 ◇◇◇


 目が覚める。真っ白な天井てんじょうだった。おそらく、病院内の天井だろう。妙な加重を感じたため、ベッドの脇を見るとナース姿の銀髪女がこちらをニヤニヤと笑いながら見ていた。


天狗てんぐになっていた女の子がぼろ泣きするのを見ると、ゾクゾクするよね』

「能力は……発動したみたいだな」

『そうだね。まさか、君の能力にあんな使い道があるとは思わなかったよ』


 くすくす、とベッドに腰掛こしかけている銀髪女は笑う。帽子を外して指にひっかけると、くるくると回し始める。


『君は自分を殴る前に『男女を平等に殴れる能力』を発動した。〝男も女も同じ威力で殴れる〟という意味ではなく〝男を殴ったあと女も殴る〟という意味合いでね。威力の面ではなく、回数に焦点しょうてんを当てた。これは、能力の応用というよりは拡大解釈だけどね』

「……眠らされた俺は、退場にならないのか?」

『そこは私の裁定さいていだね。勝利特典として、退場を免除めんじょしてあげるよ。私は君を気に入っているんだ。また、面白い戦いを見せておくれよ』


 帽子をかぶり直して、ひらひらと手を振ると、銀髪女は扉を閉めて去っていった。


 個室のベッドで俺は、白衣の少女が巻いてくれた包帯に触れながらしばらく天井を見つめていた。


第二十九戦 勝利

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